第13話 地区大会②
俺たちは『魔装』に変身し、待機エリアで順番を待っていた。
さっきまでのざわめきが、嘘みたいに遠い。
耳に入るのは、自分たちの呼吸と――装備の微かな駆動音だけ。
魔装の感触が、じわりと身体に馴染んでいく。
「……ねえ慧」
「はい?」
横から凛。
腕を組んで、じーっとこっち見てる。
「さっきから挙動が不審なんだけど」
「いや、装備に感動してただけです」
「自分で作っといて?」
(ミステル財閥から貰った高級素材を使ってるから……。
って、そんなこと絶対に言えない)
テイラー・ミステルは、ミステル財閥の御令嬢だ。
ミステル財閥――魔導素材、魔導器具、研究施設の運営まで手がける巨大財閥であり、国家間の取引にも顔を出すほどの影響力を持つ。
一般学生が気軽に触れられる代物ではない。
もちろん、そんな背景をここで説明できるはずもない。
俺は曖昧な笑みを浮かべてごまかすしかなかった。
「いやほら、客観視って大事じゃないですか」
「それっぽい理屈出して誤魔化してない?」
鋭い。
いつも通り鋭い。
でもちょっとだけ口元が緩んでるのが分かる。
――そのとき、スピーカーが鳴った。
『Bブロック第一試合、出場チームは奥の部屋へ移動してください』
一瞬、空気が止まる。
本当に、ピタッと。
その直後――
ざわっと、一斉に動き出した。
椅子が引かれる音。
装備が擦れる音。
短く交わされる言葉。
どこも同じ。
さっきまでの『準備』が、『本番』に切り替わる。
柳先輩が振り返る。
「次が、俺たちだ」
短い。
でも、それだけで背筋が伸びる。
澪が深く息を吸う。
「うわ……マジで大会だ……」
吐き出す息が、ちょっと震えてる。
「やばい……手、震えてるんだけど……」
自分の手を見て苦笑する。
「これ止まる? ねえこれ止まる?」
「止まる止まる」
柳先輩は軽く言う。
「試合始まったら強制的に止まる」
「なんで!?」
「忙しくて震えてる暇なくなるからな」
「雑な解決策!」
でも、ちょっとだけ笑った。
その横で、斗真は肩を回していた。
ゴキ、と首を鳴らす。
「いいじゃねぇか」
ニヤッと笑う。
「それくらいの方が反応いい」
「いや理屈で押し切るなよ……」
「余裕すぎでしょ……」
「余裕じゃねぇよ。ただ――楽しんでるだけだ」
いい感じに緊張がほぐれている。
「……ねえ、ちょっといい?」
凛が口を開いた。
指輪を取り出して、軽く回した。
「これ、最終調整終わってる?」
視線が、真っ直ぐこっちに来る。
「本番で不発とか、マジで笑えないんだけど」
「問題ないよ」
即答する。
一ミリも迷わない。
「俺を信じてください」
「……」
一瞬。
凛の目が細くなる。
「言うようになったじゃん」
「まぁ、事実なので」
「はいはい」
凜は肩をすくめる。
でも、ちょっと嬉しそう。
「じゃあ遠慮なく使うから」
くるっと指輪を回す。
「壊れたら、あんたのせいね」
「壊れません」
「壊してみせるわ」
「それはそれで困るんですけど!?」
「そのくらいじゃないとつまらないでしょ?」
「思想が戦闘民族だ……」
斗真が吹き出す。
「お前らほんと仲いいな」
「「よくない」」
ハモった。
ちょっと間。
「……いや今のハモりは仲いいだろ」
「「違う」」
またハモった。
「「……」」
何故か、凛と俺の間で気まずい空気が流れる。
その空気をぶち壊すように、
「この術式ライン……やはり異常です」
伊藤。
安定の伊藤。
「この接続効率、理論値を超えている可能性が――」
「伊藤くん」
優里先輩が声をかける。
「はい」
「もうすぐ戦う時間だから。他の選手も近くにいるし、ちょっと迷惑よ」
「……はい」
即座に戻ってくる。
えらい。
ちょっと名残惜しそうだけど。
再びアナウンス。
『Bブロック第二試合、出場チームは奥の部屋へ――』
柳先輩が手を叩く。
パン、と乾いた音。
「行くぞ」
全員が立ち上がる。
もう、迷いはない。
案内された部屋。
中央には、床に刻まれた巨大な魔法陣。
