17話~お話~
「99…100っと! よし。これで終わり!」
俺はいつも通り朝早くから空手の型を確認作業をしていた。
これは父さんから習い始めた当初なら一つ一つの動きを忘れないために100回ずつしても2つ3つで済んだから楽なものだったのだが、ある程度熟練した頃になってくると自分で考えた連携技も含めて確認することになってしまい、いつのまにか5000回は軽く超えていた。まあ30分もあれば済ませることは出来るのだが。
「…今思い返してみれば最初よくこれに耐えれたよな。俺」
この回数には空手を始めてものの10日でなってしまったのだが、これを済ませる頃にはいつのまにか2、3時間は過ぎていたというのだから驚きだ。
そのお陰か空手の熟練度の上昇率が半端じゃなく、一ヶ月後には組み手で父さんとの勝率が2割になったほどだ(今では「ならもう少し本気を出そうかな」と更に激しくされてしまい、勝ち星を一切あげられなくなってしまっているが)。
だらだらそんな思考を続けながらも汗を流すために家の裏側に設置した五右衛門風呂もどきへと歩いていった。これはすっかり家族共用のものに認定され、水替えを俺と母さんが担当することになっていた。一人一人替えないと老廃物が浮いたりして見た目が大変なことになってしまうから一人を除く女性陣が水替えを要求してきたのだ。
ちなみに一人とはキアーラのことであり、しかも俺が風呂から出た後限定だという。(勿論、なんか気になるからちゃんと水は替える)
このようにして五右衛門風呂もどきは家族に認められ、更に家族の清潔感も一層上昇したことによって何だか村人(女性)からよく「良いにおいがするわね」と言われるようになったとか。とりあえず、好評だったから近い内にうまいこと村にこれを普及する計画を立てている俺がいたりいなかったり。
まあ今はこの風呂の気持ちよさを堪能出来ればそれでいいよね?
「っはあ。気持ちいい」
そういえば練習で疲れた筋肉が回復する感じが今よりも前の方が気持ち良かったのと、空手の熟練度の上がり方が若干おとなしくなってきたのは関係があるのかな?
筋肉は現状に慣れたら後退するといったことを聞いたことが……あったっけ?
まあいいや。今度からもうちょっとスピードを上げて回数を1、5倍に増やしてみるか。
「テオ。ちょっといい?」
適当に修行内容の改変を頭の中で行なっていると目の前の壁の後ろから何度も聞いた声が俺のもとに届いた。
「待ってキアーラ。もうちょっとで服着るから」
俺が存分に気が抜けていたからなのか、壁の裏側から声を掛けられるまで気づかなかった。
”気配探知”は頑張って近所の猟師さんの手伝いをして熟練度を上げているのだが、それでも気づかないとは軽くドッキリです。はい。
「うん。それで何用で?」
俺はそそくさと風呂からあがって温風で体を乾かしてから服を着た。多分ゆっくりとしても笑顔で待っててくれるだろうが、待たせるのは俺の精神が許さない。そして壁の向こう側に出て行くとやはり笑顔でこちらの準備が整うのを待っていたようだ。
「さっきお父様がテオのことを呼んでたよ。何か渡したい物があるんだってー」
「父さんが…? 分かった。すぐ行くよ」
「うん。それじゃ、私はお風呂に入っておくねー」
それなら水替えしなきゃいけないな。とキアーラに言おうと振り向いたら既に上半身は脱いでしまっているため声を掛けると変態扱いされそうだったから止めた。
そういや俺の後だったら水替えしなくてもいいって言ってたからそのままでいっか。
面倒くさくなった俺は考えることを放棄して父さんのもとに向かった。
「父さん…。来たよ」
「おお。意外と早かったな」
父さんは普段は来客をもてなしている部屋に一人座っていて俺を見つけると向かいの席に座るように促した。目の前のテーブルの上には様々な種類の武器が並べられているがこれと俺が呼び出されたことと何か関係があるのかな?
