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ドラゴン少女、ヒノカとの出会い


真っ青な空をただぼんやりと眺めてしまっていた。


――あ。視界の端で、ニアがチラチラと私を見ていることに気づく。

 何か言いたげな……でも、どこか遠慮してるような、そんな視線。


私がそっちを向くより早く、ニアが思い切った様子で声をかけてきた。


「……あの、莉乃さん。ひとまず、私たちが先ほどいた場所まで戻りませんか?」


「……あ、うん。そうだね。 ごめん、ボーッとしちゃってた。とりあえず、ドラゴンちゃんも、もっとちゃんとしたところに運んであげなきゃだよねっ!」


ニアとの出会い。扉を蹴破った瞬間の衝撃。そして、一瞬死を覚悟したドラゴンちゃんとの遭遇。


――正直、完全にキャパオーバーだ。

 ついさっきまでの出来事が走馬灯のように駆け巡り、私の脳はこれ以上の情報処理を拒否している。


(……まあ、元を正せば私が後先考えずにダッシュしたのが原因なんだけど)


私は「よしっ!」と掛け声をかけて重い身体を起こし、そのままドラゴンちゃんのすぐ側へと歩み寄った。


「ねえ、ニア。ドラゴンちゃん、普通にお姫様抱っこで運べばいいかな?……あ、もしかしてこの世界って、お姫様抱っこっていう概念、存在してなかったりする?」


そんなどうでもいいことを問いかけながら、ドラゴンちゃんの身体をそっと抱き上げ、彼女の反応を確かめるようにニアの方へと振り返った。


「……り、莉乃さん……ど、どどどどうしましょう……。と、扉が……どこにも見当たりません……」


「えっ、嘘っ?!! うわぁ……ほんとだ。っていうか、建物ごとなくなってるじゃん……まじか」


ニアが呆然と見つめる先。そこには、ついさっきまでそびえ立っていた巨大な建物が、跡形もなく消え去っていた。今はただ、穏やかな風が吹き抜ける、空っぽの平地が広がっている。


「こっ……こんなこと、私、初めてで……っ。一体、どうすれば……」


不安げな言葉に合わせ、ピンと立っていた彼女の猫耳が、シュンと力なく伏せられた。


(……ねえ、これって。もしかして、なでなでしてあげるチャンスだったりする?)


……あ、でも私、今両手塞がってるんだった!

 そんなお気楽な私を余所に、隣のニアは見るからに落ち込んでいる。というか、もはや絶望してる……よね、これ。


「……うん。その気持ち、私にもよくわかるよ。いきなり異世界に転移させられちゃったわけだし?帰る場所がどこにあるかもわからないって、本当に困るよねぇ……」


「……っ、そうでした。莉乃さんだって大変なはずなのに、私ひとりで取り乱してしまって……」


ニアは申し訳なさそうに視線を伏せると、まだ震える指先をぎゅっと握りしめた。

 そんな彼女の沈んだ空気を吹き飛ばすように、私はいつも通りの明るいトーンで言葉を投げる。


「ねえ、ニア。そんなに落ち込まないでよ。それより、さっきの場所って一体何だったの? やっぱり、図書館とか?」


ニアはうるうると潤んだ瞳で、私をじっと見上げてくる。


(……っ、猫耳で、涙目で上目遣いって、さすがに反則すぎ……!)


私はひとまず、腕の中のドラゴンちゃんを柔らかな草の上へとそっと横たえ、ニアの隣に腰を下ろした。


「莉乃さんと先ほどお会いした場所なんですが……。実は、私の家系が代々管理してきた、魔術書庫だったんです。『としょかん』という呼び方は初めて耳にしましたが、意味としては、莉乃さんのイメージされているものと大差ないかと思います。それで、私のマ……母から私が次期管理者として引き継ぎを行う場合、その流れを聞く予定だったのですが、母と会う前に莉乃さんとお会いしてしまって、それで……」


(ニア、ママ呼びなんだ。本人は言い直してて気づかれてないって思ってるよね……。ほんと、なんなの。かわいすぎ。やっぱ間違いなくヒロインだわ)


(ていうか、異世界とか図書館って単語は知らないのに、お母さんとかママとか、そういう呼び方は一緒なんだ。なんか、色々と混ざり合ってる感じなのかな……?)


