第30話 なぜこうなった?
色とりどりのライトが、まるで呼吸するみたいに明滅している。
狭いカラオケルームの中心で――
「いぇーい! 次これ入れたー!」
マイクを掲げ、全身でリズムを刻む澪。
テンションが高すぎる。
いや――
テンションが高いというより、もはや天井を突き抜けて宇宙に行きそうな勢い。
「ちょっと澪、順番くらい守りなさいよ……あ、でもその曲好き」
文句を言いながらも、しっかりとリズムを取っている凛。
ツンとした表情のままノッているのが逆に面白い。
本人はクールを装っているつもりなんだろうが、足先が完全に浮かれている。
そして――
「……いやほんと、なんでこうなった?」
俺――慧は、ソファの端でウーロン茶を握りしめながら、心の底から呟いた。
笑い声が、やけに近くて、やけに柔らかい。
――で、なぜこうなったのか。
俺は記憶を、少しだけ遡る。
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放課後前。
チャイムが鳴るまでの、あの独特のざわつきが教室を満たしていた。
俺は特に意味もなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「ねえ、慧」
声の主は凛だ。
その声が響いた瞬間、なぜか周囲の空気が一瞬だけ静かになった。
まるで”重要イベント発生”みたいな空気の変わり方だ。
「……なに?」
「ちょっと相談があるんだけど」
「嫌な予感しかしない」
「なんでよ」
凛はむっとした顔で、しかしそのまま身を乗り出してくる。
距離が近い。
普通に近い。
近い上に、周囲の視線が刺さるように痛い。
(……これ絶対、面倒なやつだ)
背中に突き刺さる“なんであいつが”みたいな空気。
(俺のせいじゃないのに!!)
そんな視線を完全に無視して、凛は言った。
「今度、澪とカラオケとカフェ行くんだけど」
「へえ、いいじゃん」
「で、慧も来て」
「……ん?……は?」
一瞬、思考が止まる。
脳内の時計が“ピッ”と止まった音がした気がした。
「いやいやいや!? なんで俺だ!?」
「さっきも言ったでしょ、相談があるって」
「相談の意味、分かってるのか!?」
「女子二人だと、ちょっと不安なの」
「……まあ、わからなくはないけど」
「でしょ?」
「でしょ?、じゃねぇわ。なんで俺なんだよ!」
そう聞いた瞬間――凛は、ほんの少しだけ考えて、
「……無害そうだから」
「「「「「「「……っ!」」」」」」」
教室の空気が、ぴしっと凍った気がした。
周囲の男子の視線が一斉に突き刺さる。
そして……安心した顔を浮かべる。
(『あー確かに。納得だ』っていう顔をするんじゃねぇ……!!)
その中で――
「おーおー、慧モテモテじゃねえか」
後ろから肩を組んできたのは、隣の席の――久保田凪。
「うるせえ、違うわ」
「いやいや、”無害だから選ばれる”って新ジャンルだぞ。誇ったほうが良いぞ?」
「全然嬉しくねえぞ!?」
周囲から小さな笑いが起きる。
俺の心は笑えないが、教室は妙に和んでいる。
その中で、凛が小さくため息をついた。
「で、来るの? 来ないの?」
「……断る理由もないけどさ」
「じゃあ決定ね」
「強引だなおい……」
そう言いながらも――
ほんの少しだけ、悪くないと思っている自分がいるのが、悔しい。
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「はい次、慧先輩の番ですよー!」
「いや、俺はいいって」
「ダメです。強制です」
「お前も強制タイプか!?」
「ほら凛先輩も」
振られた凛は、当然のように腕を組んでうなずいた。
「そうね、一曲くらい歌いなさいよ」
「なんでお前らそんなにノリノリなんだよ……」
逃げ場は、ない。
完全に包囲されている。
俺の意思など、最初から存在していなかったらしい。
渋々マイクを受け取る。
曲のイントロが流れる。
そして――
「~~~~~~~~」
歌い出した、その瞬間――空気が、止まった。
「……あれ?」
澪が、まるで珍しい生き物でも見たみたいに首を傾げる。
「……ちょっと待って」
凛が真顔になり、じっと俺を見る。
その視線が痛い。
そして、二人同時に――
「「……音程、凄い外れてない?」」
「やめろォー!!」
部屋に響く俺の絶叫。
澪は腹を抱えて笑い、凛は口元を押さえて震えている。
「いやだって! 今のすごかったですよ! なんかこう……新しい音階!」
「フォローになってない!」
「逆に難しいわよその外し方……っくく」
「褒めてねえだろそれ!!」
笑い声が止まらない。
俺の羞恥心は限界突破しているのに、二人は容赦がない。
顔が熱い。
耳まで熱い。
逃げたい。
でも――不思議と、嫌じゃなかった。
「……くそ、次はちゃんと歌うからな」
「あ、言いましたね?」
「今の録音しとけばよかったかしら?」
「やめろマジで!!」
騒がしい。
うるさい。
笑いっぱなし。
……なのに、この時間が”やけに心地いい”。
ふと、凛と目が合う。
彼女は少しだけ笑って、ほんの少しだけ優しい声で言った。
「……来てよかったでしょ?」
「……まあな」
素直に答えると、凛は一瞬だけ驚いた顔をし、すぐに、いつもの調子で――
「でしょ」
と、小さく笑った。




