第19話 二次会
夕方。
「……ふぅぅぅぅ……」
風が、じんわりと体に沁みる。
さっきまでの鉄板地獄が嘘みたいに、空気が冷たい。
けど、その冷たさすら――どこか心地いい。
服には、しっかりと焼肉の匂い。
「満腹だぁ……」
斗真が大の字になりかけている。
「食べすぎたぁ……」
澪が、お腹を両手で押さえている。
その顔は、満足と苦悶のちょうど中間。
つまり――限界の顔だ。
「もう一歩で爆発するかもしれない……」
「人体の限界をそんな方向で攻めるな」
「でもまだいけます」
「え!? いけるの!?」
すぐ復活するな!
「はい!! 別腹がまだあるので!」
「怖い!!」
生命力が強すぎる。
もはや種族が違う可能性ある。
「でもまあ、今日はいいだろ」
斗真が笑う。
「優勝祝いですもんね」
優里先輩が、ふわっと微笑む。
その一言で、なんか全部報われた気がするから不思議だ。
その空気の中で――
「……で?」
凛が、腕を組んで俺を見る。
いつもの、ちょっと偉そうで――でも妙に似合ってる姿勢。
「このあとどうするの?」
「どうするって……解散じゃない?」
「えー!?」
澪が食いつく。
「まだいけますよ! 二次会いきましょう!! 二次会!!」
「お前さっき爆発寸前だったろ」
強い。
やっぱり強い。
「……なら」
俺は少しだけ考えて、言う。
「俺の店、来る?」
一瞬の間。
「店?」
斗真が首を傾げる。
「お前の?」
「うん」
「零式魔導雑貨店」
――0.3秒後。
「行く!!」
澪、即決。
「絶対行く!!」
「判断早すぎるだろ」
「だって絶対面白いじゃないですか!!」
「テーマパークじゃないんだが?」
「もうその認識です!」
「やめろ!!」
その横で。
凛が、じっとこちらを見る。
「……いいの? プライベートでしょ」
「まあ、表向きは普通の店だし」
「……今、”表向き”って言ったわよね?」
――やべ。
「言ってない」
「言った」
「風の音」
「無風よ」
「……」
「……まあいいわ」
凛が肩をすくめる。
その『まあいい』が、一番怖いのだが。
――数分後――
「……ここ?」
澪が、完全にフリーズした。
店の前で。
古びた木製の看板。
控えめすぎる外観。
どこか懐かしい、じんわりとした昭和感。
『零式魔導雑貨店』
「……思ったより普通ですね」
ぽつり、と。
「”思ったより”って何?」
「もっとこう……黒いオーラが漂ってて……扉開けたら呪われそうな感じの」
「何屋だよそれ」
「ラスボスの家」
「営業できねぇよ!?」
「いやでも分かる」
斗真が頷く。
「もっとこう
……入ったら”ようこそ”とか言いながら椅子回して振り向いてくるやつ」
「誰がボスキャラだ!?」
「裏で世界操ってる人です」
「偏見が濃すぎる!!」
伊藤が淡々と追撃してきた
風評被害が限界突破している。
カラン。
ドアを開ける。
「いらっしゃいませー」
一応店主として言う。
すると、澪が中をキョロキョロして呟く。
「……え、ほんとに店だ」
(さっき看板見てたよな?)
中は静かだ。
棚には小物。
簡単な魔導具。
アクセサリー。
そして奥には――びっしりと詰まった魔導書。
紙の匂いと、ほんのわずかな魔素の残滓。
「普通だ……」
「普通だな」
「普通ですね」
「なんか拍子抜けしました」
「お前ら、俺を何だと思ってるの?」
「黒幕」
「ラスボス」
「裏で世界操ってる人です」
「だから偏見が濃いんだよ!!」
その中で。
「……」
凛だけが、何も言わずに店内を見ていた。
視線がゆっくりと流れる。
棚。
配置。
魔導具。
空気。
「……ふーん」
小さく呟く。
「何?」
「ねえ、これ全部作ったの?」
「魔導具はな。魔導書はほぼ仕入れだ」
一瞬。
本当に一瞬、凛の目が変わる。
鋭くなる。
でもすぐに戻る。
そして――少しだけ、楽しそうに細められる。
「なるほどね……”凄い店”だわ」
静かに言い切る。
「え?」
澪が弾かれたみたいに振り返る。
「ど、どうして分かるんですか!? まだ全然見てないのに!」
「見てないように見える?」
凛は軽く肩をすくめると、迷いなく一本の杖を取った。
地味な杖。
装飾も少ない。
だけど――
「見て、このシール」
「え……シール?」
澪が顔をぐいっと近づける。
目を細めて、じーっと見つめる。
「……何も分からないです!」
「即答ね」
「清々しいほど何も分からないです!」
「威張るな」
凛が小さくため息をつく。
「授業でやったでしょ。基礎中の基礎」
「え? えっと……えーっと……」
視線が泳ぐ。
完全に迷子である。
「覚えてます!!」
「嘘ね」
「なんで分かるんですか!?」
「その”今思い出しました顔”がテンプレすぎるのよ」
「テンプレあるんですか!?」
「あるわよ。今あなたが更新したやつ」
「更新!? 私最新版!?」
騒がしい。
凛は軽く笑ってから、指先でシールを叩く。
「これは国家魔導局の認証シール」
一言で、空気が変わる。
「性能、安定性、安全性。全部、国の最高基準をクリアした魔導具にしか付かない」
「……え?」
澪の動きが止まる。
「つまりこれ、めちゃくちゃ高性能ってこと」
「……えええええええええ!?」
店が揺れるレベルの声量。
「ちょっと待ってください!?
