第35話 凛の訪問
――日曜日――
シャッターを半分だけ下ろした店内は、外のざわめきをやんわりと遠ざけている。
車の音も、人の声も、ぼやけて届く。
その代わりに――カチ、カチと、時計の規則的な音が耳に残る。
今日、雑貨店はお休みだ。
零式依頼もない。
なので今――俺は店に出す、『新たな魔導具』を開発している。
工具同士が触れ合う、乾いた音。
魔導具に流している魔素が、わずかに揺れる気配を感じた。
――カラン。
ドアベルが鳴った。
「すいません。今日、店はお休み――」
顔を上げて――そのまま、言葉が止まる。
「……え、凛?」
「何よ、その顔」
店に入ってきたのは――私服姿の凜だった。
服装は、黒に統一されていた。
肩を落としたゆるいトップスは、片側だけ鎖骨を覗かせる。
細い首筋にかかる髪がわずかに揺れていた。
長い黒髪は腰のあたりまで流れていて、耳元では小さなピアスが揺れていた。
光を拾い、ほんの一瞬だけ輝く。
細身のパンツに、シンプルなベルト。
余計な装飾はほとんどない。
――それなのに、目を引かれてしまった。
目立とうとしていないのに、目立ってしまう――そんなオーラをまとっている。
腕を組んだまま、凛は軽く顎を上げた。
「何? そんなに変?」
「いや……その……」
言葉が続かない。
いつもの制服姿とは、まるで別人みたいだった。
「……似合ってるよ」
「……当たり前でしょ」
凛は一瞬だけ視線を逸らす。
そして、当然のように店の中へ足を踏み入れる。
コツ、コツ、と靴音が響く。
この店が、やけに静かすぎるせいだ。
「慧に話があってここに来たの」
「え、メールで伝えればいいのに」
凛はぴたりと足を止める。
「あなたとメール、繋がってないけど?」
「……あれ、そうだっけ?」
「はぁ……馬鹿」
「え? 今なんて?」
「なんでもない」
凛は店内を見回す。
棚、配置、魔導具。
「……相変わらず雑な並び方ね」
「褒めてる?」
「褒めてない」
容赦なしの辛口だ。
「で、本題」
凛が空気を切り替える。
その切り替えの速さに、少しだけ安心する。
「柳先輩から伝言よ。県大会の特殊条件が出たらしいの」
「……へぇ」
手を止める。
「その内容は?」
「一人ずつ前に出て、一対一。
それを繰り返して、先に四勝した方が勝ち。同じ選手を出してはならない」
「……え、マジで?」
「マジよ」
思わず聞き返す。
頭の中で、今の説明をもう一度なぞる。
「魔導競技って団体戦だろ? それ、ほぼ個人戦じゃん」
団体戦のはずなのに、実際に戦うのは一人ずつ。
チームで戦う意味が、急に薄く感じた。
「そうよ。――でも、その分、自分の『素の実力』が出るわ」
腕を組んで、少しだけ偉そうにしてる。
自分が決めたわけでもないが、その姿がやけに似合っていた。
「……なるほどな」
素直に頷く。
「柳先輩の伝言は、以上よ」
「ああ。わざわざ来てくれたのか」
「そうよ」
「電話でよくない?」
「私もみんなも、あなたの電話番号とか知らないのよ」
「……悪い」
俺は、少し苦笑する。
「なぁ」
「なによ」
「なんで柳先輩、凛に伝言頼んだんだ? 斗真とか伊藤もいるだろ」
「私もそう言ったわよ。面倒だし……そしたら」
凛が、少し言葉を切る。
「『あの距離感、もう付き合ってるみたいなもんだろ』って」
「……」
一瞬、理解が止まる。
「……は?」
間抜けな声が出た。
「そう言ってた。だから、凛なら適任だろって」
「……いやいやいや!? どこをどう見たらそうなる!?」
「知らないわよ」
「誤解がひどいな!」
即座に否定した――
「……否定するほどでもないでしょ」
「……え?」
ぽつり、と。
凛が視線を逸らしたまま、言った。
声は小さかったが、確かにそう言った。
言葉が、出ない。
(今の、どういう意味だ……?)
「……えっと? さっき、なんて言った?」
「――何でもない」
凛は即答する。
――耳が、ほんのり赤い。
もしかして、これって――
(そういうこと……か??)
そう認識した途端、余計に意識してしまう。
……いやいや、流石に無いか。うん、さっきのは空耳だな。
「それで」
凛が無理やり話を戻す。
少しだけ早口になっている。
「用事は終わりだけど」
「お、おう」
「……ちょっと、部屋に上がっていい?」
「……は?」
思考が、完全に止まる。
今、なんて言った?
上がる?
誰の部屋?
俺の部屋にだよな?
