第15話 地区大会④
転移の光が弾けた。
視界が、白に塗り潰される。
音が消え、重力の感覚が一瞬だけ抜け落ちる。
そして、
――ドンッ。
足裏に、鈍い衝撃。
遅れて感覚が戻る。
視界に映ったのは――砂漠。
どこまでも続く、黄土色の大地。
起伏はあるが、隠れるには浅すぎる。
遮蔽物は――ない。
空は高く、乾いている。
視界を遮るものは、何一つ存在しない。
風が吹く。
さらさらと、砂が流れる。
その音だけが、やけに大きく響いた。
「斗真」
柳先輩が、短く呼ぶ。
「メインで撃て。遮蔽物がない分、弾は通る」
「了解」
銃を構える音。
乾いた空気に、金属音が溶ける。
「ただし――」
優里先輩が、静かに言葉を継ぐ。
視線は前方。
すでに敵を想定している。
「それは、相手も同じよ」
「ですね。開始直後にコアの周囲を強固に固めときます」
伊藤が、一歩前に出る。
「……それと」
伊藤の声が、わずかに低くなる。
「今回の試合ですが――」
それは魔法陣のある部屋で伝えられた、魔導制限のアナウンス。
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『罠型魔導、炎系統の魔導の使用は禁止です』
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「”罠型魔導、使用禁止”」
伊藤が、静かに言い換える。
「慧先輩の主戦術が、封じられています」
ただの事実。
だが、その意味は大きい。
「初期配置での罠設置、誘導――すべて不可」
砂の上に、風が走る。
「どうしますか?」
問いは簡潔。
だが、判断を委ねるには十分すぎる重さを持っている。
「……そうだな」
小さく息を吐く。
(置けない、か)
思考が、即座に再構築される。
いつもなら、この時点で“盤面”は完成している。
どこに誘導するか。
どこで崩すか。
どこで詰ませるか。
すべてが、線として繋がっている。
だが――今回は違う。
仕込めない。
誘導できない。
踏ませられない。
つまり――
(”場を支配する速度”で勝つしかない)
思考が一段階切り替わる。
構築から、制圧へ。
口元が、わずかに歪む。
「問題ない」
短く、言い切る。
伊藤の視線がわずかに動く。
「……はい?」
「別のやり方で勝つだけだ。ただ、最初からは動けない」
「それはどういう理由で?」
「準備だ」
声音は変わらない。
だが、その中身はすでに決まっている。
伊藤の目が細くなる。
評価。
検証。
そして、理解。
「分かりました。それと、もう一点」
伊藤が続ける。
「装備の件ですが」
全員の手元へ視線が落ちる。
指に嵌められた指輪。
「慧先輩製、瞬間型シールド魔導具」
澪が、静かに指輪を見る。
その光が、わずかに反射する。
「被弾直前に自動展開。単発防御であれば、極めて高い防御性能を発揮します」
伊藤が補足する。
その声に、揺らぎはない。
「つまり――」
空気が、少しだけ締まる。
「こちらは”被弾前提”でも耐えられる」
斗真が、小さく息を吐く。
視線は前方のまま。
「……てことは」
「はい」
伊藤は、即座に答える。
「我々も持久戦に持ち込みます」
全員が、わずかに頷く。
合理的。
極めて、合理的な判断。
北嶺学園は、防御特化。
正面突破は困難。
だがこちらは――“削られにくい”。
時間をかければ、均衡は崩れる。
「時間をかければ、いずれ綻びが出ます」
伊藤が、結論を提示する。
「堅実に、確実に勝ちを拾いに行きます」
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『戦闘準備!』
アナウンスが、空間を震わせた。
その一言で、空気が“戦場のもの”に切り替わる。
乾いた砂漠の風が、ぴたりと止まったように感じた。
全員の呼吸が揃う。
鼓動すら、同期している錯覚。
視線。重心。魔力の流れ。
すべてが“戦うため”に最適化される。
「3!」
澪が、低く沈む。
足元の砂が、ぐっと沈み込み、流れる。
爆発的な踏み込みの準備。
「2!」
凛が剣を抜く。
――キィィン。
「1! 戦闘開始!」
その瞬間――
「来るぞ!!」
柳先輩が盾を構える。
重心を極限まで落とし、砂を踏み締める。
完全防御。
一歩も引かない構え。
次の瞬間。
敵の魔剣士が、一直線に突っ込んでくる。
速い。
速すぎる。
砂を爆ぜさせ、地面を抉りながら加速する。
だが――
「……ズレてる」
柳先輩の目が、細くなる。
踏み込み。
軌道。
視線。
すべてが、”ほんのわずかに”噛み合っていない。
(幻影混合です!)
