#23 告白
「3つな」
全員が固唾を飲んで志麻を見ていた。
薬。ヤクザ。闇バイト。だんまりな志麻の口から語られる悪事に、期待を膨らませている。
「一つ目。校内でタバコを吸いました」
「……は?」
気の抜けた声があちらこちらであがった。
吹き出す者もいた。
佐伯がこそこそ笑って大塚に耳打ちしている。
「やば。俺たちも悪魔になっちゃうじゃん」
大塚は表情を動かさなかった。志麻を睨むように見ているので、佐伯は口をつぐんだ。
「二つ目」
志麻は瞬きをしてから、まっすぐ前を見たまま言った。
「幼馴染の家に上がるたびに、物を盗みました」「……え?」
声が出た。
志麻はチラッと俺を見たけど、すぐに何にもなかったように、クラスの中央に視線を戻した。
「どうせバレないし。バレても許しくれると思ったんで」
「っは……?」
どういうこと。
「幼馴染って、堺のことですかあ?」
誰かが手を挙げながら尋ねると、志麻は前を見たまま「そうです」と言った。
そんなことあったか。
俺ん家は誰のかもわかんないおもちゃだらけで、正直何がいつなくなったかなんて一切覚えていない。
ただ漠然と想い出すのは、あの日の志麻だ。
いつも通り遊んで、玄関で見送った日。
ドアを開けると、パパが志麻をぶん殴って、それから泣いてたーー
なに、あれ、そういうことなの。
「やば。蓮司なめられてるだけじゃん」「蓮司は構ってやってたのにな」
がやがや声が聞こえる。
何にも知らねー奴らが好き勝手言ってることに、猛烈に腹が立つ。
「黙れよ、文句言えんのは俺だけだろ? それに大事なものがなくなったりした記憶もねーし。俺がいいならいいだろ」
俺がそう言うと、志麻は顔を綻ばせた。南雲は堪えきれないというように顔を背けている。
何だよ?? バカにしてんのか、気持ち悪い。
「3つ目の罪です」
志麻はそう言って、何度か言葉を出しかけて、飲み込んだ。2秒、3秒。なかなか言葉は出てこなかった。
「……俺は」
支えたものがぽろっと出て、そこからは怖いくらい滑らかに、志麻は言った。
「妊娠中の母親を殴って、堕胎させようとしました」
誰も、何も言わなかった。何の音もしなかった。こんな時に限って、葛西も黙ってるんだ。静かな時って、きーん、って、音がする。この音が、俺は一番嫌い。
「嘘言うな」
だから口に出ていた。血がふつふつと沸騰しているみたいで気持ち悪い。
志麻はこっちを見た。
繕ってない普通の志麻。ちょっと疲れてる志麻。ちょっとやなことあった時の志麻。
茶化してた奴らは凍りついていた。後ずさる者もいた。
「ざけんなよ……信じんな! んなことできねーよこいつは、いいやつなんだって!!」
教室の真ん中に向かって叫んでも、みんなに届く前に空中で霧散していくみたいに、誰も俺の方を見ちゃいない。
志麻だけがまっすぐこっちを見ていた。
「嘘じゃない。結局産まれた。妹だよ、今4歳」
なにそれ。志麻、兄ちゃんなんだ。
そんなのさ。普通に教えてよ。なんでこんなふうに知らされなきゃいけないの。
志麻はそれきり何も言わなかった。力無く見えて、どこか凛としてもいた。
「……あ、あかちゃん、っ……殺したの……?」
沈黙を破ったのは葛西だった。葛西は小刻みに震えてる。瞳孔が開き切っていた。次の瞬間には志麻に飛びかかっていた。
バランスを崩した志麻は尻餅をついてそのまま葛西に組み敷かれる。ライオンがしまうまを襲うみたいに一瞬の出来事だった。志麻は顔色を変えずに葛西のことを見上げていた。
「殺してない。殺せなかった」
「ママのこと殴った!! そう言ってた!!!」
「うん」
「赤ちゃん殺そうとした!!!!」
「……うん」
「っ、っ!!! 許さない!!!!」
葛西は拳を振り上げて志麻の顔面に振り下ろそうとした。怒りに任せて振り上げた拳が、志麻の眼球に思い切り入りそう。
葛西の近くには桐原がいた。が、動かずに見ているだけだった。
俺が止めるか、間に合わない。咄嗟に、露わになっている葛西のベルトの後ろを掴んで思い切り引いた。
が、葛西の力は相変わらず強い。
眼球は免れたものの、志麻は頬骨に強烈な一発を食らった。
激痛に顔を歪める志麻に構わず、葛西はすぐに二発目を振り翳した。
「葛西っ」
葛西を抱きしめるようにして、精一杯の体重をかけた。体格がよくて助かった。葛西は押し潰されたカエルみたいに悲鳴をあげてもがいている。
「っ、お前もっ! お前も仲間っ!! 許さない許さない許さない!!!」
「いっっって!!!」
左の二の腕に、思い切り噛みつかれた。犬歯が肉にめり込んでるのがわかる。
俺と志麻が仲間だって。
そうだよ。俺と志麻はずっと仲間。
修二と彰だったんだよ?
なのになに。
なんで葛西はそんな怖い顔でこっち見てんの。
桐原。なんで止めてくんなかったの。
大塚。佐伯。友達だろ。助けてよ。
なんでみんな見てるだけなの。
なんで俺たちを睨んでんの。
「やめなよ」
葛西がぴたりと動きを止めた。瑠伊だ。
「杏太。大丈夫だよ。蓮司から離れて」
「っ、っ、っ、っ、うんっ……っ」
葛西が唇を離すと涎が糸を引いた。叱られた犬みたいな葛西が、すっと俺から距離をとった。
肩越しに見えた瑠伊は、まっすぐに志麻を見ていた。
「志麻くんだって、きっと苦しかったんだよ。……責めないであげようよ」
「…………」
志麻は何も言わなかった。
瑠伊はそれでも表情を変えずに志麻のことを見ていた。
何かを品定めしているような、探るような目で。
『おめでとうございます。試練の達成を確認しました』
志麻の代わりに不気味な音声が返事をした。
志麻の三つの告白が、真実だとみなされたんだ。
『ポイントを算出しました。付与します』
呆然とする俺たちを置き去りにして、自動音声はどこか明るい調子でそう言った。
18/100と書かれていたモニターの数字が変わる。
33/100
15ポイント入った。ごく、と唾を飲む。
志麻を、志麻だけを傷つけて得たポイントは、全員で傷ついて得てきたポイントより多いんだ。
みんなが呆然とする中で、志麻はゆっくり体を起こした。身体についた埃を払って、何事もなかったように窓側においてある机に座った。
教室の窓ガラスがカタカタ揺れた。分厚い雲はどんよりした灰色だ。
閉じ込められてから迎える二度目の夜がはじまるんだ。
神様。何の悪夢ですか。
俺たちはいつになったら出られるんですか。
志麻にこんなこと言わせて何になるんですか。
志麻ってほんとはどんなやつなんですか。




