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猫耳美少女、ニアとの出会い


「……っ!! だっ、誰かいるのっ?!!!」


私はバッと、空気を切り裂くような勢いで後ろを振り返った。

 直後、静まり返っていた空間に、自分の叫び声が鋭くこだまする。

 あまりに勢いよく叫んだせいで、喉の奥はジリジリと熱を持ってヒリついたままだ。


視線を向けた本棚の隙間から、ガタガタと目に見えて震えながら、恐る恐る顔を覗かせたのは――。


透き通るような白い肌に、月明かりをそのまま溶かし込んだような、さらさらの銀髪。

 それはいい、すごく綺麗。でも、問題なのは、その頭の上だ。

 そこには、さっきまで追いかけていた猫とそっくりな、真っ白でふわふわとした「猫耳」が、まるで最初からそこにあるのが当然だと言わんばかりに生えていた。

 幻覚か何かを疑う私の目の前で、それは意志を持っているかのように、ぴくぴくと小刻みに揺れている。


「え、ちょっと待って。どこからどう見ても、文句なしの猫耳美少女なんですけど……っ!? すごいすごいすごいっ!!! ねえ、その猫耳って本物だよねっ??」


あまりの可愛さに、私の理性は一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。

 タタッ! と足音を鳴らし、反射的に、彼女の元へと全力で駆け寄る。


そんな突然の叫び声と私の猛追に、彼女は肩を大きくビクッと跳ねさせる。

 青い瞳をさらに大きく見開き、わなわなと震える唇から、絞り出すように言葉を零した。


「だっ、だだだだ誰ですか、あなたはっ?!!!!」


本棚の角をぎゅっと掴む彼女の指先が、白くなるほど震えている。

 私が全力で詰め寄ったせいで、彼女は完全に逃げ場を失い、背中をドンッと本棚に打ちつけてしまった。

 衝撃で、並んでいた古い本が数冊、パラパラと音を立てて床へ落ちる。


「わっ、だっ、大丈夫っ?! ごめんね、つい勢い余っちゃって……!」


慌てて謝りながらも、至近距離で視線がぶつかる。

(うわぁ……近くで見ると肌のキメまで細かくて、マジで綺麗じゃん……)


「……ひっ!!!! し、質問に、ちゃんと答えてくださいっ」


「えっ? ちょっと待って。顔も……かわいすぎないっ!? あ、いや、それよりも……」


あまりの美少女ぶりに一瞬だけ語彙力が死んだけど、私はもっと大事な事実に気づいて、思わずぐいっと身を乗り出した。


「ねえ、普通に会話、できてる……よね?」


「え?……あ、はい。言葉は普通に理解できてます……けど」


私の勢いに圧されながらも、彼女は戸惑ったように頷く。


「……よ、よかったあああぁ……。何気にこれが、マジで一番助かったかも」


安堵のあまり、膝の力がふっと抜けそうになる。

 言葉が全く通じない世界に放り出されるなんて、考えただけでも恐ろしい。これって異世界生活における、間違いなく一番のハードルだよね。


「さ、さっきから、一体何をおっしゃっているんですか?」


彼女は潤んだ瞳を泳がせ、困惑しきった表情で私を見上げている。

 その頭の上では、真っ白な三角形がピクピクと、確かに意志を持っているかのように動いていた。右、左、そして後ろへ――不安を表すみたいに複雑な弧を描くその動きに、私の心臓がギュンと音を立てる。


(やばい。この耳の動き、反則的に可愛い……)


「あっ、独り言ばっか言っちゃってごめんね……。ねえ、これってさ、ラノベで言うところのヒロイン枠だよね?」


「なっ、なんですか? ヒロインわく?」


彼女は首をかしげる。その仕草に合わせて、猫耳もゆらりと揺れた。

(……っ、なにっ?!その無自覚なあざとさ……破壊力やばすぎなんですけどっ?!)


