初戦
「……よし。じゃあ二人とも、準備はいい?」
二人と繋いだ両手に、そっと力を込める。
私たちは今、三人で手を取り合っていた。上空から見下ろせば、きっと綺麗な正三角形を描いているはずだ。
私の問いかけに、真っ先にニアが力強く頷いた。
「はい! 心の準備はできています。あとは莉乃さんとヒノカさんのタイミングにお任せしますね」
そんな私たちのやり取りを見て、ヒノカは一瞬、何かを言いたそうに唇を震わせた。けれど、すぐに意を決したようにスッと瞳を閉じると、深く意識を集中させていく。
すると、私たちの足元でパッと眩い光が弾けた。
そこには、まるで上空から見下ろしているかのような、広大な森の景色が色鮮やかに映し出されている。
「わっ……すごっ!!! これ、一体どうなってるの……っ?!」
足元のリアルな映像に、私は思わず驚きの声を上げてしまった。
けれどその直後――。
「ふふっ。莉乃さんが、それをおっしゃるんですか?」
「あんたがそれを言うの?」
またしても、二人から同時に鋭い指摘が飛んできた。
あはは、と苦笑いする私を横目に、ヒノカがふっと真剣な顔つきに戻って告げた。
「……ガルグンドの森への座標、しっかりと固定できたわ。私はこのまま、意識を目的地だけに集中させておけばいいのかしら?」
「はい! 私は三人が離ればなれにならないよう、同時転移のサポートに全力を尽くします。莉乃さんは、『三人で一緒にこの場所へ行く』と強くイメージして、転移魔法を発動させてください」
ニアの凛とした声に、私は力強く頷き返す。
「うん! わかったっ!!」
私が返事をすると、三人で自然と目配せを交わし、小さく頷き合った。
「……じゃあ、いくよっ!!!」
その掛け声と共に、私はニアの指示通り、『三人で一緒にガルグンドの森へと転移する』イメージを最大限に膨らませ、転移魔法を発動させた。
――ッ!!
一人で転移した時とは比べ物にならないほどの眩い光が、視界を真っ白に染め上げる。
思わず瞼を閉じた、次の瞬間。
頬を叩く強烈な風の感触と共に、私たちの身体は――先ほど足元に映し出されていた景色の中。森の遥か上空へと放り出されていた。
(やっっっっっば!!!!! 本当にさっきヒノカが映し出した『空からの光景』をそのままイメージしちゃってた……っ!!!)
「わわっ?!」
「ひゃっ!」
私とニアが揃って悲鳴を上げた瞬間、身体は重力に捕らわれ、地上に向かって猛スピードで落下し始めた。
「うわあああああああああああ?!!!」
「きゃああああああああああああ!!!!!」
鼓膜を激しく叩く風の音。視界の先には、目まぐるしい速度で迫りくる深緑の森。
(えっ、私、このままバッドエンドに突入しちゃう系……!?)