「あー……なるほど。迷惑かけちゃって、ほんとごめんね。でもさ、さっきニア、異世界って言葉も聞いたことないって言ってたよね? ってことは、『別の世界』っていう概念自体がないってことじゃないの?」


「……難しい質問ですね。莉乃さんの言う異世界――『別の世界』という例えですが、少なくとも私の知る限りでは、この世界のどこにも属さない、存在しないはずの者がいる場所……というのは、ないはずなんです。ただ、お恥ずかしいのですが……私は『獣人族の村』から外へはまだ出たことがなく、知識はあっても、実際に自分の目で確認したことはないんです」


(なるほど。つまり、地元から一歩も出たことがない箱入り娘ってことね)


「……ん? ってことは、この近くに獣人族の村があるってこと?」


私が問いかけると、ニアの身体がビクッと大きく跳ねた。そして、みるみるうちに、彼女の顔から血の気が引いていく。


「じ、実は……あの魔術書庫は、特殊な異空間に繋がっていて。大切な書物を守るため、管理者の術式によって常に転移を繰り返しているんです。……ですから、今ここがどこなのか、私にも全く見当がつかなくて……」


ニアはふるふると小さく肩を震わせ、再び涙目になっている。


「あー……うん。なるほど! 状況、いま完全に理解した。すっごく!」


つまり、私たちは揃って迷子になってるってことだ。


「その管理者の引き継ぎって、すぐにでも行わないと、何か大変なことになっちゃうの?」


「……いえ。母からは、まだ引き継がなくていいとずっと言われていたんです。でも、私が自分から希望して……。それで今日、詳しい話を聞かせてもらう予定だったのですが……」


「そういうことなら……ねえ、ニア。二人で元の場所に戻れるまで、私と一緒にこの世界を旅してみないっ?! ていうか、もう、それしかなくないっ?!」


ニアは大きく目を見開き、私の顔をじっと見つめる。

「……莉乃さんは、本当に、いつも前向きなんですね」


そう言って、口元に手を当ててくすくすと笑うニア。

(よし、なんとかなりそうな気がしてきた! いや、なんとかするしかない!)


自分に気合を入れた――その瞬間。

 視界の真ん中で、パッと眩い光が弾けた。


「わっ!!! びっくりした!!」


そこに浮いていたのは、さっき初期設定を終えたはずの『光る本』だった。


「……? 莉乃さん、どうかされたんですか?」

「えっ? ……ニア、いま私の目の前でこれでもかってくらい光ってるこの本、見えてないの?」


私は、目の前でふわふわと宙に浮いている本を指さしてみる。


「……えっと。そこに本が、あるのですか?」

「あー……。見えて、ないみたいだね」

「……はい。そのようですね……っ」


ニアは絞り出すように答えて俯くと、愛らしい猫耳を再びしゅんと力なく垂らした。


「いやいや、落ち込まないでニア。この本、どうみても普通じゃないから。きっと、私にしか見えない仕様なんだよ!だから……ね?」


私はニアの頭にそっと手を乗せ、柔らかな猫耳ごとよしよしと優しく撫でてあげる。


「……んっ……ぁ……」

「え?」

「……あっ、あのあのあの! これは……そのっ……!」

「あはは、ニア、また顔真っ赤になってるじゃん! ……じゃあ、パパッと内容だけ確認しちゃうから、ちょっとだけ待っててね!」


(……今の……。なんか、ものすごく……えっちな声じゃなかったっ?!!)


私はなんだか、今はニアの顔を直視してはいけない気がして、慌てて本の方へと全神経を集中させた。


再び勝手に開いたページを覗き込んでみると、そこには大きな地図が表示されていて、私たちがいまいる現在地を示すように、赤い丸が点滅していた。


「わっ、もろゲーム画面じゃん! うわぁ……この見慣れた仕様、すっごい助かる〜! ありがとう、神様っ!」


私は胸の前で両手の指を絡ませ、天を仰いで感謝の言葉を捧げる。


(……あ、でもそう言えば、私も神になったんだっけ。……ま、いっか。とりあえず、最高の仕様だよ。ありがとう〜っ!)