これ、そんなすごいやつなんですか!? こんな普通に置いてあるのに!?」
「普通は店に並ばないわね」
さらっと言う。
凛は棚を見渡す。
「あっちも……こっちも……」
ぽつり。
「……気持ち悪いくらい揃ってる」
「それ褒めてます?」
「半分くらい」
「半分!?」
「だって普通じゃないもの。
ここまで質が高いのに、扱いが雑すぎる」
「雑って言うな!」
「床に転がってないだけマシね」
「最低ラインが低い!!」
「経営者の神経は疑うわ」
「褒めてないですよね!?」
「腕は褒めてる」
「フォロー雑!」
でもそのあと、凛の声が少しだけ変わる。
柔らかくなる。
「……でも、凄いわよ」
まっすぐに言う。
「競技でも結果出してるし、こういうのも作れるし」
少しだけ間。
視線が、こっちに向く。
「……ちゃんと、努力してるのが分かる」
静かに。
「尊敬する」
その一言は、小さかった。
でも、妙に残る。
「……はぁ、どうも」
適当に返す。
けど、胸の奥が少しだけ熱い。
その空気を――
「ねえねえこれ何ですか!?」
澪がぶっ壊した。
手には金色の箱を抱えている。
「待てそれは――」
パカッ。
――ボンッ!!
爆発音と煙が出た。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
「早い!!」
「死ぬ!? 私死ぬ!? 今のやつ絶対死ぬやつ!!」
「死なない。びっくり箱だ」
「なんで魔導で強化してるんですか!?」
「驚きの質を上げた」
「いらない進化!!」
澪が涙目で抗議する。
が――
「……もう一回やっていいですか?」
「なんでだよ!?」
「クセになる……」
「ダメなタイプの中毒!!」
パカッ。
――ボンッ!!
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
「学習しろ!!」
「でも、楽しいです!!」
「終わってる!!」
斗真が横で笑ってる。
「これいいな。誰かに使おうかな」
「それやったやつ、友達なくしたって聞いたぞ」
「やめとくわ」
賢明だ。
笑い声が響く。
その中で、
「……」
凛が、静かに隣に来る。
距離が近い。
「ねえ」
「ん?」
「こういう場所、いいわね」
店内を見ながら言う。
「落ち着くし……なんか、好き」
「そうか?」
「うん」
少しだけ、笑う。
その横顔が――やけに柔らかい。
「慧がいる場所って感じがする」
「……なんだそれ」
「そのままの意味」
さらっと言う。
でも、目は少しだけ逸れてる。
「……」
沈黙。
「……変なこと言った?」
凛が小さく言う。
「いや」
少し考えてから。
「……悪くない」
「そう」
ほんの少しだけ。
嬉しそうに、笑う。
その瞬間。
――ドォン!!
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」
「だからなんで三回目いくんだよ!!」
「限界に挑戦したくて!!」
「何の限界だ!!」
澪が三度目の爆発を浴びている。
しかも今回は、ちょっと威力が上がってる気がする。
「……お前、設定いじっただろ」
「驚きの質を追求しました!」
「方向性が狂ってる!!」
伊藤はというと、少し離れたところで静かに金色の箱を見ている。
「……構造的には単純ですが、反応速度が異常ですね」
「評価が冷静すぎる」
「ですが、まだ改良の余地があります」
「やめろ被害が拡大する!!」
店内は、完全にカオスだ。
「ねぇ、慧」
「ん?」
「……外、ちょっといい?」
ふと、凛が小さく言った。