一瞬、そんな最悪の結末が脳裏をよぎった、その直後だった。
眩い光が、勢いよく弾け飛ぶ。
直後、宙に投げ出されていた私たちの身体は、ゴツゴツとした真っ赤な鱗の上へと「ぽすん」と優しく受け止められていた。
「……はあ。あなたたち、空に放り出されたくらいで、どうしてそんなに騒いでいるの?」
呆れたようなヒノカの声が、風に乗って聞こえてくる。
「ヒノカっ!!!! ありがとう、助かったぁ……! っていうか、うわぁぁ……景色、やばすぎっ!」
「……すごい。ドラゴンの背中に乗せてもらえるなんて、まるで夢を見ているみたいです……」
さっきまでのパニックが嘘のように、私とニアは初めて見る「空からの世界」に瞳を輝かせていた。
ヒノカは大きな翼をゆったりとしならせ、空に円を描くように小さく旋回しながら言葉を続ける。
「転移は成功よ。……見て、あれがガルグンドの森」
ヒノカの視線の先――そこには森の木々が円状に切り開かれた、小さな集落のような場所があった。
けれど、その中心からは、不気味なほど細く、黒い煙がゆらゆらと立ち上っている。
ただの煙じゃない。
本能が告げるその不吉な予感に、私の心臓がドクンと大きく跳ね、一気に気が引き締まった。
「ヒノカ、急ごう!」
その言葉は、考えるよりも先に私の口をついて出た。
「……ありがとう。なるべく集落の近くまで移動して、地上に降りるわ。二人とも、それでいいかしら?」
「うん! ヒノカに任せるよっ!」
「はい、私もヒノカさんにお任せします!」
私たちの返事を聞いた瞬間、ヒノカは木々の先端を掠めるほどの超低空まで高度を下げた。巨大な翼を力強く振り下ろし、凄まじい風圧を巻き起こしながら、一気に加速していく。
「わっ……! すごいスピード……っ! 飛ばされちゃいそうです……っ!」
「さっきのニアじゃないけど、本当に……っ! ドラゴンの背中に乗って空を駆けるなんて、ワクワクしない方がおかしいよねっ!」
この時の私は、まだどこかでゲームの中のイベントを楽しんでいるような感覚でいた。
この先に待ち受けている、目を背けたくなるような残酷な光景。その地獄を、まだ何一つ想像できていなかった。
ヒノカはさらに高度を下げ、迷いのない動きで森の木々の間を縫うように進んでいく。
やがて開けた場所へ辿り着くと、彼女は静かに地上へと降り立った。大きな身体を伏せ、私たちが背中から降りたのを確認してから、眩い光とともにその姿を小さな人型へと戻した。
「ねえ、ヒノカって人型とドラゴン、どっちの姿の方が楽なの?」
「え? そうね……人型の方が動きやすいし、色々と便利、かしらね」
「へえ、そうなんだ。――っていうかさ、その服ってどうなってんの? ドラゴンの時は消えてるのに、戻ったらちゃんと着てるし。普通、こういう時って『きゃー!』ってなるのがお決まりのパターンじゃないの?」
「なっ、なによそれ! そんなわけないでしょ!」
「ふふっ。莉乃さん、一体どこの情報なんですか、それは」
(よかった。二人とも、普通に返事してくれてる……)
私は地上に降り立つ前から、何かが肌にまとわりつくような、強烈な不快感に襲われていた。
今にも吐き気が込み上げてきそうなほど、どろりと重く、嫌な気配が辺り一帯に満ちている。
二人も同じように、そんな気配を感じ取っているのかと思って明るく振る舞ってみたけれど……。
(まだ、二人には伝わってないみたいだね。よかった……)
けれど、私の『嫌な予感』というやつは、悲しいほどによく当たってしまう。
「二人とも、急ごう! ……ヒノカ、ニア。二人は私が守るから。絶対に、私のそばを離れないでねっ!」
震えそうになる声を喉の奥で抑え、なんとかいつも通りの調子で告げられたことに、私は少しだけホッとした。
「……はい! ありがとうございます。私も精一杯、莉乃さんのサポートを頑張りますね!」
「……ありがとう。……こっちよ。集落はもう、すぐそこだから」
二人の心強い頷きが、私の背中を押してくれる。
(私が二人をここまで連れ出したんだ。命にかえても守り抜かなきゃ……!)