本の中身には、現在地の表示。そして何かの指示なのか、黒い丸で囲まれたエリアが表示されていた。


「ここまできたら、完全にゲームと同じ考え方をするのが正解だよね。この黒い丸は絶対に『目的地』だろうから、ここを目指せって意味だよね? えーと、なになに? フルーリス?」


私がその言葉を口にした瞬間、ニアの肩がビクッと大きく跳ねた。

 彼女は驚きに目を見開いたまま、微かに震える声で私の言葉をなぞる。


「……っ、フルーリス……。莉乃さん、その本に、そう書かれているのですか?」


「……え? あ、うん。地図が表示されてて、そこが黒い丸で囲まれてるんだよね。だから、たぶん目的地はここだよって意味だと思うんだけど……。ニア、ここがどこか知ってる? あ、ついでに言うと、今私たちがいる場所は『アルク』って出てるよ」


「そう……ですか。……あ、現在地を教えてくださってありがとうございます。自分でも確認してみますね」


ニアが指先で空中に円を描くと、淡い光の粒子が重なり合い、小さな魔法の地図が浮かび上がった。


「えっ!? すごっ!! ……ニアって実は、とんでもない魔法使いだったりしそうだよね……」


「えっと……ただマップを出しただけですよ? 確かに魔術は幼い頃から母に教わっていましたけれど」


「いやいや、私からしたらさっきから衝撃映像の連続だからね……?」


『……そ、それを言ったら、私だって同じなんですから……っ』


ニアが少し俯きがちにボソッと呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。彼女はコホン、と小さく咳払いをすると、気を取り直したように言葉を続ける。


「ここがアルクなら、一番近いのは『サターシャ』という街ですね。この距離であれば、日が暮れてしまう前には到着できると思います」


「へぇ、サターシャ? どんなとこなの?」


「母から聞いたことがある地名だったので、とても助かりました。小さな宿場町だったはずです。母は昔、ある方と一緒に世界中を旅していたので、私は幼い頃からその思い出話を聞くのが大好きだったんです」


ふふっ、と誇らしげに、けれど少し寂しそうに微笑むニア。


「そこなら、今夜泊まる場所も見つかるかもしれません。……莉乃さん、行ってみませんか?」


「……はああぁぁ。よかったぁ……」


私は安堵のあまり、長い溜息を吐きながら、その場にへなへなと座り込んだ。


「り、莉乃さんっ!? どうかされたのですかっ?!!」


「あ、ごめんごめん。心配しないで。ただ……めっちゃ安心しただけ。ここでニアに『聞いたことない地名です』なんて言われたら、私、思いっきり詰んでたからさ……」


「つ、つんでた……?」


「あー、えっとね。『もうお手上げー!』とか、『万事休す!』って感じかな」


「あ、なるほど。ふふっ、確かにそうですね」


「でしょ?」


少しずつ緊張が解けてきたのか、私たちは自然と顔を見合わせて笑っていた。


すると、開いたままにしていた本のページがまた勝手にパラパラと捲られ、基本的な魔法の種類や使い方などが表示された。


私はそれを一気に、隅々まで読み解いていく。


見た目や性格はこんな感じだけど、実は結構、勉強は得意な方だし、何よりゲーマーだ。チュートリアル形式のナビゲートは、私にとって最高の教科書だった。


「ふむふむ。あ、なるほどね〜。なんか、大体わかっちゃったかも」


魔法には大きく分けて、攻撃、防御、治癒、相手や自分にかけることのできる特殊魔法、探索魔法、召喚魔法まで。ずらりと並んだラインナップは、まさにRPGの世界そのものだった。


(本当に、まんまゲームの世界じゃん……だからすぐに理解できてめちゃくちゃ助かるけど……)


「ねえ、ニア。いまってまだ空がこんなに青くて明るいけど、急に夜になって真っ暗になっちゃったりはしないよね?」


「あ、はい。日が暮れるまでは、まだ余裕があるかと思います」


(ニアのこの回答。やっぱり『何時』っていう時間の概念はなさそうだよね)


「じゃあ、ちょっとだけ、魔法の練習してみてもいいかな? せっかくここ、すっごい広い平原だから、練習するにはばっちりかなって思うんだけど」


「そうですね。おっしゃる通り、魔術の練習にはうってつけの場所かと思います。でも莉乃さん、魔法の使い方って……」


ニアが言葉を言い切る前に、私は指先に意識を集中させていく。

 遠くに見える巨大な岩を標的に定め、指先をピンッと軽く弾いた。

 その瞬間。


――シュヒュンッ!!!!!


