第36話 隣に立て
―― 数時間後 ――
「そこ!」
「状態異常になったぞ! 今!」
「任せて!」
凜は、段々と操作のコツを掴んでいた。
呼吸が合う。
言葉より先に動いて、考えるより先に噛み合ってきた。
――ズドン!
モンスターが崩れ落ちた。
画面の中央に、『クエストクリア』の文字が浮かぶ。
「……やった」
「やったな」
顔を見合わせて、同時に笑う。
そのまま――ハイタッチ。
バチン、と乾いた音が鳴った。
「ふぅ……悪くないわね」
凛が、小さく息を吐く。
「何が」
「こういうのよ」
一瞬、視線が重なる。
そのとき、ふいに思い出す。
『……否定するほどでもないでしょ』
(……あれ、空耳なのか?)
分からない。
分からないから、引っかかる。
(……そうだ。凛の心を確かめればいいんだ。”識糸視”で――凛の心を覗けばいい)
躊躇いは、ほんの一瞬だった。
良心よりも、知りたいという衝動が勝つ。
――魔導を発動する。
右目の奥が、じわりと熱を帯びてきた。
段々と、周りに五色の糸が、薄っすらと浮かび上がり――
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夕暮れの河川敷。
水面に砕けた光が、ゆっくり流れていく。
隣では、祖父――玄統がタバコの煙を吹かせていた。
『なあ、慧』
低く、落ち着いた声。
『お前の力はな……規格外すぎる』
『いいじゃん。力が無いよりはマシだよ?』
『だから怖いんだよ』
煙をひとつ吐き、こちらを見る。
『楽に分かるものばかり選ぶな。癖になる』
一拍。
『――慧。もし、人の心を覗ける魔導があったら、使うか?』
『使うよ。面白そうだし』
『馬鹿たれ』
『いって』
げんこつが、遠慮なく落ちた。
『それだと「分からないまま人の隣にいる力」が育たねぇ』
『……なにそれ』
『人といるってのはな――本当に、分からないことだらけなんだ』
川の音が、静寂を埋める。
『それでも一緒にいるんだ。
分からないまま、考えて、迷って――それで、やっと近づく』
玄統は、指で軽く俺の額を小突いた。
『近道を選ぶ、覗く、盗る、答えを先に手に入れる――心ってのはな、そんな風に開けるもんじゃない。
開いてもらうもんだ』
視線が、まっすぐに刺さる。
『無理にこじ開けた扉の向こうにあるもんは、全部”壊れ物”だ』
『はいはい』
『「はい」は一回だ』
『じいちゃん、話が長いんだよ』
『……じゃあ、簡潔に言う』
煙管の先で、地面を軽く叩く。
『――隣に立て』
一瞬の沈黙。
『……好きな相手なら、なおさらな』
『は? どういうことだよ』
『そのうち分かるさ』
玄統はそれだけ言って、また煙を吐いた。
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伸びかけていた”糸”は――途切れていた。
祖父の言葉が、胸に引っかかったからだ。
(……何やってんだ、俺は)
自嘲気味に、小さく息を吐く。
「……凛」
「ん?」
「その……楽しいか?」
間抜けな質問だと思った。
でも、他に聞き方を知らなかった。
「……まぁ、楽しいわね」
一拍置いてからの答え。
だから、嘘じゃないと感じた。
「……そっか。よかった」
――それで、十分だった。
ふと、凛が視線を外す。
壁の時計に、ちらりと目をやった。
「……あ」
「どうした?」
「時間……思ったより、経ってる」
凛は立ち上がり、軽く伸びをした。
「そろそろ帰るわ」
「え、もう?」
「もう、よ。楽しいと、時間って早いのね」
ほんの少しだけ、名残惜しそうに笑う。
階段を降りて、玄関まで送る。
「家まで送ろうか?」
「いいわよ。すぐそこだし」
そう言いながら、凛は振り返る。
「ありがとう……また、やりましょう」
「……ああ。いつでも来いよ」
軽く手を振る。
凛も、小さく手を上げる。
「じゃあね」
扉が開いて、閉まった。
「……ふぅ」
その場で、短く息を吐く。
二階に戻り、扉を開けると――まだ、凛の匂いが残っていた。
淡くて、少し甘い香り。
ベッドに体を投げ出す。
「……くそ」
天井を見上げたまま、呟く。
