第33話 合宿発表
放課後。
魔導競技部の部室。
窓から差し込む夕陽が、やけにドラマチックに机を照らしていた。
オレンジ色の光が、長く伸びた影を床に落としている。
……いや、実際のところはただ眩しいだけなのだが。
その中央で――柳先輩が、静かに一歩前に出る。
――どん。
わざとらしくもなく、しかし確かな重みを込めて、資料を机に置いた。
音が、部室に小さく響く。
誰もが自然と意識を前に向ける。
「県大会まで、もうすぐ一か月だ」
短い。
だが、その一言は十分すぎるほど重かった。
澪がぴしっと姿勢を正す。
さっきまでのテンションが嘘みたいに引き締まり、背筋がそのまま定規になりそうな勢いだ。
斗真は腕を組み、わずかに視線を落とす。
もう完全にスイッチが入っている。
凛は壁にもたれたまま動かない。
だが、その瞳だけは鋭く、まっすぐ前を見据えていた。
伊藤はタブレットを軽く操作してから、端末を机に置いた。
優里先輩は――ただ静かに、柳先輩を見据えていた。
「そして――」
柳先輩が続ける。
「県を抜ければ、その先は全国。全国大会は冬」
柳先輩が少し息を吸う。
「――そこまで見据えて、今から仕上げていく」
誰も、軽口を挟まない。
挟める空気じゃない。
ここにいる全員が、その意味を理解しているからだ。
「……と、いうわけで――」
しかし次の瞬間。
ぱっと空気を切り替えるように、柳先輩が一枚の紙を掲げた。
腰に手を当て、無駄にキマったポーズをとる。
「――強化合宿をやる!」
一拍。
皆の理解が追いつく前に――
「合宿ですか!?」
澪、爆発。
勢いよく立ち上がる。
ガタンッ!!
椅子が盛大に音を立てる。
「合宿!? 泊まり!? 夜まで練習!? え、ていうか夜も練習ですか!?
それってもう青春イベントじゃないですか!?」
「……質問が多いな」
柳先輩、澪のテンションに少し引いている
その様子を見かねた優里先輩は、長いため息を吐く。
そして、澪に視線を向ける。
「澪ちゃん。テンションが高すぎて、柳が引いてるわよ?」
「だって合宿ですよ!? 非日常ですよ!? イベントじゃないですか!?」
「テンションが上がるのは分かるけど、落ち着いて」
優里先輩の横で、斗真がぼそっと呟く。
「……まぁ、ベタだな」
「ベタでいいんだよ」
柳先輩が即答する。
「県大会で勝つチームはな、大体こういう“ベタ”をちゃんとやってる」
そして、少しだけ笑う。
「強いところは、”ちゃんとベタをやる”」
「それっぽいこと言ってるな」
「それっぽいじゃなくて本質だ」
「自分で言うな!」
斗真に、テンポよく返される。
「まぁ、そういうことで――俺らもすることになった」
一言で締める。
「場所はどこですか!?」
澪が、ぐいっと身を乗り出す。
柳先輩は、用意していた地図を広げた。
ばさり、と机いっぱいに広がる紙。
全員が自然と身を寄せ、覗き込む。
「ここにある県立・魔導競技訓練施設だ」
指が一点を示す。
山の奥。
「後遺症防止、ダメージ軽減、フィールド変更可能な、巨大結界付きの場所だ。
しかも、貸し切りだ」
「おお……!!」
澪の目が完全に輝く。
一方で、凛は小さく首を傾げていた。
「……ウチに、そんなお金あったっけ?」
「地区大会の活躍で、寄付金を貰ったんだ。
ウチの設備更新に使ったんだが、少し余ってな。
その分を、今回の合宿に回すことになった」
「じゃあ、そのお金で食材を買いに行きましょう!!」
「「……ん?」」(柳先輩・凛)
……澪は、いつも通りだった。
「夜はバーベキューしたいですね!! あ、もしかして、レストランで食事ですか!?」
「澪……合宿の意味、分かってるの?」
「もちろんです、凛先輩!」
胸を張って即答する。
「”腹が減っては戦は出来ぬ”です! 食べて、食べて、食べまくります!!」
「全然、分かってないわね……どういう思考回路よ」
凛が深いため息をつく。
「……」
そんなやり取りを横目に見ながら――俺、川縁慧は、昨夜の出来事を思い返していた。
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――昨夜――
俺は、部屋の明かりを落とし、ベッドに腰掛けたままスマホの画面を眺めていた。
そこには、通知は一件と書かれていた。
送り主の名前を見た瞬間、思わず小さく息が漏れる。
「……やっぱ来るよな」
表示された名前は――テイラー・ミステル。
ミステル財閥の御令嬢。
通話ボタンを押す。
数秒のコール音の後、すぐに繋がった。
『こんばんは、慧』
落ち着いた、品のある声。
だが、その奥にある温度の低さは、完全に“交渉者”のそれだった。
「こんばんは、お嬢様。随分と情報が早いな」
『ええ。情報は鮮度が命ですので』
軽い世間話すら挟まず、本題に入る気配。
俺は苦笑しながら、ベッドに背を預けた。
『――本日は、例の件についてご連絡差し上げました』
その口調は、プライベートの口調ではなく、財閥を背負う側の声だった。
「ああ、分かってる。――『レッドグリムβ=Ⅱ』の残骸、だろ?」
『はい。結論から申し上げます。――全て、当財閥で引き取らせていただきます』
「全部、ねぇ……張り切ったな」
俺は天井を見上げる。
あの古代兵器の残骸。
ただのスクラップではない。
魔導回路の一片、装甲の破片――そのどれもが国家級の価値を持つ“危険物”だ。
「……各国、もう嗅ぎつけてると思うぞ」
『ええ、存じております』