空気を切り裂く鋭い音と共に、一筋の眩い白銀の光が私の指先から放たれた。

 直後。標的にした大岩は一欠片もなく消滅。

 放たれた光は勢いを殺さぬまま、肉眼では確認できないほど遠くにある山の頂を――跡形もなく消し飛ばした。


「…………え?」


一瞬の静寂。そして。


――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!


遅れて鳴り響いた凄まじい衝撃音。大地を震わせる突風が吹き荒れ、巻き上がった砂埃が容赦なく全身を掠めていく。


おそるおそるニアに視線を向けると、彼女も小刻みに震えながら私を見ていた。お互いに顔を見つめ合ったまま、無言の沈黙が流れる。


「や、やばすぎ……。ニア、ごめん。私……ちょっと見てくるね!」


(あの山に村とかあったら人生終わる……!)


「………え? 見てくるって……り、莉乃さんっ???」


欠けた山の影を脳裏に焼き付け、そこへ『移動する』イメージを強く持つ。

 ――パッ!

 視界が眩い白に染まった直後、私は思い描いた山の麓に立っていた。


「……よかった。できた!」


すぐに周囲をぐるりと見渡してみる。幸い、山に巨大な風穴が空いただけで、人の気配は感じられなかった。


「はああああぁ……よ、よかったぁ………」


――シュンッ!

 隣で眩い光が爆ぜ、ニアがパッと姿を現した。


「わっ!! びっくりした!!!」


「びっくりしたのは私の方ですっ! 莉乃さん、転移魔法まで使いこなせるのですか?!」


「え? いやー……初めて使ってみたんだけど……」


「えぇぇっ?!!!!」


「いや、さっきの本に『転移魔法』ってのも書いてあったからさ。だから、さっき使った治癒魔法みたいにイメージしたらできるのかなって……」


ニアは目を見開き、肩を小さくふるふると震わせている。


(……ま、まずい。さすがにこれ、怒られるよね……)


「……転移魔法って、すっごく難しいんですよ? 失敗してしまうことだってあるんですから……」


「えっ!? 失敗っ!? そんなこともあるんだ……」


「……ま、魔術については、私がきちんと教えて差し上げますから。あまり急に、その……私の側からいなくならないでください……」


ニアは猫耳をぴくぴくと震わせながら、私の袖をぎゅっと掴んだ。


(え、かわいい。無理。破壊力が限界突破してる)


「……あ、えっと。ごめんね、ニア。もう急に魔法を使ったりなんてしないから、心配しないで。ねえ、とりあえず……大丈夫そう、だよね? 私、もし山に小さな村とかがあって、そこを破壊しちゃってたらどうしようって、そればかり焦っちゃって……」


私の言葉を聞くと、ニアはスッと目を閉じて静止した。

 しばらくして再び目を開くと、「ざっとですが、この辺り一帯には生体反応がなかったので、心配なさらなくて大丈夫かと思いますよ」と笑顔で告げてくれた。


「ニア、ありがとう!」

 私は安堵のあまり、思わずニアにぎゅっと抱きついた。


「わっ! ……莉乃さん。何度もお伝えしていますが、急に抱きつかないでください……」


「でもニア、なんかすっごい嬉そうな顔してるじゃん?」


「……なっ、そ、そんなこと……ありませんから……っ。では、今度は一緒に戻りましょうか? 私が莉乃さんも一緒に転移させますから、莉乃さんは目を閉じていてください」


「はーーい! いつでもいいよ〜!」


「莉乃さんって本当に……物怖じしない、強い方ですね。尊敬します……。では、いきますね!」


途中でニアの声が小さくなったから、なんて言ったのかはわからなかったけれど、なんだか褒められたような気がした。その直後、また一瞬の眩い光が溢れ、次に目を開いた時にはもう、元の場所へと戻っていた。


