第12話 地区大会①
魔導競技専用ドーム、エントランス。
広すぎる空間に、音が溜まっていた。
足音。
金属が擦れる音。
そして――人のざわめき。
視界の端では、他校のチームが最終確認をしていた。
重装甲の魔導鎧。
肩に担ぐレベルの大型術式砲。
明らかに“金がかかってます”と言わんばかりの装備群。
……うん、見なかったことにしよう。
いや見えるけど。
めっちゃ見えるけど。
「無理だろあれ……予算バグってるって絶対。国家予算混ざってるって」
「混ざってないと思うけど」
横からツッコミ。
凛だった。
「ていうか試合前から心折れてるのやめて。メンタル管理くらいしなさい」
「いやだって……あの鎧とかさ”攻撃受けたら弾く”じゃなくて“攻撃した人が謝る”タイプのやつでしょ」
「どんな現象よそれ」
「攻撃の方が『すみませんでした』ってなるやつ」
「ならないから」
――大会が始まる。
その現実だけは、ちゃんと全員分かっていた。
前方では、柳先輩が受付を済ませている。
「第二魔導学園。七名」
淡々とした声。
慣れている。
「確認しました。地区大会Bブロックです」
「了解です」
短いやり取り。
「……うわぁ」
隣で澪が小さく息を漏らす。
「大会って感じしてきた……」
「今さら?」
「いや、なんか……思ってたより“ガチ”」
「分かる」
俺も頷く。
「文化祭の延長線みたいなの想像してた」
「どんな大会よそれ」
凛が呆れる。
「屋台で魔導撃つの? 焼きそば守るために?」
「それはそれで楽しそうじゃない?」
「嫌よ、焼きそばのために戦うの」
「え、焼きそば大事じゃん」
「価値観が庶民的すぎる……」
斗真は腕を組んで、周囲を鋭く見ていた。
「……強そうなの多いな」
「うん……」
澪の声が少し弱い。
「正直、ちょっと怖いかも」
珍しい。
いつも明るい澪の素の声だった。
その空気を、ふわりと包むように、
「大丈夫よ」
優里先輩が微笑む。
柔らかい声。
でも、不思議と芯がある。
「私たちも、ちゃんと準備してきたから」
それだけで、空気が少し戻る。
凛が静かに続ける。
「装備差は事実。でも澪、勝敗はそれだけじゃ決まらない」
「……はい」
柳先輩が戻ってきた。
「受付終わった。試合まで少し時間ある」
一度、全員を見る。
「装備の最終確認しよう……といっても、中古の装備品ばかりだがな」
苦笑まじりの言葉に、優里先輩が肩をすくめる。
「うちの部活はお金が無いからね。自分で買うにしても、装備は高いし」
「文句言うな優里。無いなりに工夫するのが、うちの取柄だ」
俺は持ってきたバックを足元に置いた。
「……あ」
澪の視線が、俺の足元に落ちた。
「慧先輩、それ……何ですか?」
「ん?」
俺は足元のバッグを軽く叩く。
「秘密兵器です」
「その言い方、不安しかないんですけど」
「大丈夫大丈夫、爆発しないタイプ」
「“しないタイプ”って何!?」
「前はしたみたいな言い方やめてください」
伊藤まで乗ってきた。
俺はジッパーを開ける。
中には、小さな箱が整然と並んでいた。
「装備です」
「……装備?」
柳先輩が眉をひそめる。
「はい。皆さんの分、作ってきました」
――一瞬。
空気が、止まる。
「え?」
凛が、珍しく間の抜けた声を出した。
箱を一つ開ける。
中には、銀の指輪。
静かに光を反射している。
「瞬間型シールド指輪です」
「名前がもう強いな」
(説明してるだけだが?)
伊藤が一歩前に出る。
「瞬間型?」
食いついた。
「はい。通常のシールドは常時展開で燃費が悪い。
だからこれは“当たる瞬間だけ”展開します」
「……なるほど」
凛が呟く。
「集中防御で、無駄がないってことね?」
「はい」
そのまま、俺は軽く言った。
「だいたいBランク魔導士の攻撃を、50回耐えれますよ」
*Bランク魔導士の攻撃を具体的に言うと、身体強化で車のドアに穴を空けれます。
――沈黙。
「……は?」
斗真。
「え?」
澪。
「いやそれは……」
伊藤。
「……嘘でしょ?」
凛。
「いやいや、大会用にちゃんと調整してます」
((((”ちゃんと”とは?))))