あっさりとした肯定。
『現在、日本に対して経済的圧力を検討している国が複数確認されています』
「検討……ね。もうほぼ脅しだろ、それ」
『はい。実質的には“譲渡要求”に近いかと』
静かな声。
だが、その裏にあるのは露骨な力の論理だった。
「で? テイラーはどうしたいんだ?」
『シンプルです』
一切の迷いなく、言い切る。
『”形を消す”べきです』
「……分解して、市場に流すのか?」
『はい。残骸として“まとまり”がある限り、各国は干渉の口実を持ちます』
四十年前、古代兵器事故をきっかけに締結された条約――古代兵器の保有禁止。
例え、それが残骸だとしても――国が持てば、火種になる。
もし日本政府がそのまま抱え込めば――各国の標的だ。
軍事転用の疑惑を押し付けられ、外交問題へと発展する。
つまり、これは最初から「物」ではない。「政治案件」だ。
『しかし、完全に分解され、各部品が別個の素材として扱われた場合――』
「ただの高級素材になる、ということだな?」
『その通りです』
政治問題のまま抱えるから、面倒になる。
なら――発想を変えればいい。
物に戻せばいいだけだ。
分解してしまえば、それはもう古代兵器ではない。
ただの高純度の魔導素材になる。
軍事物資でも、戦略兵器でもない。
市場に流せる“資源”へとなる。
そうなれば、国家間の争点からは外れる。
「まぁ、使えない部分もあるかもしれないが」
『その点は問題ありません。全て管理・処理いたします』
スマホを持ち直す。
少しだけ、口角が上がったのが、自分でも分かる。
「で、それを全部お前のとこが買うと?」
『はい。責任を持って管理・処理いたします』
「……各国が黙ると思うか?」
少しだけ試すように言う。
だが返答は、即座だった。
『黙らせる必要があると思いますか? 零式が関わっているのに』
「……言うねぇ」
思わず笑いが漏れる。
その言葉の意味は、分かっている。
『”魔人”が動いているのであれば、それで十分だと思います』
完全な信頼。
あるいは――丸投げだが。
「はは、雑だな」
軽く笑ってから、言う。
「……政府には、こっちから話を通す」
『助かります。では、後日に――』
「――いや、待て」
俺はそこで言葉を切った。
「価格の話だが……今回はいい」
『……と、申しますと?』
「金はもう足りている。政府からもらった分でな」
一拍
「全部は要らねぇ。適当なラインでまとめろ」
一瞬の沈黙。
『……承知いたしました。しかし、それでは――』
「その代わり、別件で頼む」
言葉を被せるように、俺は話を続ける。
「俺が所属してる学校の“魔導競技部”に資金を提供してくれ」
『……え?』
「実はな、設備が古いんだ。
結界も出力不足だし、効率が悪い。あと、医療設備があまり充実していない」
思い出すように、淡々と並べる。
「だから、施設一式……更新できるだけの資金を支援で出してほしい」
『……ふふ、承知いたしました』
「今の、なんで笑ったんだ?」
『いえ――国家を揺らす取引の対価が、“部活の設備更新”とは……と思いまして』
わずかに間が空く。
『さすがですね』
「褒めてないだろ、それ」
『いえ、最大限の賛辞です』
軽く咳払いのような間。
『それでは、後日、資金を学校側へ提供いたします』
「頼む」
『ええ。それでは』
通話を切る。
俺はスマホをベッドに放り、軽く息を吐いた。
「アイツ……プライベートのONとOFFで、口調が変わりすぎだろ」
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――そして、現在――
(多分、資金提供者はテイラーだな……相変わらず、仕事が早いな)
『まぁ、そういうことなんだろう』と、俺は納得した。
優里先輩が地図をじっと見つめる。
「……本格的ね。設備も整ってる」
「悪くないな」
斗真の目が変わる。
「いいですね、それ」
伊藤も短く頷く。
簡潔だが、評価は高い。。
「だろ?」
柳先輩がにやっと笑う。
「合宿は二泊三日」
指を折りながら説明していく。
「朝から晩まで――魔導戦闘、連携、戦術。全部叩き直す。そして――」
声のトーンが、わずかに落ちる。
「”弱点の洗い出し”もやる」
空気が、引き締まる。
「――県大会まで一か月」
視線が、全員に向けられる。
「その先、全国で戦うつもりなら――」
少しだけ笑う。
だが、その目は笑っていない。
「今のままじゃ足りない」
誰も、否定しない。
「各自、自分の課題は分かってるな? 合宿は『楽しいイベント』じゃないぞ」
柳先輩がそう言って――にやっと笑う。
「強くなるためだからな。休みはない」
斗真が顔をしかめる。
「ブラックすぎません?」
「ホワイトな強さなんてない」
「……名言だな、それ」
「今日は調子がいいな」
「自分で言うな!」
また笑いが起きる。
(県大会まで、あと一か月)
心の中でゆっくり反芻する。
(その先は全国……か。どんなモノが見れるか、楽しみだな)
視線を少しだけ落とす。
静かな高揚だけが、胸の奥に残っていた。
「頑張りましょう、合宿!!」
澪が勢いよく拳を突き上げる。
「おう」
斗真が短く応じる。
「当然です」
伊藤が淡々と言う。
凛は、静かに頷いた。
優里先輩も、小さく微笑む。
その全てを見て――柳先輩が、満足そうに笑った。
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