「なんか本当に、すごいね……っていうか、便利すぎ! あ、もしかしてサターシャって街までも、一気に移動できたりするっ?!」


私は瞳をキラキラと輝かせながら、ニアに問いかけてみる。


「そうできたら良かったのですが、素直に歩いて進むのが一番安全かと思います。転移できる距離は魔力の大きさや技術にもよるのですが、長距離移動は危険を伴いますから。実際に行う人は、まずいらっしゃらないかと思いますよ」


「……なるほど。でも、なんか勿体ないよねー……」


ニアとそんな会話を交わしている最中だった。先ほどまで穏やかに眠っていたはずのドラゴンちゃんが起き上がると同時に、

 ――ズシャアアアアアッ!

 と、ど派手な音を立てて後退した。私たちの姿を確認すると黄金色の瞳を鋭く尖らせ、こちらをキッと睨みつけてくる。


「お前たち、私に何をしたっ?!!!!」


「わっ、めちゃくちゃ元気そうじゃん。よかったよかった。何をしたって言われても、魔法で治療しただけだよ? ほら、傷も治ってるでしょ?」


ドラゴンちゃんは自分の脇腹に目をやり、ようやくその事実に気づいたみたいだった。

「うそ……傷が、完全になくなってる……」


「あ、その口調の方がいいじゃん。そっちの方が可愛くていいと思うよ?」


私が満面の笑みでそう告げると、彼女の顔がみるみる赤く染まっていく。


「なっ……かっ、かわ……いいなんて言葉、よく軽々しく言えるわね……っ!」


「私、正直者だから。本当のことしか言わないよ? ……で、痛みはどう? ちゃんと引いてる?」


「……っ、……え、ええ。痛みはもう、全くないわ。…………た、助けてくれたことには……とても感謝しているわ。……ありがと」


消え入りそうな声で紡がれたお礼に、私は思わず頬が緩む。


「どういたしまして。……ってか、やっぱツンデレキャラだったか。あ、私の名前は蒼羽莉乃って言うの。莉乃って呼んでね。で、ついさっきこの世界にやってきた『異世界人』ってやつになるのかな? 私もまだよくわかんないんだよね〜!」


私の大雑把すぎる自己紹介に、ニアが苦笑いを浮かべながら言葉を継いだ。


「私の名前はニア、と申します。ご覧の通り獣人族です。莉乃さんとは本当につい先ほどお会いしたばかりで、私もまだ困惑している最中なのですが……。先ほど、これから旅のお供をさせていただく決意を致しました」


「えっ? ほんとっ?! ありがとう〜ニア〜!」

 私は嬉しくなって、再びニアにぎゅっと抱きつく。


「り、莉乃さんっ! さっき、急に抱きつかないって約束したばっかりじゃないですか……っ!」


「えっ!? 私、『その約束』はしてないはずだけど?」


「も、もお〜〜〜〜〜っ!!!」


「……あ、あのっ……ちょっといいかしら。あなたたち、なんでそんなに平然としていられるのよ」


ふと思い出したように、ドラゴンちゃんが困惑混じりの声を上げる。


「私、さっきまで正気じゃなかったとはいえ、急に襲いかかったのよ……? なのに、どうして……」


「だって、何か理由があったんでしょ? そんな傷、自分でつけられるはずがないし。まあ、もしニアがいなかったら私、死んでたかもしれないけどね〜!」


私はわざと、少しだけ意地の悪い口調でそう告げてみる。


「……っ……本当に、申し訳ないことをしたわ。突然、強力な魔力を感じて、つい追手だと勘違いしてしまって。それで……」


「うんうん。まさにそんな感じだったよね。……ねえ、あなたの名前、教えてくれる?」


「ヒノカよ。助けてもらったこの命、一生をかけて恩を返していくつもりよ。けれど、その前に……」


ヒノカは言い切る前に、ふっと言葉を止めた。彼女の沈んだ雰囲気から、良くない話だと察した私は、なるべく明るい口調で口を挟んだ。


「ヒノカ! めちゃくちゃ可愛い名前っ! ………助けが、必要なんでしょ?」


(この流れ。絶対に『それしかない』よね……)


