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異世界転移と神の称号


「……えーと、明日の予定は……と。朝イチで講義、そのあとバイト。終わったらみんなで集まって、夜は花火! ……よし、完璧! 私ってば意外と記憶力あるじゃん」

 

 スマホの予定を横目で確認して、私は満足げに呟いた。

 

 頭上では蝉たちが競うように鳴き声を上げ、木々の隙間からは眩しい木漏れ日が降り注ぐ。目を細める私のうなじを、からりと乾いた心地よい風が優しく吹き抜けていった。

 

 「ううー、気持ちいい……!」

 

 時刻は午後五時を回ろうとしているけれど、夏の日はまだまだ高い。清々しいほどに真っ青な空の下、私はこのうだるような暑ささえ「夏の特権!」とばかりに楽しみながら、軽やかに歩みを進めていく。

 

 四季の中では、夏が一番好き。

 私は青空に向かって、ぐいーっと腕を伸ばし、大きく背伸びをした。

 

 そんな、どこにでもいる平凡な大学二年生、蒼羽莉乃あおば りの。それが私の名前。

 

 アスファルトに落ちる影を見つめて歩く、いつもの帰り道。

 ふと、視線の先で小さく揺れた「何か」に反応して、私はピタリと足を止めた。

 

 私の本能が、確信めいた予感にピピッと反応する。

 

 「あっ、やっぱり……猫だ!」

 

 細い路地の影から、真っ白な猫がそっと顔を出していた。

 左右をキョロキョロと見渡すその仕草は、何かに怯えているというよりは、妙に周囲を警戒しているように見える。

 

 「……真っ白で綺麗な毛並み。首輪はしてないけど、野良にしては汚れ一つないし、飼い猫なのかな?」

 

 けれど、路地を抜けた先には交通量の多い大通りがある。

 もし驚いた拍子に飛び出しでもしたら――。

 そんな不安が頭をよぎり、私はその猫から目を離せずにいた。

 

 「でもなんか、猫にしては動きがやけに慎重だよね。妙に落ち着きがあるっていうかさ」

 

 独り言を小さく零し、驚かせないよう、ゆっくり近づこうとしたけれど。

 猫はそれを待ってはくれない。

 尻尾をピンと立てたまま、ひらりと身を翻して、脇の細い路地へと消えてしまった。

 

 「あ、ちょっと! そっちは……」

 

 そこにあるのは、建物の影が落ちていて、昼間でも薄暗い袋小路だ。

 

 私は慌てて駆け出し、その路地の隙間を覗き込んだ。

 案の定、正面には冷ややかなコンクリートの壁が立ちはだかり、左も右も隣接するビルの壁に塞がれている。

 

 「……やっぱり行き止まりじゃん。どこ行っちゃったんだろ?」

 

 視線を彷徨わせてみると、猫の姿はすでに突き当たりの手前まで進んでいて、壁に触れてしまいそうなほどの距離。なのに、猫は迷いのない動きで、静かに腰を下ろした。

 

(どうしよ。ここで待ってれば、こっちに戻ってくるかな……?)

 

 迷ったけれど、猫はまるで置物みたいにその場から動かなくなってしまった。

 「……いや、違う。逃げ場がない今こそ、最大のチャンスだよねっ!」

 

 私はごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた。

 足音を立てないように、そっと抜き足差し足で、慎重に一歩ずつ距離を詰めていく。

 

 けれど、猫に近づくにつれて、奇妙な違和感がじわじわと肌を刺し始める。

 

 喉を鳴らす音とは、明らかに違う。

 何やらブツブツと唱えているような、まるで「人の声」に近い呟きが、壁に反響して聞こえてくる。

 

(ねえ、もしかしてこれ……ただの猫じゃなかったりする……?)

 

 ゾクリと背筋が凍ったときには、もう遅かった――。

 

 足元から眩い白銀の光が溢れ出し、四方へと一気に走り出した。

複雑な紋章が地面を埋め尽くし、鮮やかな光の幾何学模様きかがくもようを描き出していく。

 

 「なっ、……え!? うそっ」

 

 目が追いつかない速さで広がる光の幾何学模様。それがさらに激しい輝きを放ち、私の全身を瞬く間に飲み込んでいく。

直後、天を貫く巨大な光の柱が噴き上がり、私の視界は一瞬にして白一色へと塗り潰されてしまった。

 

 ふわりと地面が消えるような浮遊感。

 自分の輪郭さえ光の中に溶けていくような感覚に襲われ、私は無意識のうちに、目をぎゅっと閉じてしまっていた。

 

(……え? 今のってもしかして……魔法陣じゃないっ!? ……あ、いや、なに厨二病みたいなこと言ってんだって、自分でもわかってるよ? でも、あれはどう見ても……っ!)

