表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

第29話 寝不足

――翌日――


カーテンの隙間から差し込む朝日が、やけにまぶしい。

教室の窓際は白く霞んで、どこか現実感が薄い。


……世界は残酷だ。

何事もなかった顔で、朝を寄越してくる。


「……学校、あったわ」


机に突っ伏したまま、かすれた声が漏れる。

頬に触れる机の冷たさだけが、かろうじて現実を教えてくる。


身体が重い。

思考が鈍い。

魂は現在、家出中。


(……俺、帰宅したよな……? 途中で落としてないよな……?)


記憶を辿る。

ぼんやりと、断片的に。


報告書。

奈々と明の詰問(途中から完全に尋問)。


「……三時過ぎか」


はい無理。


「おはよう、って顔じゃないわねそれ」


横から、冷えた声。


顔だけ持ち上げる。

視界の端で、黒髪がさらりと揺れる。


「……おはよう、凛」


「挨拶のテンションが葬式なのよ」


「香典、受け付けてる」


「いらないわよ」


「じゃあ供花で」


「黙りなさい」


即却下。

凛は腕を組みながら、じっとこちらを見ている。


「寝不足?」


「まあ……そんな感じ」


「”そんな感じ”で済む顔してないわよそれ」


「寝不足顔選手権あったら優勝狙える」


「不名誉すぎる」


コツン、と軽い音。

机を叩く指先がやけに冷静だ。


「目の下クマ、姿勢崩壊、集中力皆無」


「分析が辛辣」


「あと――」


ぐいっと距離が詰まる。

ふわりとシャンプーの匂いがかすめる。


……近い。


「魔力の流れ、事故ってる」


「言い方が雑!」


「実際そうでしょ」


「否定できないのが悔しい!」


凛は小さく息を吐く。


「で?」


視線が逃がさない。


「何してたの?」


「……夜更かし。ちょっと仕事」


「”ちょっと”でそれ?」


そのとき――


「おいおい、朝から公開処刑か?」


後ろから、気の抜けた声。


振り返ると、久保田。

寝癖のついた髪をそのままに、いつもの調子で歩いてくる。


「慧、顔終わってるぞ。RPGでいうとHP1」


「毒と火傷と混乱も入ってる」


「状態異常フルコンボかよ」


「あと現実逃避も」


「それバフじゃね?」


「バグだよ」


久保田は笑いながら、椅子を引いて座る。

ギィ、と少し軋む音がやけに大きく響いた。


「で?」


覗き込んでくる。


「何やらかした?」


「やらかしてはないです」


「その顔でそれは無理ある」


「……ちょっと忙しかっただけ」


「”ちょっと”の規模どうなってんの?」


「宇宙」


「終わってんな」


少し間。


久保田が、すっと顔を寄せる。


「……で、“どのくらい”?」


「……」


言葉が詰まる。


その瞬間。


「ねえ?」


横から、低い声。


「なんで私をハブにしてるのかしら?」


振り向けば、凛。

いつの間にか、さらに一歩踏み込んでいる。


「いやこれはその……」


「”男同士の秘密”って言ったら殴るわよ」


「先読み制度どうなってんの!?」


「顔に全部書いてあるのよ」


「個人情報ダダ漏れ!」


久保田が肩をすくめる。


「凛さん、これは男同士の――」


「巻き込みなさい」


即答。間髪なし。


「拒否権どこ!?」


「存在しないわ」


「ブラックすぎる環境」


凛は小さく息を吐いて、少しだけ表情を緩める。

ほんのわずか、柔らかい。


「……無理してるなら、休みなさい」


「そうそう」


久保田も続く。


「倒れてからじゃ遅いぞ」


「……大丈夫だよ」


肩をすくめる。


「ちゃんと終わらせてきたから」


「”終わらせてきた”……ね。便利ワードだな」


「万能だからな」


「使い方間違ってるけどな」


「過程も大事よ」


「結果が全てって言葉もある」


「あなたの場合、結果が物騒すぎるのよ」


「それは認める」


「認めるのかよ」


そのとき――ガラッ、と勢いよく扉が開く。


「はーい席つけー」


教室のざわめきが一瞬で収まる。


「あ、戻るわ」


凛が踵を返す。


去り際に、


「寝ないでよ」


「善処します」


「それ寝るやつよ」


……図星である。


「今日は小テストやるからなー」


「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」


教室が一気にざわつく。


「聞いてねぇ!」

「昨日言った」

「言ってない!」

「言った!」

「証拠出せ!」

「先生の記憶」

「信用できねぇ!」


笑い声と文句が混ざる。


……平和だ。

昨日、命のやり取りをしていた空気とは、まるで別世界。


「……なあ」


久保田が、少しだけ声を落とす。


「昨日、何があった?」


「水上さんから依頼。魔導テロ阻止」


「テ――!? って、おい待て」


顔色が変わる。分かりやすい。


()絡みか?」


「不明」


「……だよな」


小さく息を吐く久保田。


「あと、古代魔導兵器ともやった」


「そうか……は?」


思考停止。


「……え? 今何と?」


「古代魔導兵器」


「聞き間違いじゃなかった!?」(小声)


「でも、単体だったから楽だった」


「基準どうなってんだよ!?」(小声)


「久保田ならいける。()()()()を外せばな」


「行きたくねぇよ!?」(小声)


「……まぁ、複数だったら面倒だったな」


「”面倒”で済ませるな!」(小声)


久保田、頭を抱える。


「で……強かったのか?」


一瞬だけ、間。


「まあな」


「だろうな……」


「ちゃんと殺しに来てた」


「やめろ、怖ぇよ」


一拍。


「でも――」


肩を軽く回す。

関節が、こき、と小さく鳴った。


「――楽しかった」


「お前の感情どうなってんの!?」(小声)


「命のやり取りはエンタメ」


「倫理観がログアウトしてる!!」


「そこの二人!! 静かにしろ!!」


先生に怒られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