伊藤の念話が飛ぶ。
(認識操作! 視界と感覚にズレが発生しています!)
「チッ……厄介だな!」
柳先輩、一歩前へ。
逃げすに、相手を迎え撃つ。
「だが――止める!!」
――ドォォォンッ!!
激突。
衝撃が空気を殴り、砂塵が爆発する。
衝撃波が、周囲の砂を飛ばす。
だが――
「通さない」
柳先輩の声は揺れない。
完全防御で押し返す。
一歩も通さない。
その瞬間――
「行くわ」
凛が、消えた。
「速っ!?」
重戦士の反応が遅れる。
すでに懐。
「一人」
斬撃。
――ガキィィィン!!
「硬っ!?」
弾かれる。
衝撃は通っている。
だが――”削れない”。
「なら――!」
踏み込み。
連撃、連撃、連撃。
斬撃の嵐。
だが――
”傷一つ、入らない”。
(なんでよ!! 斗真、援護!)
その瞬間、
「任せろ!」
斗真の声。
――ドンッ!!
狙撃。
完璧な軌道。
鎧に直撃する。
だが――カンッ!という軽い音とともに弾かれる。
「は?」
「結界か!」
伊藤が即座に解析する。
(後衛の結界師が前衛に遠隔付与!
常時、衝撃吸収の結界を展開しています! 魔力リンクで維持されてます!)
(位置は!?)
(分かりません! ”隠蔽”で完全に隠されています!)
じわじわと、こちらが削られていく。
そのとき、
(――ちょっとまずいな)
俺の念話が響く。
(このままだと持久戦になる)
(はい)
伊藤が即答する。
(ですが、こちらには瞬間型シールドがあります。被弾を許容すれば――)
その言葉を、
(いや)
遮る。
一拍。
(一気に崩そう。ちょうど、その準備が終わった。あとは、相手全員を巻き込んで発動するだけだ)
伊藤の思考が、一瞬止まる。
(……どうやって崩すのですか?)
(そうだな)
短い返答。
(後衛を先に潰したいが、面倒な前衛を先に崩そう)
パチン――と、指が鳴る。
西洋型音系統魔導
「”レゾナンス・ショック”」
その瞬間、”音”が撃ち込まれた。
見えない連続の衝撃波。
空間を”震わせる”。
「……?」
敵前衛の動きが、わずかに鈍る。
そして――ビリッ、と。
空気が裂けた。
「なっ――!?」
魔剣士の周囲。
展開されていた結界が――“揺らいだ”。
波打つように。
歪むように。
『安定を失う』。
(……なるほど!)
伊藤の声が変わる。
理解した声。
(結界を『共振』させて、脆くしている……!)
(そういうこと。音や振動は、結界と相性が良いんだよ)
一拍。
(だから――”揺らせば崩れる”)
(凛先輩、今です!!)
伊藤が叫ぶ。
(一瞬だけ、結界の防御が薄くなっています!!)
「十分よ!」
凛が踏み込む。
――バチンッ!!
雷を纏った斬撃。
鎧に直撃する。
今度は弾かれない。
「ぐっ――!?」
装甲ごと吹き飛び、重戦士が体勢を崩す。
その隙を、斗真が逃さない。
「ぶち抜く!」
――ドンッ!!