 

 どれくらい、そうしていたのだろう。

 不意に、騒がしかった光の唸りが消え、代わりに古い紙の匂いと、ひんやりと冷たい空気が鼻先をかすめた。

 

 おそるおそる目を開けた私は、思わず息を呑んだ。

 そこに広がっていた光景は――。

 

 見上げるほど高い天井と、視界の限りを埋め尽くすように整然と立ち並ぶ本棚。

 そこは、どこまでも果てしなく続く、巨大な迷路と図書館が合体したような奇妙な場所だった。


 遥か上方にある天井には、シャンデリアのように淡い光を放つ結晶が、いくつも静かに浮かんでいる。

 私は弾かれたように辺りをぐるりと見渡したけれど、追いかけていたはずの真っ白な猫の姿は、もうどこにもなかった。


 それどころか、さっきまで耳にしていた車の走行音も、遠くの街の雑踏も、夏を感じさせていた風の音さえも、何ひとつ聞こえてこない。

 自分の心臓の音だけが耳元でうるさく響くほど、ここは、どこまでも深い静寂に支配されていた。

 

 「…………よし。こういう時って、まずは一旦、記憶をしっかり整理するところからだよね!」

 

 我ながら驚くほど冷静な声が出た。

 動揺がゼロなわけじゃない。

 

 けれど、私の生きている現代では「異世界転生」なんていう言葉は、もはや耳にタコができるほど聞き慣れてしまっていて、魔法、モンスター、魔王、勇者、異世界人、ダンジョン、獣人族、エルフ、ドワーフ……。挙げ出したらキリがないほど、それらがパッケージ化された作品は世の中に溢れ返っている。


 そして、まさに今、自分の置かれているこの状況は、それらの作品でいうところの『プロローグ』に、面白いくらい合致していたから。

 

 もちろん、それらがフィクションだってことはわかっている。

 けれど、目の前の光景があまりにも『それ』すぎて、逆に変なスイッチが入ってしまったのかもしれない。

 

 「えっと、大学からの帰り道、真っ白な猫ちゃんを追いかけて路地に入って、それで……。うん、記憶は正常。身体の欠損もなし。……とりあえず、問題なし!」

 

 自分の名前、年齢、家族構成、友達の名前まで、しっかりと覚えている。

 消えずに残っていたスマホの画面に映る自分の顔もどこも変わっていない。

 

 「はああああ……よかった。ここで『私は誰?』から始めるの、マジでダルいもんね」

 

 誰に言うでもなく、ふぅーっと大きな独り言を漏らす。

 吐き出した息と一緒に、緊張が少しだけ解けたような気がした。

 

 「よし、じゃあ……まずはサクッと散策してみますか!」

 

 本棚の間に続く、磨き上げられた石造りの通路を歩き始める。

 ふと、びっしりと並べられた本の背表紙に目をやってみたけれど……。

 

 「うわっ、これ、何語? やっぱり私って、異世界に飛ばされちゃった系だよね?」

 

 並んでいるのは、見たこともない複雑な記号が並ぶ本ばかり。

 誘われるようにさらに奥へ、奥へと進んでみても、代わり映えのしない景色が延々と続いている。出入り口らしき扉も見当たらないし、巨大な迷路のように本棚がどこまでも続いているだけ。

 

 人の気配も、さっきの真っ白な猫ちゃんの姿も見つけられないまま、もうどれくらい歩いただろう。

 

「ねええぇー……ずっと本棚ばっかりじゃーーん。そろそろさ、ヒロイン枠の美少女が突然、空から降ってくるとかしてくれてもいい頃なんじゃない? あ、突然モンスターに襲われるとかだけは、マジで求めてないんで。そこだけは空気読んでお願いしますよーっと!」

 

 そんなメタい独り言をこぼしながら本棚の角を曲がった、その時だった。

 

