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#25 ルーティン

外は真っ暗だったけど、体育館は窓がたくさんあるせいか、目が慣れれば割となんでもよく見えた。

掃除ロッカーなんかより全然マシだ。


雨はどんどんひどくなっている。

18人全員で飛びかかってきたらどうしよう、とか思ってた時間もあったけど、こんなに見通しのいい場所だったら、ドロケイの要領で逃げられるな、とか考えたら大して不安を感じなくなっていた。


志麻は、体育館の真ん中の方まで行って、壁にもたれかかるように座っていた。

志麻が足を組み替えたり伸びをしたりするたびに、何か切り出してくれるんじゃないかってドキッとしたけど、特に会話がないまま一時間くらい経とうとしていた。


じっとしている気になれなくて、ストレッチをしたり軽く走ったりしてみた。

あー、と天井に向かって声を上げると、案外声が響いたので肩をすくめた。


入り口の近くにある倉庫を漁って、器械体操用のマットを何枚か引っ張り出した。

寝てくれるかはわかんないけど、志麻の分も。

汚ねえマットだけど床で寝るよりマシな気がした。


倉庫は窓がないせいで流石に真っ暗だったから、何度か足元のものを踏んづけそうだ。

四枚目のマットを引っ張り出した時、マットの下に何かが挟まった。

力尽くで手繰り寄せると、コロコロとバスケットボールが転がってきた。


誰だよ、しまい忘れたやつ。

……いや、でも今となっちゃありがたいか。


ダン、ダン、とボールをバウンドさせる。

雨の音に包まれて、この体育館だけに音が響いている。

この音は今、俺と志麻しか聴いてない。


小三の頃、放課後にやっていたミニバスチームに志麻が入るって言うから、俺も入った。

志麻はすばしっこくて、頭の回転も早くて、誰がどこにいるか瞬時に見極めて、正確にパス回してた。

こんなに頭使うスポーツだと思ってなかったから、初めのうちは全然面白くなかったな。


「志麻」


座っている志麻に声をかける。

志麻は俺の手のボールを見て、それから俺を見上げた。


「勝負しよ。三本全部俺が入れたら、俺、お前に聞きたいこと全部聞く」

「はは」


志麻ゆっくり立ち上がると、足首をぶらぶら動かした。


「お前、まだバスケやってんだろ。ずるいだろ」


……確かに。


「じゃあお前も三本打てよ。一本でも入ったら聞かない」

「舐めすぎ。まぁいいけど」


志麻はだいぶ余裕そうだ。

やばいな。結構まずい条件出しちゃったんじゃないの。


手汗が滲んだけど今更撤回する勇気もなかった。

なんかダサいだろ、そんなの。


「俺先攻な」


ダン、ダン、ダン

ボールをバウンドさせる。


あーやばい、緊張する。

集中。

短く息を吸って長く息を吐く。左手で鼻の下擦る。

ダサいのは分かってるけど、これが俺のルーティン。


ゴール目掛けて一発目。

ボールがネットの中に吸い込まれて、床につく。

ボン。


まぁまずはな。

でも問題は志麻だ。

こいつ強かったんだぞ。カッコつけるんじゃなかった。

志麻にボールをパスすると、志麻はなんなく受け取ってボールをくるくる回した。


ダン、ダン、ダン、ダン、と重心低めのドリブルが響く。

志麻がボールを両手で取ってジャンプした。

ボールは綺麗な弧を描いたがリングに弾かれた。


ガン、ドン、タンタタタタン。

ボールが転がっていく。


志麻は首を傾げながら、空中で手を動かしてゴールに入れる位置を確認してる。

やば。次入るぞこれ。


志麻がパスしてきたボールをキャッチする。

ずし、と重たく感じる。


二回ボールをつく、鼻の下、よし。投げる。


ボールが鋭角に弧を描く。

げ、外した? と思ったボールは、リングの上をくるくる渡ってなんとかネットに吸い込まれた。


バウンドしたボールをそのまま受け取って、志麻は「なあ」と声をかけてきた。


「それお前の癖なの?」


志麻は人差し指を鼻の下に置いてちょっと笑ってる。

うわ、馬鹿にされた。


「うるせーな、人のルーティンを笑うなよ、スポーツマンシップ忘れんなっ」

「ルーティンね。はいはい、すんません」


志麻はそう言うと何度か首を傾げて角度を調整し始めた。

入れられる、入れられるかも……


「お前もその首傾げるの何。癖ですか?」

「っはぁ……?」


志麻が投げる直前に言っちゃったもんだから、志麻は動揺したのか大きくコースを外した。


「スポーツマンシップなぁ」


志麻に睨まれる。

スポーツの神様ごめんなさい。

卑しい俺のスポーツ推薦取り消してください。

とか思うのに口が先走る。


「じゃあ俺、ルーティンやりまーす」


志麻に乱されて失敗したくない。


最後の一球だ、志麻が入れればそれまでだけど、これを入れなきゃ志麻にもう一生大事なこと聞けないような気がして。


集中!