女子が、男の部屋に入ることってあるのか?
いや、あるかもしれないけど……この流れで?
え?
もしかして、さっきの空耳って……。
いや、待て。
落ち着け。
落ち着け俺。
「――はぁ?」
もう一回、同じ声が出た。
たぶん、さっきよりもだいぶ間抜けだ。
「あなたの部屋に」
「なんで!?」
「なんでって……ダメ?」
ほんの少しだけ、踏み込んでくる。
「いや……ダメじゃないけど」
「けど?」
間髪入れずに詰めてくる。
ちょ、圧が強い。
距離じゃなくて、圧が。
「あの、心の準備が――」
「何の」
「いろいろと」
「意味分かんない……もしかして、いかがわしい本が部屋に――」
「違うから!!」
本当に分かってなさそうで、逆に困る。
いや、たぶん分かってない。
……分かってないよな?
分かっててやってたら、それはそれで困る。
でも――
「……まあ、いいけど」
結局、折れた。
この流れで断れるほど、俺は強くない。
「じゃあ上がるわ」
(……マジか)
心の準備、こっちは一切できてないんだけどな。
凛を、店の二階へと案内する。
一緒に、階段を上る。
一段、二段――。
……後ろに気配。
一歩分の距離しかないはずなのに意識してしまう。
だが、振り返るわけにもいかない。
振り返ったら、たぶん――余計にまずい。
そのまま、部屋の前に着いた。
ドアを開け、中に入る。
「……」
「……」
……沈黙。
なんだこれ。
(さっきまで普通に喋ってたのに)
「……普通ね」
凛がぽつりと言う。
「何を期待してたんだ」
「もっとこう……闇のオーラが」
「俺のイメージどうなってんだ」
「ラスボスの私室」
「やめろその設定!」
凛は部屋の中を見回している。
机、棚、本、魔導具。
その視線が、ひとつひとつをなぞっていく。
「……意外とちゃんとしてる」
「意外は余計だ」
「生活感あるじゃない」
「あるだろ普通?」
「ないと思ってた」
「失礼すぎるだろ!」
思わず笑う。
凛も、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
そのまま――距離が、近づく。
(……やっぱり近くない?)
いつもより、明らかに距離が近い。
気づいてないふりをしてるのか。
それとも、本当に気にしてないのか。
――分からない。
分からないのが1番困る。
「えっと……一緒にゲームするか?」
「する」
(即答かよ……)
迷いなし。
「慧は、何のゲームを持ってるの?」
「色々あるんだが……一番のお勧めは『モスーバンター』っていう狩りゲー。テレビゲームだ」
「ふーん……」
興味なさそうだが、ちゃんと覗き込んでくる。
距離はそのまま。
肩が触れそうで、触れない。
(……近いって)
コントローラーを取り、そのまま差し出す。
「ほら」
「ありがと。どうすればいいの?」
「あー……まずは動かしてみろ」
ゲームが始まった。
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――― 10分後 ―――
「ちょっと待ってよ! 何これ!?」
「落ち着け」
「でかい! キモイ!」
「蟲型のモンスターだからな」
「意味分かんない!! キャァァアアアアアア!!」
――叫ぶ。
遠慮なしに、全力で。
さっきまでの妙な空気が、全部吹き飛ぶくらいだった。
「なんで、こんなのがいるのよ!!」
「ゲームだからだ」
次の瞬間――ドンッ!!
新たなモンスターが、画面に現れた。
……毛虫だ
「ぎゃああああああああ!!」
凛が本気で叫んだ。
身体ごと大きく仰け反る。
その勢いで、肩がぶつかる。
その間にも、モンスターは攻撃を仕掛ける。
「おい! 攻撃を回避しろ!」
「どれ!?」
「それだって!! Aボタン!」
「押した!!」
「違う!! それは武器を仕舞うボタン――」
「ギャアアアアアア!?」
操作がぐちゃぐちゃになる。
キャラが壁に吹っ飛び、転がっていく。
画面の中が……いや、隣もカオスだった。
―――― 数分後 ――――
結果、モンスターにボコられた。
画面には『ゲームオーバ』という言葉が浮かぶ。
「……」
「……」
訪れる静寂。
息だけが、やけに近くで聞こえる。
さっきまであんなに騒いでたのに。
「……怖かったわ」
「すまない」
「なんで謝るのよ? 楽しかったわよ」
「本当にそうか?」
「本当よ」
凛は、少しだけ息を弾ませて――でも、ちゃんと笑っていた。
それは、俺が知っている『いつもの凛』――『じゃない顔』だった。
「もう一回やる。今度こそ――アイツを殺す」
「こわ。目が獲物を狙う獣――」
「あ? なんか言った?」
「なんでもありません」
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それでは、また。