私のその言葉に、ヒノカは顔をバッと上げ、私の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「………ええ。私たちの森に、急に魔族がやってきて襲撃されたの。最初はみんなで応戦して、こちらが優勢だったわ。けれど、何か不気味な形をした武器で受けた傷が……治癒魔法を使っても全く治らなくて。それで……」


ヒノカは一度言葉を切り、拳が真っ白になるほど強く握りしめてから、再び重い口を開いた。


「私は、ドラゴンの母と竜人族の父の間に生まれたの。その影響かしらね。幼い頃から二つの姿を使い分けることができた。だから、みんなが……この姿になって身を隠しながら、お前だけでも逃げろって……」


彼女はそこまで言うと、一度言葉を詰まらせた。


「でも、この姿では空は飛べない。体力の限界だったけれど……あの時、最後の力を振り絞ってドラゴンの姿に戻ったの。せめて、少しでも遠くへ逃げなきゃって……」


ヒノカの黄金色の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ落ちる。気づいた時には、彼女の背中にそっと腕を回し、優しく抱きしめていた。


「話してくれてありがとう、ヒノカ。その森の名前って、わかるかな? あと、襲われてからここに辿り着くまで、何日くらい経ったか覚えてる?」


「……ガルグンドの森、と呼ばれていたわ。夜を越えたのは、一度だけだったと思う」


私はニアへ視線を向ける。

「……ガルグンドの森。すみません、聞いたことがありません……」


「そうだと思うわ。私たちは本当に、ひっそりと暮らしていたから……」


「そっか……ねえ、ニア。転移魔法って、その場所がはっきりと分かっていても、やっぱり長距離だと難しい?」


「そうですね。距離が離れていればいるほど、転移自体の難易度は跳ね上がります。けれど、座標の特定がしっかりとできるのであれば、もしかしたら……」


「『もしかしたら』に賭けるのって、最高にドキドキしない?」


私は口元をニヤリとさせて、二人の顔を見回した。


「みんなで手を繋いで、ヒノカにガルグンドの森の座標をはっきりと指定してもらう。ニアは何かあった時のサポート。私が思いっきり魔力を使って、一気に転移してみる! どうかな?」


「……ふふっ、何かあった時のサポートって、私は具体的に何をしたらいいんですか?」


「え? あー……みんながバラバラになっちゃわないようにだけ、なんとかしてほしいな〜、なんて!」


「ふふっ。本当に……莉乃さんらしいですね」


「ちょっ、ちょっと待って……あなたたち、何を言っているの?」


「えっ? だって、まだ助けられるかもしれないじゃん。行ってみないとわかんないけどさ」


「……そ、そんな簡単に。だいたい、さっき出会ったばかりの私に、どうしてそこまで……」


「うーん。だって、助けが必要かって聞いたのは私だし? それに、たぶん私、めっちゃ強いと思うから任せてよ!」


「……命を、落とすかもしれないのよ?」


「大丈夫!ふたりの命は絶対に私が守るから。信じてっ!」


「そんな……めちゃくちゃじゃない……っ」


「ヒノカさん。莉乃さんって本当に、こういう方なんです……。でも、彼女の強さは私も保証しますよ?」


「……あ、でも何か武器あったほうがいいかな? ねえニア、召喚魔法って何か武器を出せたりもするの?」


「えっ!? 莉乃さん、召喚魔法まで使えるんですか???」


「使ったことはないんだけど、たぶんいけると思う!」


「あの、全然説明になっていないのですが……。もし使えるのであれば、召喚したい物のイメージを強く……」


「あ、やっぱり『イメージ』なんだね! ちょっとやってみる!」


(武器といえば、やっぱり剣! でも西洋っぽいやつじゃなくて、日本刀の方が絶対カッコいいよね!)


脳裏に描くのは、研ぎ澄まされた白銀の刀身。


――キィィィィンッ!


