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第34話 骸骨ギャル

すみません、34話を投稿していませんでした。


 ――零式魔導雑貨店・二階。


 机の上には魔導式の紙束。

 半分食べかけの菓子パン、カップ麺。

「在庫メモ(魔導書)」と殴り書きされた紙切れ。

 その下には段ボールが積まれていた。


 そんな空間のど真ん中で、俺はスマホを耳に当てていた。


 ピッ。


 コール音が鳴る前に繋がる。


『――ククク……』


 低い声。


 通話口を経由しているはずなのに、なぜか脳内に直接響いてくるタイプのやつ。

 しかも無駄に立体音響。


「うるさい、普通に喋ろ。あと音響こだわるな。サラウンドやめろ」


『久しいな、君主よ。我が名はクロ。深淵の淵より応答する――』


「今どこだ」


『コンビニ前だ』


「現世じゃねぇか!?」


『今、新作のフラペチーノを嗜んでいる。ストローの太さに文明の進化を感じるな』


「感想がいちいち人類史なんだよ!?」


『あと隣でJKが”TikeToke”を――ダンスが妙にキレている。素晴らしい……』


「実況いらねぇから来い!」


 食い気味に遮断する。


「店の二階な。至急。今すぐ走って」


『……ほう? 呼び出しか』


「ああ」


『ククク……承知した』


 プツッ。


 通話が切れる。

 数秒静寂が訪れるが――


 ガタッ。


「来たな。……ん?」




 ミシッ。



 何故か()()から、物音が聞こえてきた。



 ミシミシッ。



「……嫌な音しかしねぇ」


 ミシミシミシミシミシッ。


「おい待て」


 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシッ!!


「やめろ、やめろ!!」


 





 ズボォォッッ!!






 天井からクロが生えてきた。


 斜めで。

 しかも途中で梁に引っかかって、足をバタバタしている。


「――ククク……参上したぞ、君主よ」


「全然参上できてねぇだろ!! 詰まってんだよ!!」


「フハハハハハ。少し待て……今……抜ける……」


 ギギギ……。


 ミシィィッ!!


「やめろ!! 俺の家が!! 家が耐久値削られてるから!!」


 ズルッ!!


 ドサァッ!!


