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第18話 焼肉戦争Ⅰ(ワン)

ジュゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!


鉄板の上で、肉が踊っていた。


ただ焼かれているんじゃない。

暴れている。

跳ねている。

もはや自己主張が激しすぎる。


空気そのものを侵略するように、香ばしい匂いが一帯を支配していく。


煙がゆらりと立ち上る。

それはまるで”戦場の狼煙”。


鼻が焼かれる。

脳が焼かれる。

判断力が溶けていく。


地区大会の優勝祝い――俺たちは、焼肉屋に来ていた。


「……やば」


澪が、ぽつりと呟いた。


その声は小さい。

だが、その目。


――完全に“狩る側”の目だった。


さっきまでの後輩の可愛い雰囲気はどこへ行った?


今ここにいるのは、間違いなく肉食獣である。


「匂いだけで白米三杯いけるんだけど…………」


「それは才能だな」


斗真が笑う。


「――だが俺は、匂いで五杯、実物で十杯いける」


「競うな!!」


俺は即座にツッコむ。


「てかなんで基準が全部“白米”なんだよ! 主役は肉だろ肉!!」


「違いますよ慧先輩」


澪が、真顔で俺を見た。


「焼肉は、”白米を最高に輝かせるための舞台装置”です!!」


「思想が強すぎる!!!」


なんだその思想は……。

白米至上主義か。


「あと私は――」


澪が、ゆっくりと肉を見つめる。


ゴクリ。


喉が鳴る音が、やけに生々しい。


「今日、自己ベスト更新します!!」


「何の?」


「”白米記録”と”焼肉記録”です!!」


「競技化するな!!」


その瞬間――


「よし」


斗真が、スッとトングを構えた。


なぜか姿勢がいい。

無駄にキマっている。


「焼肉は――戦争だ!!」


「急に名言っぽく言うな!?」


「ふっ、事実だ」


ドヤ顔をする。


うざい。


その横で――


「……戦争……?」


澪が小さく呟く。


そして次の瞬間――


「つまり――食べた分だけ“勝ち”ってことですよね!?」


「違うよ!?」


「じゃあ私、勝ちます!!」


「宣言すんな!!」


勝利条件を自分で決めるな!


「というわけで――」


スッ。


澪の箸が、すでに肉の上空に待機していた。


早い。

早すぎる。


まだ焼けてない。

むしろ今、焼き始めたばっかだ。


――そのとき、


「はい、ストップ」


スッ。


凛が、自然すぎる動作でトングを奪った。


え、何が起きた?

誰も反応できなかったんだけど。

もしかして、暗殺者?


「焼く人は一人でいい」


「えぇぇぇぇぇ!?」


澪、全力抗議。


「なんで!? みんなで焼いたほうが楽しいじゃないですか!!」


「地獄になるからダメ」


即答だった。

判断が速い。


「焦げる、奪い合う、生焼け。三拍子揃うわ」


「経験者だこの人」


俺が小声で言う。


「えぇ、しかも団体戦よ」


「規模がでかいな」


凛は淡々と肉を裏返す。


その動きに一切の無駄がない。


美しい。

……いや怖い。


「焼肉において――“統率”は絶対」


「だから戦術の話みたいに言うな!!」


「戦術よ」


真顔。


説得力が凄い。


その横で――


「……綺麗……」


優里先輩が、うっとりと肉を見つめていた。


「この焼き色……均一で……美しい……」


「優里先輩!?」


「まるで……芸術作品……!」


あの優里先輩が、完全に落ちている。


恋だ。

相手は肉だけど。


さらに――


「……この火加減」


伊藤が静かに呟く。


「表面温度と内部温度の差……理想的です」


「分析すな!!」


「この焼きは理論的に――」


あ、ダメだ。


こいつも焼かれてる。脳が。


その瞬間、


「よし、今だ!!」


斗真の箸が、肉へ飛び込んだ。


「一番うまいタイミングで――」


バシィィッ!!!


「熱ッッッ!?」


手の甲にトング制裁、直撃。


「斗真」


凛が静かに言う。


「まだよ」


「いや今だろ!!」


「違う」


「絶対いけた!!」


「私が決める」


「独裁だ!! ここは民主主義だ!!」


「私の言うことは“絶対”よ?」


(焼肉で言うセリフじゃねぇ!!)