ヒノカの案内に従って進むほど、森の空気は淀み、嫌な気配が濃度を増していく。
空高く立ち上る黒煙がはっきりと視界に入り始めた頃、それまでの森の匂いをかき消すほどの、鼻を突く強烈な「鉄の匂い」が漂ってきた。
(……っ。すごい匂い……これって、間違いなく『血の匂い』だよね……)
じっとりと嫌な冷汗が、背中を流れ落ちる。
隣を歩く二人の顔を盗み見ると、彼女たちの表情も一変していた。青ざめたその横顔からは、隠しようのない「恐怖」が滲み出している。
そしてついに、森の木々を抜けたその先。
視界に飛び込んできた集落の光景に、私は息を呑んだ。
そこは、絶望に支配され、思わず言葉を失ってしまうほどの惨状が、辺り一面に広がっていた。
家々は無惨に破壊され、のどかであったはずの広場は、どこを見渡してもどす黒い血液で塗り潰されている。
目の前に横たわっているのは、紛れもない現実。正真正銘の『血の海』が、そこには確かに存在していた。
「……ひ、ひどい………」
「……っ……」
「………うっ、……ぅ……っ……!!」
ニアは衝撃のあまり言葉を失い、隣にいたヒノカはその場に膝をついて激しく嘔吐した。
私はすぐにヒノカの隣に寄り添い、震える彼女の背中をそっとさすった。
「二人とも、私から絶対に離れないでね」
冷静になれ――そう自分に言い聞かせるけれど。
私の内側では、今までに経験したことのない真っ黒な感情が渦巻き始めている。
そんな時だった。
「……ちっ、まだ生き残りがいたのかよ。あー……でも、なんだ? 竜人族でもドラゴンでもねぇな。……ん? お前……獣人族か?」
突如、瓦礫の影から現れたのは、見上げるほどの大男だった。
青い皮膚に、頭部から生えた禍々しい二本の角。口元からは長い舌と牙が覗き、背後では太い尻尾が不気味に揺れている。
そいつは悪魔のような笑みを浮かべ、獲物を吟味するようにニアの身体を舐め回すような視線で見つめていた。
「あんたが……この村を襲ったの? みんなは、どこ?」
自分でも驚くほど低く、怒りに震えた声が漏れた。
魔族は私の問いかけに、ひどく面倒そうに鼻を鳴らす。
「あ? 誰だお前は。……みんなってのは、ここにいた雑魚どものことか? だったらもう、ほとんど殺したぜ。……あぁ、正しくは、遊びながら処刑してる真っ最中、だったかなぁ? くっ、くくく、ははははははははっ!」
「…………」
笑い声が耳に届いた瞬間、私の中で何かが、ふっと闇に消えた。
――ドッ!!
地面が爆ぜる音がその場に響いた時にはもう、私は相手の懐へと踏み込んでいた。
「なっ――?」
そいつが口にできたのは、たったそれだけ。
直後、冷たい月光を思わせる銀の刃が一閃――。
そのまま、空に向かって迷いなく振り抜かれた。
抵抗も、悲鳴も、慈悲も……。
何一つ、与えてなんてやらない。
――シュンッ。
鼓膜を掠める程度の、軽い風切り音が一度。
魔族の頭部は、自らに何が起きたのかさえ気づかぬまま、ふわりと宙を舞っていた。
――ボトッ。
足元に転がった頭部を追うように、巨大な身体がゆらりと揺れ――そのまま力なく崩れ落ちた。
……ドサァッ。
感情の消えた瞳で、その無残な残骸を見下ろし、ただ静かに、片手をそっとかざす。
「…………」
言葉すら与えない。
無意識に解き放たれた黒炎が、どろり溢れ出した血液の臭いごと、すべてを無へと焼き払った。
「まだ助けられる人がいるかもしれない。ヒノカ、ニア、急ごうっ!」
私は短くそう告げると、すぐさま地を蹴って駆け出した。背後の気配で二人が戸惑いながらもついてきてくれていることを確認しながら、迷うことなく先陣を切っていく。
やがて、数本の松明が不気味に揺らめく、開けた広場に出た。
そこには、先ほどの個体と同じ醜悪な魔族たちが数人――大きな柱に縛り付けられた竜人族を、心底楽しそうな表情で、弄ぶように傷つける行為を執拗に繰り返していた。