 着地。


 畳が「ギュゥゥゥゥゥ……」と、“今までありがとう”っていう遺言を残した。


「畳が死んだぞ今ァ!!」


「気のせいだ」


「畳の尊厳守れ!!」


 クロは何事もなかったかのようにローブを整える。


 ローブの裾からコンビニ袋がチラ見え。

 ストロー刺さったカップも見えてる。


 演出と生活感が戦って、生活感が圧勝してる。


「ドア使えって何回言えばわかるんだ?」


「フフフ、演出だ」


「家壊してまでやる演出じゃねぇよ!」


「我は“空間演出”を重んじる」


「家主の気持ちを重んじろ!」


 俺は深くため息を吐いて、椅子に座り直す。


「で、呼んだ理由なんだが」


「クク……ついに“血の契約”か? それとも“魂の担保”か?」


「違う、バイトだ」


「急に現実」


「現実を見ろ」


 俺は菓子パンを取り出す。


 バリッ。

 クロの視線がハトみたいに吸い寄せられる。


「……君主よ。それ、うまいか?」


「それより話を聞け……あれ?」


 いつの間にか、俺の手からパンが消えていた。


 ――ぱく。もぐもぐ。


「うんうん、うまいな」


 そのパンは今、クロの手にあった。


「いや勝手に食うな!!」


「契約の前祝いだ」


「契約してねぇよ!!」


「うむ、うまい。星を五個やる」


「レビューいらねぇ!!」


 俺はこめかみを押さえる。

 頭痛がする。原因が目の前にいる。


「県大会前に合宿があるんだ」


「ほう。青春だな。甘酸っぱいやつか。『夜』、『星空の下』、『告白』みたいな――」


「どこの世界線だそれ」


「違うのか?」


「違う。それで、二日間だけ……店を開けることになる」


「……ああ、裏仕事が来たら困るな」


 学校がある日は、放課後に依頼を引き受けている。

 地区大会のときは、事前に政府へ連絡を入れ、“零式依頼がない”ことを確認していた。


 だが――今回は違う。


「いや。もう、すでに依頼が来ている」


「……ほう?」


 クロの目が、わずかに細くなる。

 骸骨だが、何となく分かる。


「場所は“T都市”だ」


「魔力汚染区域か」


「話が早いな」


「基礎知識だ。草は魔草に変わり、鉱石は魔鉱石になる。人の居住には向かんが、資源としては一級品の土地だ」


「ああ。その通りだ」


 俺は机の紙束に手を伸ばし、一枚を抜き取る。

 指先で軽く弾くと、乾いた音が鳴った。


「数日前。そのT都市で――魔素の波の乱れが観測された。

その夜、出た」


「……()()か」


 短く頷く。

 ここまでは、あくまで“いつも通り”だった。


「その前に魔導局は、国家権力魔導士を配置していた」


「当然だ。初動としては正しい」


「問題は、その“後”だ」


 言葉を切る。

 報告書の端を、指で弾く。


「――甲冑の騎士。武装した連中が、大量に出現した。

 剣、槍、盾……装備は統一。統率も取れている」


「……軍勢、か」


「そう見ていい」


 ひとつ、息を吐く。


「しかも――数が、増え続ける」


 間を置く。


「斬っても、倒しても、崩しても……また湧く。

 まるで“最初からそこにいた”みたいにな」


「ほう……? ずいぶんと“秩序的”だな」


 クロは顎に手を当て、思考を巡らせる。


「そして最後に現れたのが――」


 言葉が、自然と止まる。


「……侍が出たらしい」


「……ん? 侍?」


「ああ。赤い鬼の面を付け、二刀を構えで――」


 一拍。


「国家権力魔導士が応戦したが……押し切れなかった」


「ほう」


「連中は、数が減らない上に、統率も崩れない。通常の殲滅戦では意味がない」


「面白いな」


「面白がるな」


 こめかみを押さえたい衝動を、どうにか抑える。


「負傷者は出た。だが――」


「全滅ではない、と」


「ああ。幸いにも死者は出なかった」


 視線を報告書に落とす。


「そして、朝日が昇った瞬間――すべて、消えたらしい」


「……ん? 消えた?」


「騎士も、侍も。痕跡ごと消失。

 死体も残骸もない。魔素の揺らぎも、そのまま収束した」


「……綺麗すぎるな」


「だろ」


 まるで――最初から“何もなかった”かのように。


 クロは、しばし沈黙する。

 先ほどまでの軽さが嘘のように、静かだった。


 そして――


「……クク」


 小さく笑う。


「つまり、“夜にだけ現れる異常現象”か」


「ああ。補足だが――」


 一度、言葉を切る。


「“水曜日の夜”に限って、出現するらしい」


「……条件付きか」


「政府が継続監視して、突き止めた。偶発じゃない。“周期”がある」


「再現性あり、か。それで、政府は?」


「”再発の可能性が高い”として、監視を継続」


「なるほど。そして――」


「零式依頼として、こっちに回ってきた」


 クロの目が細まる。

 それは、値踏みするような視線だった。


「処理しきれない案件、というわけか」


「ああ」


 短く答える。


 沈黙が落ちる。


「で――」


 俺は、ゆっくりと言った。


「合宿の二日目は“水曜日”だ」


 一拍。


「――その夜が、来る」


「なるほど」


 クロが、静かに息を吐く。


 その吐息は、どこか楽しげだった。


「いいな」


「だから言ってんだろ、面白がるなって」


「いや、これは仕事として“良い”」


 すっと視線を上げる。


 完全に、スイッチが入っている。

 さっきまでの軽さは、もうほとんど残っていない。


「その依頼――引き受けよう」


「助かる」


「――ただし」


 ほんのわずかの間。


「ただで働くほど、我は善良ではない。例え、君主の命令だとしてもだ」


「だろうな」


御恩(報酬)奉公アルバイトの関係だからな」


「言い方が軽いんだよ」


「重要な概念だぞ、報酬は」


 クロは、わずかに首を傾ける。


「で? 何を出す」


「そうだな……」


 一拍置く。


 視線をまっすぐ合わせる。


「報酬は、俺のオリジナル魔導」


「……ほう」


「それと、現金」


 クロの眼窩が、ゆらりと光る。


 空気が、一瞬で張り詰めた。


 音が消える。

 呼吸すら、わずかに重くなる。


 そして――









「――ヤバみ」







「は?」






「それチョべリグ案件じゃね? え、マジ? ウチに任せる感じ?」



「……え?」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


「……誰だお前?」


 さっきまで、確かに“深淵”の気配を纏っていたはずの存在が――

 今、目の前で、腰に手を当てて、やけに様になった斜め立ちをしている。


 ポーズ、角度がプロい。


「超MDじゃん、ウチら」


「ちょ、超MD??」


 ========================

 超MD

 :ギャル語の一つ。超マブダチの略。

 ======================



「お前、どこでその言葉を学んだ?」


「コンビニ前で履修した」


「履修って言うな!?」


 クロ、テンション上昇。

 骨がカタカタと鳴る。

 軽やかに。リズミカルに。


 ……いや怖いわ。


 音だけホラーなんだよ。


「てかさ~、オリジナル魔導を報酬にするとか……君主、攻めすぎじゃね?」


 ひらひらと手を振りながら、やけに軽い調子で続ける。


「普通に覇権取れるやつだってそれ。バランス崩壊レベルじゃん?」


「……覇権の使い方間違ってるだろ」


「え~? だってさ、それ一個で人生イージーモード確定じゃん?