今度は、貫通。
魔力防御が間に合わない。
「マジかよ……結界が切れた!?」
敵の動揺が、露骨に広がる。
だが――
(まだ足りない)
俺は冷静に考える。
(本命はここからだ)
「優里先輩」
「ええ」
「全員に耳栓魔導を」
「……了解しました」
声は落ち着いている。
すでに“意図”を理解している。
(全員、聞いてください)
俺の声が響く。
(今から耳栓の魔導を掛けます。何があっても動き止めないでください)
(了解!)
(了解だ)
(了解です!!)
「優里先輩、お願いします」
「はい――」
西洋型音系統魔導
「“イヤープラグ”!」
淡い光が、全員の耳元を包む。
遮断完了。
その次の瞬間、俺は魔導を発動する。
西洋型音系統魔導
「――“マギア・シンフォニア”」
世界が――壊れた。
ドォォォォォォォォォンッッ!!!
爆音、という言葉では足りない。
『音の暴力』。
空気そのものが殴りつけてくる。
砂が跳ね上がる。
地面が震える。
空間が軋む。
鼓膜を破壊する、圧倒的音圧。
味方は無傷。
そして――敵側。
「なっ――!?」
「耳が……ッ!?」
耐えきれない。
反射的に魔導を発動。
耳を守るための防御。
その“無意識の反応”の瞬間、
(――来ました!!)
伊藤の声が鋭く走る。
(耳栓発動の魔力反応を捕捉!! 後衛、位置露出!!
10時方向に100m!! 完全に捉えました!!)
完璧なトラップ。
――いや。
俺は、わずかに口元を歪める。
(トラップ、じゃないな。”自分からバラさせた”)
誘導、強制、暴露。
選択肢を奪って、“そうするしかない状況”に追い込んだだけ。
つまり――
(全部、予定通り。そして後衛の位置が分かったならば――)
「――あとは、発動するだけだ」
パチンッと軽い音。
指を鳴らす。
その、何気ない動作を引き金に――戦場が”書き換わる”。
地面に光が走る。
一本、二本――無数。
線が、空間を走り抜ける。
それらが交差し、絡み合い、やがて――”構造”となる。
「……は?」
敵の声。
理解が、完全に置いていかれる。
同時展開。
東洋型土系統魔導「“砂の迷宮”」
+
西洋型機械系統魔導「“砲環牢”」
二重展開魔導
「――砂砲殲牢」
――ズンッッッッッ!!!!!!
砂が、変質する。
流動していたはずのそれが、
一瞬で――“壁”へと変わる。
一枚じゃない。
二枚でもない。
何重、何十重。
圧縮された層が、重なり、重なり、重なり――
“砦”になる。
四方、上空を、完全封鎖。
相手が反応する暇すら与えない。
前衛も、後衛も、
(“まとめて”――閉じ込める)
「――砂の要塞、構築完了」
音が消える。
風も、砂も。
すべてが、止まったかのような静寂。
数秒の完全な空白。
そして――
『……は?』
敵リーダー。
理解を拒否。
次の瞬間。
『はあああああああああああああああああああ!?!?!?』
絶叫。
内側から、反響してくる。
澪がぽつり。
「……え、なにこれデカ」
斗真が、吹き出す。
「結界割って、位置バラして、そのまま監禁とかさ」
一拍。
「発想がもう犯罪者なんよ……」
俺は肩をすくめる。
「合理的だろ?」
「……それで」
伊藤が改めて問う。
「ここから、どうするんですか?」
俺は、ゆっくりと笑った。
「あとは、相手コアを破壊すれば終わりだけど――」
一拍。
「それだと、楽しくないからな。過程を楽しまないと」
俺の周囲の空中に、半透明のウィンドウが次々と展開される。
パネル。
パネル。
パネル。
そのすべてに映し出されているのは――ついさっき俺が“閉じ込めた”敵チーム。
リアルタイムに中継されている。
どこかの映画のワンシーンにありそうな、実験の監視室である。
場所は『砂漠』だが。
「うわ!」
澪が素直に引く。
「監禁したうえで観察とか、やってること完全に悪の研究者じゃないですか!?」
「言い方ァ!!」
「言ってることは事実です」
「お前はもうちょいオブラートを覚えろ!!」
そして――ここから、やり過ぎた蹂躙劇が始まる。