「……えっ? あー……えっと。ヒロインっていうのはー……」


混乱して目を白黒させている彼女を横目に、私はもう、我慢の限界だった。

 視界の端でずっと、あの白くて柔らかそうな三角形が私を誘惑してくるんだもん。無理。耐えられるわけがない。


「あとで、しっかり教えてあげるから、まずは……ちょっとその猫耳、触ってみてもいい?」


一応、彼女に問いかけはした。したけれど――返事が届くよりも早く、私の右手は迷うことなく彼女の耳へと向かっていた。


白くなめらかな毛並みを、まずはそっと撫でる。

 指先から伝わる未知の感触に、一瞬、ゾクッとした快感が走る。そして気づいたときには、その柔らかな三角形を指先で挟み込むようにして、優しくむにむにと揉んでしまっていた。


「……ひゃあぁっ?!! なっ、何をするんですか……っ!??」


彼女は悲鳴を上げ、一瞬で顔を真っ赤に染めると、私から逃げるように鋭く後退した。

 「ズサアアアア!」という効果音が浮かびそうなほどの、見事な身のこなしだ。そして震える手で自分の猫耳を必死に隠しながら、彼女はその場にぺたんと座り込み、ふるふると震えている。


「わっ! びっくりした! ごっ、ごめん。どうしても我慢できなくて。つい……」


私は「もう何もしません!ごめんなさい!」と彼女に伝えるために、慌てて両手をバッと上げてみせる。けれど、指先にはまだしっかりと「彼女のそれ」の感触が熱くこびりついていて、心臓の音はバクバクしっ放しだ。

 今も彼女の頭の上で動くその愛らしい猫耳は、怒っているのか、それとも羞恥に震えているのか、小刻みにピクピクと激しく揺れていて、私の理性をすぐにまた破壊しようとしてくる。


指先に残る、しっとりとした質感と確かなぬくもり。

 本物の猫以上にふわふわで柔らかい毛並みのその奥には、まるで血管が通っていることを主張するかのように、生物としての「生々しい拍動」が確かにあった。

 その感触が、触れた私の指先を、今も燃えるように熱くさせている。


(……あの猫耳、間違いなく彼女の身体の一部だ……っ)


指先に残る熱を感じながら、私はようやく、最低限の礼儀というものを思い出した。


「あ、そうだ。私の名前は、蒼羽莉乃(あおば りの)。ねえ、あなたの名前は?」


「……ニア、と申します。でも、それよりも……失礼ですが、あなた様はどちらの種族の方でしょうか?」


ニアはまだ耳を伏せたまま、恐る恐る私の顔を覗き込んでくる。


「……種族? どこからどう見ても人間でしょ?」


「にんげん……? 申し訳ありません。あらゆる書物を預かる司書をしておりますが、『にんげん』などという種族、聞いたこともありません……」


「まさか……そう来るとは思ってなかったーーーっ!! 絶滅どころか、認知すらされてないのっ!!!?」


静寂を切り裂くような大声を上げてしまった。自分でもびっくりするほどデカい声。その震えが、高い天井や広い館内に、これでもかってくらい反響する。


「きゃっ! 莉乃さん。急に大きな声を出さないでくださいっ!」


ニアがびくっと体を震わせ、今度は両手でしっかりと耳を塞いで目をぐるぐるとさせている。

(……あ、やばい。猫って確か、耳がすごく発達してるんだったよね)


「ご、ごめんね、ニア。大丈夫っ? でもさ、いま、さっそく私の名前呼んでくれたよね? ありがと♡なんか、すっごく嬉しいかもっ!」


「……っ。か、からかうのはやめて下さいっ」


「ニアは、すぐに照れちゃうんだ? かわいいね♡」


「……っ、も、もう……私だって、ちゃんと怒るんですからねっ?」


ニアはさらに顔を赤く染め、私と重なり合っていた視線を、これ以上は耐えきれないといった様子でふっと逸らした。

 どうしたらいいのか、わからないといった様子でソワソワと動く、真っ赤になった猫耳の先端。その落ち着きのない動きを見ていると、なぜか私の心拍数までバクバクと音を立てて上がってくる。


(あれ? なんかもうこれ、落とせるんじゃない?)

ギャルゲーも嗜んできた私の直感が、瞬時にそんな妄想を展開させてしまう。


(というか、私もなんか普通にドキドキしちゃってる……?)

そんな、浮ついた不純な考えが頭をよぎるけれど、今は湧き上がる好奇心をグッと堪えた。


「ねえ、ニア。話を戻すけれど、ここってやっぱり異世界ってことだよね?」


「い、いせかい? そのような言葉も今、初めて耳にしました」


(……マジかーー。まさかの『異世界』っていう概念すら存在しないパターン?)