 君主の魔導、規格外だし。

 それで? 零式依頼、複数・高難度・期間二日間っと……」


 クロは指を折りながら数え始める。

 妙に手際がいい。


 口調はアレだが――完全に“計算してる顔”になっている。


 急に分析モード入るな。


「依頼数未確定、難易度上振れ、時間制限あり……リスクは高め。

 でも報酬がそれを上回る……うん、これ――」


 一拍。


 空気が、すっと静まる。


 ――スッ、と。


 クロの姿勢が戻る。

 ほんの一瞬、さっきまでの軽さが、完全に消えた。




「割に合うな」




「……お、おう」


 思わず間の抜けた返事が出る。


「むしろ、破格だ」


 口調が変わる。

 低く、落ち着いた声音。

 そのまま、口元がゆっくりと歪む。


 ……と思った次の瞬間。


「ってことで〜!」


 バンッ、と机を叩く。


 菓子パンの袋が跳ねる。紙が舞う。カップ麺がぐらつく。


「受けるわそれ! 代行、ウチに任せな〜!」


「情緒どうなってんだよ!?」


 落差がひどい。


「大丈夫、大丈夫〜。仕事はちゃんとやるって〜」


 クロ、再びテンション上昇。


 骨がカタカタ鳴る。


 ……やっぱ怖い。


 音だけずっとホラーなんだよ。


「てかさ~、信頼エグくない? 君主、ウチに丸投げっしょ?」


 ぐいっと顔を近づけてくる。


 近い。

 骨が、近い。


「マジ尊み深すぎて無理なんだけど」


「ギャルっぽく言いたいだけだろ!」


「チョベリグ確定~!!」


「うるせぇな!!」


 ドンッ!!


 思わず机を叩く。

 この部屋、物理的にも情緒が不安定だな。


「普通にやれ、普通に!!」


「普通ってなに~?」


「お前の『中二病キャラ』はどうした!?」


「え~今さらじゃね?」


「ガチでお前どうした!?」


 クロ、首を傾げる。コキッ、と骨が鳴る。


「いやマジでテンアゲなんだけど」


「語彙が崩壊してる」


「JK文化は深淵より深いの~」


「深淵に謝れ!」


 クロがニヤリと笑う。

 骸骨なのに、確実に“ニヤリ”と分かる。


 表情筋どこだよ。


「いいじゃん、それ。ウチやるわ」


「……軽いな」


「チョベリグだし?」


「理由が浅い!」


「でもさ~」


 すっと指を一本立てる。


「お金、どんくらい盛るの?」


「五分」


「……え、それガチ?」


「ガチ」


 一瞬の沈黙。


 そして――


「マジ卍じゃん」


「やめろその言葉」


「今ガチで金欠だったのよ~。助かるわそれ」


 コクコク頷く。

 骨が鳴る。


 ……アンデッドが”金欠”って何だよ。


「テンション爆上げなんだけど」


「見れば分かる」


「とりま二日間、この店はウチが回すわ」


「とりま言うな!」


「任せとけって〜。依頼、全部さばいてやるから」


「……壊すなよ、店」


「え〜、天井もう壊れてんじゃん」


「お前のせいだろうが!!」


 即答でツッコむ。

 間違いなくお前だ。



 ……数秒、沈黙。


 クロはご機嫌そうに鼻歌を口ずさみながら、コンビニ袋をガサガサと漁っている。


 中身は――『おにぎり』『お団子』『カレーパン』――。

 飲み物を除けば、見事に炭水化物のオンパレードだった。


(……アンデッドなのに、どこに胃袋があるんだ?)


 一応、クロは()()ができる。

 だからコンビニのような人の多い場所にも、平然と入り込めるが――


(こいつに任せて、本当に大丈夫なのか?)


 ――いや、“実力”だけなら問題ない。

 むしろ、過剰なほどだ。


 問題があるとすれば――


「……性格だな」

ここまでのご読了に感謝。

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