ドリブル2回。鼻。息を吐く。

ゴールに狙いを定めた。


ウインドウの角狙えって、志麻が教えてくれたんだよな。

でも俺、それじゃ入らないんだよな。

言葉にできない、あの線とこの線の間を結んだところ。

えいや。


二人でゴールを見上げていた。

ボールはちゃんと、まっすぐにネットに吸い込まれて床に落ちた。

ああ、勝利の女神様! 嫌われてると思ってたよ! ありがとう! 大好き!


「よっしゃー!いえーい!」


大袈裟に喜んでやる。

志麻は呆れたようにため息をついて頭をかいた。


「お前、俺が決めたら何も聞いてくんなよ」

「うん」


ダン、ダン、ダン、ダン、ダン。


志麻がタイミングを整えている。

まっすぐゴールを見て、ボールが入る道筋を探ってる志麻の目。


志麻。

バスケ終わったらうち来るよな。

そのまま来いよ。風呂も入ってけよ。

ご飯食べたらゲームしよ。帰んなくてもいいよ。パパがお前んち電話するから泊まってけよ。

一緒の布団で寝よ。朝まで喋ろ。朝になったらラジオ体操行こ。虫捕まえに行こ。朝ごはん食べてまた一緒に学校行こうよ。


志麻が目を細めてジャンプした。

少しだけ瞳が揺れた。志麻が投げたボールは高く上がった。

優雅な弧を描いて、ウインドウの角にまっすぐ当たった。


ボールはそのまま跳ね返るようにリングにあたり、ガン、と金属が震える音がした。

ボールはゴールには入らずに、後ろに倒れ込むように床に落ちていった。


そういや志麻って緊張しいなんだった。

ゲーム中はすごくよく動くのに、フリースロー、苦手なんだった。


ダン、タン、タンタンタンタンタン。

落ちたボールが細かくリズムを刻むのを、志麻は呆然と見ていた。

俺もボールを見ていた。


「……ぶはっ」


志麻が吹き出した。顔を上げる。志麻が可笑しそうに笑ってる。


「全然入んねーじゃん。どうなってんだよ」


あははは、と軽快に笑って、志麻はボールを拾い上げてまたくるくる回した。


「いいよ。何でも聞けよ、蓮司」


そう言ってボールをパスして笑ってる志麻は、ミニバス教えてくれた志麻とおんなじ顔なのに、大人になりかけの骨格をしている。

心臓がうるさく鳴っているのは、たぶん緊張のせいだけじゃない。


「……妹の写真、見せてよ」


何を聞いたらいいのか頭が真っ白になって、辿り着いたのがこれだった。


志麻からパスされたボールを、バウンドさせて志麻にパスする。

志麻は「写真?」と眉間に皺を寄せてから、左手にボールを抱えて右手でスマホを弄った。


「はい」


そう言って志麻が見せてきた写真には、確かに女の子が映ってた。

ごく、と唾を飲み込んで、歩いて志麻のスマホを覗きに行く。


画面のほとんどを占領し、スマホを覗き込んでいるような女の子。

多分、志麻が撮ったんじゃなくて、志麻のスマホで勝手に自撮りしてる写真なんだろうな。

ほっぺに人差し指をあてて、にっこり笑っている。

まつ毛長くて、猫目で、耳がちょっと小さい。

志麻みたい。

あれ、やばい。なんか涙出てきた。


「……仲良いの?」


鼻を啜りながら聞くと、志麻は訝しげに俺を見た。


「まぁ、妹っつーか子供って感覚。……なに泣いてんの?」

「いやっ……なんか、わかんねーけど……志麻の子供見たみたいな。いつか志麻に子供ができたらこんなふうに思うのかなとか……思って」

「…………」


志麻は答えなかった。

代わりにスマホに指を滑らせて他の写真を見せてくれた。


「惟花《ゆいか》っていうんだ。惟久《これひさ》の惟に、花」

「へえ……ゆいかちゃん。かわい。……誰がつけたの?母ちゃん?」

「……いや……」


志麻は口篭った。


このかわいい妹が、産まれてこないように母ちゃんを殴ったんだ、志麻は。

そんなことするなんてまだ信じられない。


目の前の志麻は、なんとか話せることを言葉にしようとしている様子だった。

志麻が話すまで、何も言わないで待った。


「……なぁ、蓮司」


ようやく切り出した志麻は、少し躊躇いがちに、でも逃げようとしないで、俺の目を見上げていた。


「俺がどこで何してたか、聞いて」

「……もちろん」


俺たちは、さっき寝るために引っ張り出した薄汚ねえマットの上に並んで腰掛けた。

肩が触れるほどじゃないけど、こんなに広い体育館でわざわざこの距離でいることに、志麻の口から語られることに、ドキドキしていた。


口を開いて、閉じて、もう一度開いて、志麻は話し始めた。


志麻の話は、こうだった。

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