そして、その奥。
そこには、さらに目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
手足を地面に太い杭で打ちつけられ、拘束された数体のドラゴンたち。
その足元には、すでに息絶えたと思われる個体がいくつも物言わぬ肉塊となって転がっている。
「……ぁ、……ああぁ……」
あまりに凄惨な光景を前に、ヒノカは涙をボロボロと零しながら、その場に崩れ落ちた。ニアも血の気の引いた顔で、自身の口を両手で強く押さえている。
「ヒノカ。……襲ってきたのは、こいつらで間違いないんだよね?」
いつもとは違う低い声。私の突然の問いかけに、ヒノカは肩を大きく跳ねさせながらも、絞り出すように答えた。
「……え、ぇ……間違い、ないわ……」
襲撃時の恐怖が蘇ったのか、彼女は全身をガタガタと激しく震わせ、立ち上がることさえままならない。
「わかった。ニア、少しの間、ヒノカをお願い」
「えっ? 莉乃さんっ?!」
ニアの困惑が届くより早く、私は、蹂躙が繰り広げられる場所まで一気に駆け抜けた。
さっきの個体を倒したとき、無意識に魔力で足を強化していたらしい。自分でも驚くほどの速さで、地を蹴り飛ばして突き進む。
私は気配を殺して身を隠しながら、移動の合間に魔族の数、配置、そして誰が何をしているのかを、鋭く見定めていく。
「……た、たの……む…………もう……殺してくれ……」
「だーれが、やめるかよ。こんなに楽しいことを。お前は反抗したんだ、もっと、もっといたぶってから殺してやる……。感謝しろよ? くっ、くくくっ。いい面構えになってきたじゃねえか、なあ?」
「くっ、くくくくっ。その顔だ。俺たちはその絶望した顔を見るためにやってんだよ……!」
「うっ……、……ぐすっ……ひっ、……ぅ……」
「ちっ、やっぱガキはうるせえな。はぁ、もうこいつから殺すか?」
「……お、お願いしますっ! どうか、この子だけは、どうか……っ!」
(ざっと見ただけでも、八人もいる……っ!? このままじゃ、絶対に間に合わない……!)
そう判断した私は、奴らの目の前に騎士を召喚するイメージを脳裏に思い描いた。
――キィィィィンッ!
刹那、魔族たちの足元に白銀の紋章が浮かび上がると同時に、重厚な鎧を纏った騎士たちが姿を現し、魔族の首を瞬時に跳ね飛ばした。その数は五体。
私はすぐ目の前にまで迫っていた、残り三人の魔族の首を連続で薙ぎ払い、その頭部を順に宙へと飛ばしていく。
――シュンッ。
鋭い風切り音が鳴った瞬間には、もう奴らの頭部が空を舞っている。
――ダッ!
私の存在に気づく暇もなく、次々と跳ね飛ばされる頭部。
三人目の首を落としたと同時に、私は騎士たちに向かって叫んでいた。
「魔族の残党がいたら、絶対に逃さないでっ!!!!」
私の一言に頷いた騎士たちは、目に見えぬ速さで四方へと散っていった。
私はすぐに、地面に転がった魔族の死体を黒炎で焼き尽くし、塵一つ残さず消し去っていく。
作業を終えて周囲の索敵を済ませると、すぐさまニアとヒノカの元へと駆け寄る。
「ヒノカ、もう大丈夫。安心して。……生き残っている人たちを、一緒に助けに行こう。ニアは、大怪我をしている人たちを治癒魔法でお願い。ついてきてくれる?」
私の圧倒的な戦闘、そして迷いのない指示に、二人は一瞬、目を見開いて言葉を失った。けれど、すぐに弾かれたように我に返ると、力強く頷いた。
「ええ……っ!」
「莉乃さん、急ぎましょう!」
私たちは、つい先ほどまで地獄のような蹂躙が繰り広げられていた広場へと、一斉に駆け出した。
第4話、読んでいただきありがとうございました!
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