だとしたら、私はいったい何重の壁を乗り越えなきゃいけないのよ。


「な、なるほど……。あ、じゃあさ、この建物の出入り口だけ、どこにあるのか教えてもらえる?」


「あっ、はい。出入り口でしたら、あちらに。でも……」


ニアが指差した先を見た瞬間、私は自分の目を疑った。

 そこには、さっきまであんなに、それこそ泣きそうになりながら探しても見つからなかった大きな扉が、これ見よがしに鎮座していたから。


「え?……本当だ。私、さっきまでめちゃくちゃ探してたのに、すぐそこにあったんだ!?」


見落とすはずのない、重厚な木製の二枚扉。

(いや、でもそんなことってある? もしかして、絶対に見つからない魔法がかかってたとか?)


私はその扉を見つめながら、拳をぎゅっと握り込んだ。

(……ま、いいや。で、異世界ものの典型的な流れでいくと、外に出た瞬間にはきっと……!)


お決まりの展開が待っているはず。その予想を「確認」したくて、私の胸はある意味、期待で大きく高鳴った。迷うことなく扉へ向かって、一気にダッシュをする。


「……えっ?! 莉乃さんっ?! 外は危険ですっ! そんな状態で飛び出したら魔物に……っ!」


背後でニアが何か必死に叫んでいるけれど、頭の中でラノベの展開をシミュレーションしながら全力疾走している私の耳には、一欠片も届かなかった。


そのまま勢いよく、扉を蹴破るような勢いで開け放った、その瞬間――。


視界が一気にバッと開かれ、肺いっぱいに「生きた」空気が流れ込んできた。


そこにあったのは、埃っぽい図書館の閉塞感でも、薄暗い路地裏の湿り気でもない。

 空と地の境界線さえも曖昧に溶けてしまいそうなほど、どこまでも、どこまでも果てしなく続く、圧倒的な緑の世界だった。


視界の端から端までを埋め尽くす草原は、まるで命を持った絨毯のように、風を受けて大きな波を打っている。そのあまりの広大さに、自分が米粒よりも小さな存在になってしまったかのような錯覚さえ覚えるほどだ。


青々とした草の匂いを纏った風が鼻先を掠め、私の髪を何度も激しく乱していく。「ざあああああ!」という轟音とともに吹き抜ける風は、油断すれば身体ごと持っていかれそうなほど、強烈な勢いに満ちていた。


「……あ、ははははは。や、やっぱり出た。テンプレ草原。私……知ってる。この後、超巨大なドラゴンとか出てくるんだよね?」


確信に満ちた予言を口にした、その時。

 太陽の光が急激に遮られ、周囲がふっと夜のように陰った。


肌に突き刺さるような、冷ややかな威圧感。

 それはまるで、空気が凍りついたかのような錯覚を起こしてしまうほどだ。

 そんな感覚に引っ張られるようにして、私はゆっくりと空を見上げた。


そこには――。


全身を燃えるような深紅の鱗で包んだ、巨大な影が私の真上にある空を完全に支配していた。

 とんでもない大きさの翼が空気を叩くたびに、大地が、私の足裏がビリビリと痺れるように激しく震える。黄金色に輝く瞳が私をギロリと射抜き、いまにも灼熱の業火を吐き出さんとするその顎の隙間からは、絶望を予感させるような熱気が霧となって漏れ出していた。


「……え? 待って。マジで、そのまんまじゃん……っ」


「ギュァオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!」


耳をつんざくような咆哮が、鼓膜を直接揺さぶり、魂の奥底までをも震わせる。草原全体の空気をねじ伏せるようなその叫び声に、さっきまで強がっていた私の膝が、がくがくと微かに震え始める。


「……ほ、ほら来た……。展開がベタすぎて、笑えないんですけど――っ?!!!」


叫んでいないと自分を保てない。喉の奥は、砂漠に放り出されたみたいにカラカラだ。


「そんなこと言ってる場合ですかっ! 莉乃さん! 早く私の後ろへ!」


上空にいた巨大な影が、まるで隕石のような速さで、こちらに向かって一気に急降下してくる。

 ドォォォォォォン!!!!!!

