#20 見せて
「マジカルユナイト、直ちに作戦会議を開始します!」
葛西は吐瀉物も血痕もびちゃびちゃ音を立てながら踏みつけて、教室内を走り回っていた。
志麻。蓮司。桐原。木村。そして佐伯。
向かい合わせに着席し、それぞれの左腕から血を採っていた。
「イエロー、ピンクの容態は!?」
葛西は志麻にぐいと顔を寄せた。鼻と鼻がくっつく距離だ。
志麻は顔を背けて答えない。
「応答なし!」
大げさなモーションでひっくり返って、葛西はまたすぐに起き上がる。
「レッド。みんなを救おうね!!」
多分俺に声がかかっている。
「ね!!」
ギョロリ、とした二つの目が、自分の左右の目の前に押しつけられた。
まだらなそばかす。砂、じゃり、泥みたい。
「レッド??」
「葛西……」
「レッドも元気ない! マジカルエナジーが無くなっちゃったの?」
いないんだよ。マジカルユナイトは。
マジカルユナイトは、大人になった俺たちのことを助けてくれない。
そして俺たちはみんなマジカルユナイトになれなかった。
志麻ももうヒーローじゃないし、俺も志麻のヒーローじゃない。
「ねえ、つまんないつまんないっっ、ちいがレッドやってよぉ」
千秋は大きく肩を揺らして、何度も頷いていた。
1408、1409、1410。
3000の半分が1500。
それに届くまであと90。
見た目ほど痛くないけど、痛いかと言われたら痛い。こんなに血が流れているのに大した痛みもないなんて、なんか、もったいない。
1478、1479、1480。
佐伯、なんか、ずっと喋ってる。うるさい。
1498、1499、1500。
半分。五人でもう半分。志麻の傷を癒せなかった俺が悪い。
1517、1518、1519、1520。
血の味してくる。
志麻に噛みちぎられそうになった舌。
ひりひりする。口内炎、噛んじゃったみたいな。
いや。もっと痛いかな。
上顎に傷をあてる。ぐりぐりおしつける。
1648、1649、1650。
俺だって傷を知らないわけじゃない。
俺のは俺の人生で、俺なりに、いろんなことで傷ついてきた。
志麻だってわかってるだろ。
志麻は俺の傷全部知ってるのに。
なんで俺は志麻の傷は見せてもらえないの。
1707、1708、1709、1710。
俺ってなに。
やっぱり信頼されてないの。
1836、1837、1838、1839、1840。
俺の傷は軽くて志麻のは重いから。
志麻の方が偉いの。
1906、1907、1908、1909、1910。
ねえ志麻。
2039、2040。
ねえ。
2098、2099、2100。
ねえ。
2200。
ねえ。志麻。
2210。
ぶちぶち。これは木村がチューブを引っ張った音。
バタバタ。これはそのまま木村が椅子から崩れ落ちた音。
2290。
おらおら! これは佐伯がみんなに押さえつけられてる音。
おろおろ! これは佐伯がゲロってる音。
242?
どーーん。ぱらぱら! これは花火の音。
ぷーーーーー!!! これは出棺の音。
どかっ。これは志麻が近所のヤンキーを殴った音。
あは。志麻はよく人を殴ってたなぁ。
本当はあんまりいいやつじゃないのかな。
ぼこっぐしゃっどんっ。これは志麻がヤンキーにタコ殴りにされてる音。
あーあ。自業自得だって。
ガチャっどたどたっ。ぺしん! 俺の家から出て帰ろうとする志麻をパパが追いかけて。何か会話して。パパが志麻を叩いた音。
なんだったのあれ。
パパと志麻は何話してたの。
なんで俺には教えてくれなかったの。
ねえ。ねえ。なんで。
みしみしっっっ。パパが志麻を抱きしめる音。
ねえなんで俺を間に入れてくれないの。
ねえ志麻。なんでいっつも俺に隠すの。
パパ。なんで言ってくれないの。
志麻の傷見せてよ。見せてくれないの?
24??
……あ。志麻だ。
あは、懐かしい。ランドセルしょってる。
お前、どうやって使ったらそんなにぺっしゃんこになんだよ、ランドセル。
しまー。あ、気づいた。
蓮司ー!!
歯見せてニカって笑ってくれる志麻。
片っぽにしかできない笑窪。
こいつの笑ってる顔、駄菓子に描いてあるゆるキャラみたい、
あー。あはは。なつかしいな。
ねえ志麻。どっから入ってきちゃったの。
だめだよこんなとこ来たら、あぶねーから。
えー。なんで? 平気だろ。俺たち最強じゃん。
最強? ははは、なつかしー。
なぁちび志麻。
お前の背中にはさぁ。この時から傷あったの?
……あ、逃げちゃった。
2???
志麻が静かにチューブを引っこ抜いた。
あ。血だ。志麻の血だ。
でもだめ。血を見せてほしいわけじゃない。
背中の傷。あれ見せて。もう一回。
見せて。見せろよ。
??!?
ねえ。志麻。
なんでおしえてくれないの。
俺のこときらいなの。
しんじてくれないの。
なんでだまってるの。
しま。しま。
またいなくなるの。
ねえ。しま。いなくなんないでよ。
ここにいて。しま。
?!?!
みんなが何か叫んでる。
水にもぐってるみたいにぼんやり聞こえてくる。
なんだよ。ほっとけよ。
?!!!?!
しま。あは。ようやく手届いた。
きづいてくれた?
わかってくれた?
いくなよ。いくなよ?
どこにもだぞ、かってに。かってに。
あ。まって。まって。行かないで。
行かないで志麻。
!!?!!!!?!!?!!!!??!
俺にははっきりと志麻が見えていた。
それなのに今の志麻なのか幼い頃の志麻なのか判断がつかない。
志麻は戸惑った顔をして俺を見上げている。
必死に伸ばした両手の指が、吸い寄せられるように志麻の首を捉えた。
志麻の瞳孔が開くのが、俺の目にたしかに映っていた。
志麻のぬくもりを、少し速い呼吸の音を指先で感じる。安心する。
母さん。見てこれ、俺の友達。
……え。なに。怖いこと、言わないでよ。
殺してないよ。
俺、殺してない。
殺してないってば!
殺してないってば!!!!!
!!!!?!!?!!!???!?!!!!!?!!?!?!!!???!?!?!!??!!?!!?!
あったかい志麻に触りたかっただけなのに。
笑っててほしかっただけなんだよ。
ほら、笑って志麻。笑って。笑って。笑って。
志麻がどんどん石みたいになっていく。行かないでって言ってるのに。
……あ。あは。志麻も勃ってるじゃん。
死刑囚。
神様。
天使。
西日。
瑠伊。
赤い虫。
あは……
視界に 火花 いや 花火
誰かが怒鳴ってる パパかな
あー パパ
真っ白で真っ黒
天国ではなさそうだな
あー