空気を震わせる、鋭い音。

 ――その直後に訪れた、一瞬の静寂。


凪いだ水面に雫が落ちたような、澄んだ一音が鼓膜の奥まで響き渡った。


それを合図に、足元の地面から白銀に輝く伝統文様が波紋となって広がり、その中心から――眩い光を帯びた一振りの太刀が浮かび上がってくる。


実体化した刀は、かざした私の手の中へスッと収まり、私はそれを力強く掴み取った。


「……本当に出た。ねえニア……私って、結構やばくない?」


「……ええ。もう驚きすぎて、感覚が麻痺してしまいました……」


「な、なんかごめん。……よしっ! じゃあ、ちょっと試しに振ったりしてみるね!」


ヒノカもそんな私たちのやり取りを、ただ呆然とした顔で眺めていた。


鞘から抜いた刀身は、冷たい月のような光を放っている。

 私は日本刀を構え、ほんの少し魔力を乗せるイメージで振り抜いてみた。


その瞬間。


――シュンッ!!!!!


鋭い風切り音が響いた直後、凄まじい轟音が鼓膜を叩いた。


ドゴォォォォォンッ!!!!!


目の前の草原が抉られるように巻き上がり、その勢いは止まることなく遥か先の大地まで突き抜けていく。

 私が刀を振り抜いた周囲一帯は、草花ごと一気に消失してしまっていた。


「……さ、さっきのことを反省して、だいぶ力加減はしたつもりだったんだけどさ……」


苦笑いしながら振り返ると、ニアは表情を引きつらせたまま固まっていて、ヒノカに至っては、信じられないものを見るような目で私のことを見つめている。


(なんか私、あまりにもバケモノすぎない……?)


まだ誰とも戦ったことなんてないのに、なんだかもう、負ける気がしなかった。


「も、もうちょっとだけ、練習してもいいかな?」


恐る恐る二人に問いかけると、「……ど、どうぞ……」となんだか、よそよそしい口調で返されてしまった。


(心の距離だけは離れないように気をつけなきゃ……)


本物の日本刀なんて、振るったことは一度もない。けれど、幼い頃から活発だった私は、男の子に混じってスポーツをしたり、戦隊ごっこやチャンバラに明け暮れるような子供だった。


だから今、本物の刀を手にしていることが嬉しくて、つい夢中になってしまう。おまけに、ずっと憧れていた「魔法」まで使えてしまうのだから、楽しくないはずがない。

 私はゲームの中で何度も見てきた理想の動きをイメージしながら、身体全体でその感覚を馴染ませていく。


――シュンッ! シュッ、ヒュンッ!


ザッ、ザザザッ!


鋭い風切り音に、小気味よい足さばきが重なる。

 そして、時折吹き抜ける――ざああああああっ! という風の音。

 それらが混じり合う中、私の動きは瞬く間に洗練され、鋭さを増していく。


(……そうだ。限界を知っておかなきゃだよね。この武器を持ったまま、どこまで動けるのか。よし、試してみよう!)


日本刀を鋭く振り抜いた勢いのまま、私は一気に後方へ――ザッ! と飛び退いた。

 そこから連続でバク転を繰り出し、仕上げに大きく宙を舞いながら、空を鮮やかに斬り裂く。


――タッ!


最後は重力を感じさせない身のこなしで、一点の乱れもなく着地を決めた。


(おおおおぉ! できたっ! 身体がやけに軽く感じるのは、無意識に魔法を使ったりしてるのかな? もしそうだとしても、ゲームみたいな動きができて私はもう大満足ですよっと!)


幼い頃からずっと習わされていた新体操が、まさかこんなところで役に立つなんて。今この瞬間だけは、お母さんに感謝してあげよう。


「ふたりとも、時間もらっちゃってごめんね。もう大丈夫だから……」


そう言いながら振り返った瞬間、ふたりの熱い眼差しが真っ直ぐに突き刺さった。


「……り、莉乃さん。あなたは一体、何者なのですか……」


「……き、奇遇ね。私も全く同じことを思っていたわ……」


呆然と立ち尽くす二人に、私はあはは、と照れ隠しの笑いを浮かべる。


「……ね? 私ってなかなか強そうでしょ?」


『…………ええ。本当に』


ニアとヒノカ。ふたりの声が見事なまでにハモったのが可笑しくて、私は思わず小さく吹き出した。



第3話、読んでいただきありがとうございました!


もし少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、下にある【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも徐々に上がっていくかと思います。何卒っ!


次回は「初戦」です。よろしくお願いします!


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