「お前は最近トマスの所に毎日通っているそうだな」
俺がだらだらとそんなことを考えていると父さんが口を開いた。ちなみにトマスとは俺が気配探知やら野宿技術やらを身につけるために毎日お手伝いをさせてもらっている猟師のことである。話してみたら普通に良い人でその会話の流れのまま猟師の手伝いをさせてくれと言ったら最初は驚いた顔をしてくれたがすぐに快く承諾してくれた。それに自分で仕留めた獲物は自由にしていいと言うので取れた日はキアーラと一緒に池のほとりで焼いてから食べていたのだから、修行にはなるし、肉が美味しいわで一石二鳥のおいしい仕事でした。…うん。思い返してみたけど肉の隠し食い意外悪いことしてないから適当に返事をしておくのが無難かな。
「うん。そうだよ」
するとその答えを聞いた父さんは少しの間考えこんだ後に俺をしっかりと見据えて尋ねた。
「そうか。…もしかしてお前は冒険者になるつもりか?」
「っぶ!!?」
「そうかそうか。その反応だと俺の考えは当たっているらしい。いやあ、やはり血は争えんな」
とか言いながら珍しく豪快に笑う父さん。え? ”俺の考え”とは既に俺が冒険者になるための準備を着々としていたことを知っていたということなのかな? それに血は争えないって、もしかして…
「父さん。もしかしてだけど…昔冒険者になろうと思って家出した?」
「そうだ。頭の良いお前のことだから多分予想通りで当たっている」
ここからの父の身の上話を要約するとこんな感じ。
父さんは昔、下の方だったが貴族の出だった。この時点で驚きなんだが、父さんは貴族の見下したような雰囲気っていうのが苦手でこっそりと家出をしたらしい。そして冒険者になってからしばらくして城で母さんを見て一目惚れした。そこで父さんがとった行動はというとなんと近衛騎士に入団して毎日母さんのところに通いつめて口説き落とすということだったようだ。大胆だね父さん。
それを長年続けることによってとうとう母さんの砦も崩れてめでたく結婚。そして前に母さんから聞いたような駆け落ちが始まるわけですね。分かります。
それで、これまでの話の流れをまとめると…
「つまり父さんは過去にそういったことをしちゃったから俺がしてることを止めることが出来ない。ってこと?」
十中八九この意味であってるだろうな。
そして予想通り父さんは首肯した。
「だからここに置いてある武器を必要な分取るといい」
まさかの出血大サービスだ。
「ほんとに!?」
「ああ。だが、いくつか条件がある」
「条件?」
俺がそう聞き返すと父さんは指を3本立てて言った。
「まず1つ目は組み手で俺の本気に一度でもいいから勝つこと。勿論お前は魔法を使っていいぞ? 次に2つ目はソルリス学院に入学して最低でも回復魔術だけは身につけて卒業すること。ソルリス学院はお前なら3年で卒業するところを最短1年で卒業できるかもな。そして最後の条件だが…」
俺は思わず息を呑んだ。1つ目と2つ目の条件。特に1つ目の条件の難しさに最後の条件がどれだけ難しいものが来るかと軽く戦慄を覚えた。
そしてその様子を見た父さんはふっと笑って…
「惚れた女は絶対捕まえろ」
俺は無意識にあんぐりと口を開けて父さんを思わず変なものでも見るかのようにみつめた。恐らくこの世界に来てこの時以上にあほらしい表情をしたのは初めてじゃないか? っていうか父さん真面目そうに見えたんだけど、実はロマンチスト(?)なのか。
「くっくっく。お前でもそんな顔はするんだな。今までお前があほみたいな顔をした覚えはなかったからもしかして出来ないのか心配していたんだが…。どうやらその様子だと俺のいらん心配だったらしい」
あんたのその言葉の方がいらないよ!? っていうか第一にどんなとこに心配してんのさ! 普通「死ぬな」とか「必ず戻ってこいよ」とかそんな感じだろ! あっ、これ死亡フラグじゃん!!?
俺は軽く咳払いをして調子を元に戻した。いかんいかん、取り乱しすぎた。
「うん。分かったよ。ちゃんと条件をクリアしてから冒険者になるよ」
「ああ。それと学院に入学する時に金がないから冒険者になるといったことがないように寮に2年間生活出来る分のお金は出してやろう」
「くっ…! いや、ありがとう父さん」
「これで話は終わりだ。一応今好きな武器を選んでおいたほうがいいだろう。条件をクリアした時の証明。ソルリス学院を卒業したなら卒業証書を見せることが出来た時には武器をやろう」
「うん。分かった」
そして俺は目の前に並んだ武器に目を移した。