 一冊の本が、通路のど真ん中でふわふわと宙に浮きながら、淡い光を放っている。

 

 「キッ………キターーーー! これ絶対レアアイテムだよねっ!?」

 

 その本が目に入った瞬間、第一声はそれだった。

 私は警戒心よりも先に好奇心に従って、迷わずその本へと手を伸ばす。

 

 指先が表紙に触れた瞬間、ほんのり温かい熱の塊が手のひらから全身へと伝わった。

 まるで本が私の意志を待っていたかのように、ページがパラパラと、ひとりでに捲れ始める。

 

 光の粒子が本の隙間から溢れ出し、私の目の前にパッと表示されたのは――。

 とある有名RPGの初期設定画面のような、淡く光る半透明のホログラムだった。

 

 名前、性別、外見……そして、現在はすべて『0』の数字が並んでいるステータス項目。

 空中に浮くその画面は、まるで私に「好きにしていいよ」と誘いかけているように見える。

 

 「ここまでお約束通りだとさすがに……。でも、嫌いじゃあないよ? 私もそんな期待には、ちゃんと答えてあげたいタイプだからねっ!」

 

 ニヤリ、と。

 自分の口元が、自然と吊り上がるのが分かった。

 

 私は迷うことなく、そのホログラムに向かって指先を動かし始める。

 

 「えーと、次は……あ、オッケー! ここで私のステータスを自分で入力して済ませろってことね? 知ってる知ってる。ソシャゲで、何回このシーンを見てきたことか! 任せなさいよっと!」

 

 自分の防衛本能も重なってか、私の脳内では、もう途中から「これはエンタメなんだから何やっても大丈夫! いっちゃえ、いっちゃえー!」という、ある種の強制的な脳内処理が施され、完全な無敵状態へと覚醒を遂げていた。

 

 「ここまで来たら、もう楽しんだもん勝ちだよね〜!」

 「よし、まずは、お約束の最強設定にしてあげよう! テンプレは大事だからね〜?」

 

 空中に浮かぶ半透明のパネルに、指先で次々とタップしていく。

 

【性別:女】

(うーん。ちょっとだけ、アレがついてる感覚ってどんな感じなのかなーとか、女の子とする時ってどれだけ気持ちいいのか……ってのが正直、めちゃくちゃ気になる。けど……突然毛深くなったら困るし、これは変更なしにしとこ)

 

【基本ステータス:限界値】

(これはまあ、とりあえずカンストさせとくのが正解だよね!)

 

【能力全般:限界値】

(なるほど。体力、攻撃力、防御力、魔力、全部一緒になってるんだ! カンスト、カンスト!)

 

【経済力:限界値】

(これ何気に一番最重要じゃない? 無一文でモンスター倒すとかダルいし、満額以外に選択肢なし!)

 

 「……えっ?! 肉体の設定ってこんなにも細かく弄れちゃうの? じゃあ、とりあえず基礎代謝爆上げして〜、どれだけ食べても太らない設定にしよ。あと美肌! これは絶対でしょ。あとはー……」


 そんな、自分の欲望をそのままに、思いつく限りの項目を入力をして【決定】ボタンを勢いよく押し込んだ、その瞬間。

 

 画面にデカデカと表示されたのは――。

 

 『神』

 

 という、あまりにも潔すぎる一文字だった。

 

 「……えええええーーーっ?! ちょっとシンプルすぎないっ?!! もっとこう『全てを統べる者』とか、なんか厨二病っぽい二つ名とか付けてくれたらよかったのにー! なんか残念〜!」

 

 静まり返った空間に、私の不満げな叫びがこだまする。

 すると。画面に向かって一人で騒いでいた私の背後――本棚の陰から「ひっ」という短い悲鳴が聞こえてきた。

 

 「……っ!! だっ、誰かいるのっ?!!!」



初めまして、ぬまるる(作者)と申します。 本作を見つけていただき、ありがとうございます!

初投稿で至らぬ点もあるかと思いますが、主人公の莉乃と一緒に、楽しくこの異世界を旅していければと思っています。

もし少しでも「続きが気になる!」「莉乃の性格、嫌いじゃないよ」と思って下さった方は、下にある【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で応援していただけると、作者の心のステータスも上がっていくかと思います。何卒っ!


次回は「ニア」との出会い編です。よろしくお願いします!


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