「めちゃくちゃ、気になるんだけど」
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―― 同時刻 ――
上空には、ロマンチックに青く輝く星空。
下は、真っ白すぎる砂浜。
その真ん中。
ぽつん――と、どう考えても場違いな、少し大きめの一軒家が建っていた。
その一室に、微かな明かりが灯っていた。
「――ふむ。まだ”火力”が足りんな」
室内では三つのランタンが宙に浮き、ゆらゆらと光を照らしている。
その淡い光が、黒髪の長いポニーテールを垂らした青年の横顔を照らしていた。
褐色の肌に、赤色の瞳。
黒の外套をまとったその姿は、彫刻のように整っている。
青年は木製の椅子をギコギコと鳴らし、腕を組んで唸っていた。
視線の先――机の上に広げられているのは、一枚の設計図だ。
緻密な線に、魔導式。
そして、その構成図の中央に書かれているのは――
トイレ。
しかも、便座から炎が噴き出している。
「もう少し、『魔導式:昇天トイレ』の機能を増やすとしようか?」
青年は首を振ると、万年筆をインクに浸し、さらさらと追記していく。
無駄に達筆である。
「まず、便座温度の改良だな……あれは、ぬるい。実にぬるい。私のケツを侮辱しているのか?」
ペン先が止まる。
「……あの程度では」
ぐい、と顔を上げた。
「深淵より蘇りし至高なる皇――この私を! 焼き殺すことなど出来ぬわ!!」
ドンッ!、と机を叩く
「フハハハハハハハ!!」
……と青年――クロは、大きく体を反らし、高らかに笑った。
改めて紹介しよう。
彼の名はクロ。
正確には『アカシア・クロメキド』という名前だ。
今の姿は、人間だ。
しかし、その正体は「人化」したアンデッド――リッチである。
ここはクロが創り出した異空間。
彼だけの小さな宇宙であり、クロの家でもある。
彼は、紀元前二千年の古代エジプトで生まれた。
かつて人間だった彼は、”不死身”と恐れられた若き魔導士にして――
『吸血鬼狩人』だった。
――吸血鬼。
吸われた者は、死ぬか、あるいは”眷属”に堕ちる。
これは『感染症』のように広がった。
眷属になった者が、また別の者の血を吸うとことで、さらに眷属が増える。
魔導士すら取り込み、国を滅ぼすどの力を持っていた。
今では、なぜか姿を消した吸血鬼だが……当時は正に世界の敵だった。
それを討伐する狩人の中でも、クロは物凄く強かった。
英雄として、崇められた彼は――とある理由で、処刑されることになる。
だが、どれだけ殺しても死ななかった。
首を撥ねても、心臓を貫いても、だ。
最終的には――
『もう無理。お手上げ、これどっかに埋めちゃおうぜ』
という投げやりな理由で地下深くの石室に閉じ込められ――封印された。
その後、クロは自身の体を魔改造して――リッチへと魔物化した。
何故、自分の体を魔物化したのか、理由は慧も分からない――だが、後に判明することになる。
閑話休題。
そして今から、約四十年前。
エジプトの砂漠にある地下遺跡にて、彼は「再発見」された。
『絶対に開けるなよ?』と書いてある扉ほど開けたくなるのが、人間のサガである。
その封印を解いた調査隊に、護衛として同行していた男が居た。
”魔人”と呼ばれた最強の魔導士――川縁玄統。
そのあと色々あり、クロは彼の忠実な部下となった。
玄統が他界してからは、その孫である慧に忠誠を誓っている。
「次はカビだな……。
胞子の毒性を極限まで高め、腸内を地獄に変えれば、あるいは私を殺せるやもしれん!!」
サラサラ――。
「いや、待て。
臭いだ。究極の激臭……鼻から脳を破壊する、それこそが真の兵器……!!」
サラサラ――流れるように筆が走る。
「フハハハハハ!! トイレとは――深淵よりも深い!!」
――ピロピロ。
「ん?」
着信音が現実を引き戻した。
クロはポケットからスマートフォンを取り出す。
画面に表示された名は――。
――着信 『焔カリン』――
「……今、いいところなのだが?」
頬を膨らませ、不満げな顔をするクロ。
深淵の皇は、文句を言いながらも「拒否」ボタンを押すことはしなかった。