その横で――


「……今」


澪が、低く呟いた。


目が違う。


完全にスイッチが入っている。


「私は行きます!」


「どこに?」


「肉の向こう側へ!!」


「意味が分からんわ!!」


スッ……


音もなく、箸が動く。

流石暗殺者。


だが、


――パシッ。


「ダメよ」


凛、迎撃成功する。


「なんで分かるんですか!?」


「視野が広いの」


「怖い!!!」


数秒後。


「……はい、いいわよ」


その一言。


それは――肉の解放。


次の瞬間、全員が弾けた。


「いただきます!!」

「うまっ!!」

「やば!!」

「柔らかっ!!」

「とろける!!」


そして――


「……あ」


澪の皿が、一瞬で空になった。


「早っ!?」

「もうない!?」

「今配られたばっかだろ!?」


「次お願いします!!」


澪、即座に第二陣要求。


「早すぎるだろ!!」


「すみません。でも、まだウォーミングアップが終ってません!!」


「ウォーミングアップ!?」


「フルマラソンか!!」


さらに――


「白米ください!!」


「もう!?」


「大盛りで!!」


「胃袋どうなってんの!?」


「普通ですけど?」


「普通じゃねぇよ!!」


「お肉を三種類同時にください。

あと、サイドメニューで『から揚げ』、『ポテト』!!」


「注文が軍隊!!」


「効率重視です!!」


「戦場思考やめろ!!」


その間にも――


もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


止まらない。


本当に、止まらない。


(怖い)


「……うまい」


柳先輩が、ぽつりと呟く。


それだけ。


だが――


「……それだけで全部伝わるの、なんかすごいな」


「語彙が焼かれたんだろ」


斗真が言う。


「焼肉だけに」


「はい減点。斗真マイナス80点」


「厳しくない!?」


そのとき、優里先輩が、ふとこちらを見る。


「慧くん」


「はい」


「今日の試合、すごかったね」


柔らかい声。


――だが。


「でも、本気じゃなかったでしょ?」


空気が止まる。


「えっ!?」


澪が顔を上げる。


口いっぱいに肉を詰めたまま。


「もぐもぐもぐもぐもぐ……ほぉとぇでしゅこ!?(本当ですか!?)」


「澪ちゃん、飲み込んでから喋って」


「いやいやいや!!」


俺は慌てて否定する。


「ちゃんとやってたって!」


「”ちゃんと”と”本気”は違うでしょ」


凛の一刀。


鋭すぎる。


「うっ……」


――その空気を。


「はい次焼けました!!」


澪がぶった斬った。

その流れに乗って、俺は逃げた。


「よし、この話終わり。肉優先だ」


「強制終了!?」


「はい、次いきます」


「慧先輩、逃げましたね」


伊藤が冷静に、でも少し呆れた口調で指摘した


「逃げてない」


「逃げてます」


「逃げてない!!」


「はいはい」


凛が軽く流す。


そして、じっと見る。


「で、いつ見せてくれるの?」


「……何を?」


「慧の本気」


視線が集まる。


――が、


「……あ、すみません」


澪が手を挙げた。


「肉なくなりました」


「はやっ!?」


「三巡目です」


「ペースおかしいだろ!!」


「まだ2分30秒ですけど?」


「タイムアタックか!!」


「自己ベスト更新いけます!!」


「何の!?」


「焼肉と白米!!」


「だから競技にするな!!」


空気が、完全に焼かれた。


「……機会があれば」


俺はため息混じりに答える。


凛は、ふっと笑った。


「じゃあ作ってあげる、その機会」


「やめてください」


「嫌よ、絶対に」


「こわ」


その横で――


「いいねぇ」


斗真がニヤニヤしている。


「次の戦争の匂いがする」


「焼肉だけに?」


「それさっきやった」


「あ、そうだった」


「減点、慧マイナス100点」


「なんで!?」


笑いが広がる。


煙が揺れる。


肉が焼ける。


そして――


「すみません、白米おかわりで」


「何杯目!?」


「大盛りが6杯目!!」


「その体でどうやって!?」


「あとお肉追加で!! カルビ、ロース、タン、ホルモン!!」


「まだ食うの!?」










「え、今からが本番ですけど?」






「「「「「「……」」」」」」





やっぱりここは戦場だ。


ただし――

この戦場で一番強いのは、間違いなく澪だった。


*慧たちは『制限時間制の食べ放題』で食べていました。

 焼肉屋の店長:(´;ω;`)「ウゥゥ赤字だ……」

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