複雑すぎる術式が書き込まれている。
「でっか……」
澪が呟く。
「これ使うの……?」
「贅沢だな」
斗真が口笛を吹く。
伊藤は輝いている。
「多重位相固定……座標同期……実物を見るのは初めてです……!」
「後でね」
優里先輩がストップする。
「今は戦うための時間」
「……はい」
物凄く名残惜しそうだ……。
俺たちは、この魔導で転送される。
戦うためだけの世界へ。
「……死なないんだよな」
斗真が言う。
「はい」
伊藤が答える。
「現実の肉体には影響しません。魔素で構築された仮想異空間なので」
凛が、魔法陣を見下ろす。
「……つまり」
小さく息を吐く。
「本気で潰していいってことね」
目が鋭くなる。
「遠慮はいらないわ」
「味方でよかった……」
澪が呟く。
魔法陣の隣には、円卓机。
そして、マギアカードに戦績を記録するための装置が設置されていた。
柳先輩が言う。
「みんな、マギアカードを持ってるな?」
「「「「「「はい」」」」」」
「よし。順番にカードを入れるぞ」
一人ずつ差し込んでいく。
淡い光。
登録。認証。戦績同期。
そして――俺の番。
カードを差し込む。
表示される情報。
===========
名前 :川縁慧
ランク:E級
戦績 :………………
…………
===========
(……まあ、こんなものか)
“普通”に見えるように、少しだけ小細工を施した。
「……慧くん」
優里先輩が覗き込む。
「E級、なんですね」
「? ええ」
「なんか不思議」
くすっと笑う。
「一番信用できないタイプですね」
「それな」
伊藤の言葉に、斗真が即答。
凛も一瞥して言う。
「偽装してるでしょ?」
(……なんで皆、そんなに勘がいいんだ?)
そのとき、運営の声が響いた。
『召喚魔導、水系統魔導の使用は禁止です。
初戦のフィールドは”廃都市”です。
これから10分間、戦術を練る時間を与えます』
伊藤がタブレット端末を操作すると、円卓机の中心に3Dホログラムが展開される。
俺たちは円卓机を囲み、空中に浮かぶ情報を見る。
======
学校名:黒鷺学院
選手 :17名
選手名:……
役割 :……
===========
「黒鷺学院のデータ出しました。前に話した通り、前線が硬いです。
そして、今年は特に防御寄り――」
「壁多めに来る可能性が高いんだな?」
「はい。その可能性が高いです」
斗真が笑う。
「めんどくせぇな」
「そういうものです」
柳先輩が声を上げる。
「戦術を考えるぞ――慧」
「? はい」
「お前なら、どう戦う?」
「え、俺ですか?」
「ああ。お前は戦術兵だろ。なら、考えられるはずだ」
(急な無茶ぶりだな……)
俺は、ホログラムを見る。
都市構造。
視界。
動線。
頭の中で、盤面が組み上がる。
「いきなり要塞を作ると、次の相手に警戒されるので……初戦辺りは相手の初期配置の周りに罠を張ります」
「うわ、性格悪」
澪が呟く。
「気づかれないか?」
柳先輩。
「大丈夫です。
人は大体、周りを見ずに相手だけを見ますから。
さすがに、情報士に気づかれないように対策はしますが」
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*情報士*
”職”の一つ。
魔導、魔導具、現象の構造・性質・弱点などを読み解くこと、
周囲の魔力反応を、地図のように”把握する”ことが得意な魔導士のこと。
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俺は少しだけ笑い、軽く指を動かす。
ホログラムにラインが走る。
「そのあと、凛さんたちが攻撃を仕掛けます。
俺はその間に、敵の逃げ道を全部潰します」
「……なるほど。悪くない」
一拍。
「では――その戦術で行こう」
全員のスイッチが入った。
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魔法陣の中心へ、全員が足を踏み入れる。