 凄まじい着地音とともに、草原の土塊つちくれが爆発したかのように舞い上がった。


その衝撃を隠れ蓑にするかのように、ドラゴンの太い尻尾が恐ろしい速度で振り回され、限界まで遠心力を乗せたその一撃が、私たちをまとめて薙ぎ払わんと猛然に振り抜かれる。


 ニアが反射的に手をかざすと、今まで何百回とゲームやアニメで目にしてきたような、光の粒子が編み上げる防護障壁が瞬時に空中展開された。


避けることは不可能だと、本能が理解する。空気を爆ぜさせ、地面を激しく削り取りながら迫るドラゴンの巨大な尾。そのすべてを破壊し尽くさんとする無慈悲な一撃を、光の壁が真っ向から受け止める。


ギャキイイイイイイーーーーーン!


鼓膜を突き破らんとする、鋭利な衝撃音。

 衝突の余波だけで周囲の草花が粉々に吹き飛び、防護障壁が放った強烈な「弾き返す力」が、ドラゴンの巨体を力任せに跳ね飛ばした。

 その凄まじい反動に耐えきれず、完全にバランスを崩した怪物は、重い地響きとともに草原へと沈んだ。


 そんな光景を目の当たりにして、私の恐怖心は完全にキャパを越えてしまったらしい。一周回って冷え切った頭で、場違い極まりない感想をボソリと漏らしていた。


「ねえニア、今の魔法の盾、模様がちょっとだけ地味じゃなかった? もっとこう、王様の紋章的な、かっこいい感じのほうがさ……」


「そっ、そんなこと言ってる場合ですか! ドラゴンですよっ!? 多々いる種族の中でも、かなり危険な分類に当たるんですからねっ?!」


「……あ、そうなの? でもさ、こんな初っ端から現れるドラゴンなんて、初期の村付近にいる雑魚キャラみたいなもんなんでしょ?」


なぜか、ニアに対してだけはカッコ悪い姿を見せたくなくて。

 私は心臓の爆音を無視しながら、精一杯の軽口を叩いてみせた。


(……や、やばい。今の衝撃、マジで心臓止まるかと思った。背中の冷や汗も半端ないし、なんか今になって心臓がバクバクしてきたっ!!)


強がってはいるけれど、本当は立っているのがやっとだ。私はがくがくと震える膝を、両手で必死に押さえつける。


すると、先ほどまで猛り狂っていたドラゴンが、のそりと起き上がり――。

 直後、その全身が網膜を焼き切らんばかりの眩い光に包まれた。


「うわっ!? な、なに!? 眩しっ、目……目がああああ!!!」


思わず腕で視界を遮る。だけど、溢れ出す光の中で繰り広げられる信じられない光景を目の当たりにしてしまっては、もう、ガン見するしかなかった。


あれほど巨体だった怪物の輪郭が、まるで逆再生の映像を見ているかのように、みるみるうちに凝縮されていく。

膨大な質量が中心へと吸い込まれ、視界を埋め尽くしていた光が一点に収束したとき――そこには、私たちと変わらない背格好の「美少女」が佇んでいた。


「……ねえ、ニア。この世界のドラゴンって、実は美少女だったの?」


「い、いえ、そんなことはないはずです。竜人族がいるのは確かですが、ドラゴンの姿から人型に変化できるなんて……」


ニアも隣で目を丸くして、その光景を呆然と見守っている。けれど、目の前の彼女の姿には、確かにドラゴンの名残が刻まれていた。


燃えるような赤のロングヘア。その隙間から覗く、小さな二本の角。

 黄金色の瞳は鋭く私を睨みつけ、背後では真っ赤な尻尾が不機嫌そうに、ゆらゆらと地面を叩いている。


腕を組み、ツンと顎をそらしたその立ち姿。見た瞬間、私の中で全ての点と線が繋がった。

 このキャラデザ、この立ち振る舞い。沸き上がった確信が、そのまま口をついて出る。


「あんた、絶対……ツンデレキャラでしょっ?!!!」


「……な、何を言ってい……る……」


彼女の黄金色の瞳が、一瞬だけ戸惑うように揺れた。

 だけどその直後、その瞳に宿る強気な光は、瞬く間に濁り始めていく。さっきまで不機嫌そうに揺れていた真っ赤な尻尾は、まるで抗う力さえ失ったかのように、力なく地面へと投げ出された。