その瞬間、空気がわずかに沈んだ。
重いというより、“引き込まれる”ような感覚。
足元の紋様が淡く、脈を打ち始める。
光はただ灯るんじゃない。
一定のリズムでゆっくりと明滅している。
まるで、生きているみたいに。
「……うわ、心臓っぽ」
「余計なこと言わないで。変に意識するでしょ」
凛がつっこむ。
でも、視線は魔法陣に固定されたまま。
陣が回転する。
一つ。
それに噛み合うように、二重、三重。
術式が連動していく。
――視界が、歪んだ。
音が消える。
上下の感覚が消える。
自分がどこにいるのか分からなくなる。
身体が、一瞬だけ存在してないみたいに抜ける。
そして――落ちる。
ドン。
足裏に、確かな衝撃。
「っ……」
視界が戻る。
世界が切り替わっていた。
「広……」
澪が呆然と呟く。
「うわ、最高だなこれ」
斗真はテンション上がってる。
「遮蔽物多いし、撃ち放題じゃん」
「撃ち放題の前に撃たれるわよ」
凛が淡々と返す。
もう、目が戦闘モード。
周囲を一瞬でスキャンしてる。
石壁。
崩壊したビル。
瓦礫。
ひび割れた道路。
そして、浮遊している二つの魔導コア。
一つは、俺たちの後ろにある。
「典型的な廃都市フィールド……」
伊藤が分析する。
「視線と導線管理がカギですね」
「なるほど、分からん」
「斗真先輩、分かってください」
そのとき、向こう側にも光が現れる。
魔法陣。
敵チームが現れる。
重い足音。
ガシャン、と金属音。
「あー……」
柳先輩は思わず声が漏れた。
「分かりやすく嫌な相手がきたな」
重装甲。
大盾。
大型槍。
前に出るだけで圧が出るやつ。
「うわ、ガチガチじゃん……」
澪が一歩引く。
「完全に壁だろあれ……」
「いいねぇ」
斗真は逆に笑う。
「壊しがいある」
(メンタル強いなこいつ)
敵がこちらを見る。
無言。
でも分かる。
『正面から潰す』、そういうチーム。
アナウンスが響く。
『両チーム、初期配置に移動してください』
空気が、一気に戦闘へ切り替わる。
凛が剣を抜く。
静かな音。
空気が震える。
「慧」
こちらに真っ直ぐ振り向く。
「――後ろは任せた」
確認じゃない。
命令でもない。
“前提”だ。
俺は頷く。
「任せてください」
アナウンスが響く。
『戦闘準備! 試合開始まで――』
戦場が、一気に静まる。
『3!』
伊藤が魔導を発動させる。
同時展開
西洋型無系統魔導「”アナライズ”」
西洋型無系統魔導「”サーチング・ウェイブ”」
東洋型無系統魔導「”守護結界”」
澪が構える。
同時展開
東洋型風系統魔導「”隠密”」
東洋型無系統魔導「”第六感”」
柳先輩は盾と、ランスを構える。
同時展開
東洋型無系統魔導「”身体強化”」
東洋型無系統魔導「”鉄壁”」
『2!』
優里先輩は、俺たちに向かって両手をかざす。
同時展開
東洋型支援系統魔導「”強化”」
東洋型支援系統魔導「”状態異常軽減”」
東洋型支援系統魔導「”念話”」
斗真が銃を肩に乗せる。
同時展開
東洋型無系統魔導「”貫通視界”」
東洋型風系統魔導:エンチャント「”風貫”」
魔導弾に貫通のエンチャントを付ける。
『1!』
凛が一歩、前に出る。
同時展開
東洋型無系統魔導「”加速”」
東洋型雷系統魔導:エンチャント「”雷電”」
凛は剣にエンチャントを施す。
俺は指を、軽く鳴らした。
パチンッ。
その音は床の下で、壁の裏で。瓦礫の影で、ビルの中。
小さな魔法陣が一斉に起動する。
同時展開
罠型:東洋型炎系統魔導「”爆炎”」
罠型:西洋型土系統魔導「”ストーンウォール”」
罠型:東洋型雷系統魔導「”帯電網”」
…………
………
……
誰にも見えない場所で。
すでに――戦場は動き始めていた。
『試合開始!!』
――同時に。
敵前衛が、踏み込んでくる。
その足が、”見えない線”を踏み越えた。
俺は、軽く呟く。
「一人目」
次の瞬間、地面が爆ぜた。
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