「……っ………」


掠れた小さな声が漏れたのと、ほぼ同時だった。

 彼女の全身からふっと力が抜け、重力に従うように前のめりに倒れ込む。


「ええっ!? ちょっと待って、そこはツンデレの決め台詞を言うところじゃないの!?」


私は反射的に駆け寄り、その小さな身体を両腕でなんとか受け止める。

 腕の中に飛び込んできた彼女の身体は、驚くほど熱を帯びていた。けれど、それだけじゃない。

 真っ赤な髪に隠れて見えていなかった脇腹のあたりが、どす黒い鮮血に染まっている。鼻を突く鉄臭い匂いに、心臓が一気に跳ね上がった。


「……ひどい傷です。莉乃さん、そちらの平らな場所へ!」


ニアの鋭い声に弾かれ、私は彼女をそっと草原に横たえた。

 荒い呼吸を繰り返す彼女の胸元は、今にも破裂してしまいそうなほど激しく上下している。その様子から、予断を許さないほど危険な状態なのは目に見えて明らかだった。


「これ、ドラゴン討伐用の……『断絶の槍』による傷ですね。身体の再生能力を封じられています」


ニアの指先が、傷口を慎重に探る。その表情はいつになく険しく、ピリピリとした緊張感が私の肌を嫌というほど刺した。


「そんな……とにかく助けないとっ! ニア、やり方教えて! 魔法、たぶん私にも使えると思うからっ!」


「り、莉乃さん、少し落ち着いてください。……どうしよう、ここまで深い傷、私でも滅多に見たことがありません。……でも、絶対に、絶対に助けてみせますから!」


「――っ、ニア。そう言ってくれるって、私、信じてたっ!」


ニアは深く息を吐くと、私の隣に膝をついた。そして、私の震える手の上に、彼女の冷たくて柔らかな手がそっと重ねられる。


「いいですか、莉乃さん。彼女の鼓動を感じてください。そこに自分の魔力を、例えるなら、そうですね……体温を分け与えるイメージで――」


「さすが、ニア! その例え、すっごくわかりやすいっ!」


重ねられたニアの手のひらを通じて、私の内側から熱い何かが一気に溢れ出す。

 血液が沸騰するような熱さに歯を食いしばりながら、私は無我夢中で、彼女の傷口のすぐ上で両手を広げた。


(お願い……死なないで! どうか、間に合って!)


その瞬間、私の指先から、見渡す限りの草原を白一色に塗り替えてしまうような、今まで目にしたことのない輝きが溢れ出した。眩い光が彼女の全身をそっと優しく包み込んでいく。


すると、耳元で「ぜえぜえ」と響いていた彼女の苦しげな呼吸が、次第に穏やかで柔らかな吐息へと変わっていく。

 そして重ねた手のひらを通じて、弱々しかった彼女の心臓からも、ドクン、ドクンと力強く脈打ち始める確かな感触が伝わってくる。


「……信じられません。術式の補助もなしに、傷どころか魔力系統まで完全に修復してしまうなんて……」


眩い光がゆっくりと収まったあと、そこにはさっきまでの悲惨な姿が嘘のように、安らかな寝息を立てて眠る少女の姿があった。

 ニアは呆然とした様子で、私の手と、傷ひとつなく消えた彼女の脇腹を交互に見つめている。その青い綺麗な瞳には、隠しきれない衝撃と、目の前の「私」という存在が信じられないといった戸惑いが混じり合っている。


「莉乃さん……あなたは一体、何者なのですか……」


震える声で小さくそう呟くニア。その熱い視線、なんだか眩しすぎて直視できないんですけど。


「……よかった。 本当に、なんとかなったみたいだね………」


安堵した瞬間、全身の力が一気に抜けた。

 冷や汗でぐっしょりと濡れたシャツが背中に張り付いているけれど、今の私にはそんな不快感なんてどうでもいい。それよりも、自分の手で誰かの命を救うことができた――。その震えるような喜びと誇らしさを胸に抱きながら、私は大きく手足を広げ、柔らかな草原の上へと大の字で寝転がった。


見上げた空はどこまでも高く、どこまでも青い。

 一面に広がる草花の匂いを纏った風が、優しく身体を撫でていく感触は、自分のいた世界と何も変わらないように思えた。


けれど、すぐ隣を見れば、不安げに私を見つめる猫耳を生やした美少女と、さっきまでドラゴンだった謎の少女が安らかな寝息を立てている。


……あー、私って、やっぱマジで異世界に来ちゃった系だよね。



第2話、読んでいただきありがとうございます!


もし少しでも「続きが気になる!」と思って下さった方は、下にある【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも徐々に上がっていくかと思います。何卒っ!


次回は「ドラゴン少女」との対話編です。よろしくお願いします!


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