箱を配る。
「一人一つです」
凛が受け取る。
しばらく見つめて――
「……綺麗」
ぽつり。
ほんの少しだけ、表情が緩む。
優里先輩も嬉しそうに言う。
「宝石みたい……でも、ちゃんと“守ってくれる感じ”がする」
いいこと言うなこの人。
その横では
「多層圧縮……魔力層の位相ズレ……?」
伊藤、完全に帰ってこない。
研究の世界に行った。
「あとこれもある」
「まだあるの!?」
澪が突っ込む。
黒いブレスレットを取り出す。
「戦闘服です」
「……いや形どう見てもアクセサリーだよ?」
「変身します」
「変身!?」
「うん――『魔装解』」
光が走る。
空気が震える。
次の瞬間――
黒い戦闘服が展開された。
軽量装甲。
僅かな装飾。
流れる術式ライン。
テイラーから貰った高級素材を使った、戦うための鎧である。
「うおおおお!?」
「変身した!!」
「語彙が小学生!」
「でも今のは言うでしょ!?」
伊藤が震えた声で言う。
「……これ、どこ製ですか」
「俺の店です」
「……はい?」
「魔導雑貨店やってます」
――沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
「……は?」
「え?」
「……はい?」
凛がゆっくり聞く。
「……えっと、店?」
「はい、店主です」
空気が、完全に止まった。
そして――
「えええええええええええええええええええええ!?」
澪、爆発。
音が反響して、周囲がざわついた。
「いや待って!? 情報量多すぎるって!!」
「戦えて! 装備作れて! 店主って何!?」
「三刀流みたいに言うな」
伊藤が額を押さえる。
「先輩、専門分野どこですか?」
「……広くて浅いよ」
「いや深いです。底なしです」
そのとき――
ざわめきが一瞬だけ静まる。
「……慧?」
聞き慣れた声。
俺は振り返る。
人混みの向こうから――長い黒髪の女性が歩いてくる。
自然に人が避けていく。
場の空気と、少しだけズレた存在感。
「久しぶりね」
柔らかく笑う。
「……と言っても、最近会ったばかりだけど」
俺は小さく呟いた。
「面倒くさいやつが来た」
「それ、本人の前で言う?」
「聞こえる距離で来る方が悪いです」
「ふふ、相変わらずね」
にこっと笑う。
水上那奈。
その隣には、腕を組んだ男。
「相変わらず騒がしいな」
水上明。
落ち着いた声。
なのに、妙に圧がある。
さらにその後ろから、小走りで突っ込んでくる影。
「慧さん!!」
「うおっ、近い近い近い!」
美乃が全力で距離を詰めてきた。
「こんにちはっ!」
「こんにちは。 元気だね、今日も距離感バグってるね」
「えへへ」
いや、褒めてない。
隣で優斗が軽く頭を下げる。
「どうも、こんにちは」
「どうも。君は落ち着いてるね、助かる」
「姉がすみません」
「ほんとだよ」
「ちょっと!?」
「ていうか水上さん、なんでここにいるんですか」
那奈が楽しそうに笑う。
「応援に来たに決まってるでしょ?」
「大会だしな」
明が短く付け足す。
「いやいやいや、軽い軽い。来る理由が軽いわりに存在感が重いんですよ」
「何それ?」
「近くにいるだけで“圧”が物理法則みたいにかかるんですけど」
「気のせいよ」
「いや絶対気のせいじゃないです」
その間にも、美乃がぐいぐい来る。
「ねえねえ! 試合いつ!?」
「うん、もう少しじゃないかな?」
「そうなんだ! ねぇねぇ、あのボブの人可愛い!! 慧さんの彼女!?」
「なんでそうなる?! 違うよ!!」
「じゃあ、あの目がキリっとした人!?」
「違うわ!!」
テンポが速い。
会話のキャッチボールどころじゃない。
銃撃戦だ。
――そのやり取りを、後ろで見ていたメンバーは動きが止まっていた。
「……慧」
「ん?」
「この人たち……知り合い?」
「まあ、そうです」
「“まあ”の範囲じゃない」
即答した。
「魔力の密度が違う」
「凛先輩に同意です」
伊藤が静かに頷く。
分析モード入ってる。
「近くにいるだけで、空気が重いです……」
優里先輩も小さく言う。
斗真が苦笑する。
「お前さ……交友関係どうなってんの?」
「広くて浅い」
「いや、今のは深海だったぞ!」
的確すぎる。
そのとき。
また、ざわめきが変わった。
「……おい」
斗真が小さく言う。
「なんか来たぞ」
人の流れが、自然に割れた。
誰かが指示したわけでもないのに、道ができる。
(あ、これ嫌な予感がするやつだ)
その中心を、一人の少女が歩いてくる。
赤い髪。
燃えるような魔力。
ただ歩いてるだけで、空気が歪む。
「……え」
誰かが息を呑む。
「嘘だろ……」
「なんでここに……」
伊藤が呟く。
「日本代表……」
澪の声が震える。
「焔カリン……」
はい、来ました。
来ちゃいました。
一番来てほしくないやつ。
(いや、ホントにやめてほしい!!)
彼女は、まっすぐ歩く。
周囲の視線なんて、まるで気にしない。
そして――
俺たちの前を通り過ぎるその瞬間。
ふっ、と笑った。
軽く、何気なく。
そしてひらっと手を振る。
――こちらに。
「「「「……え?」」」」
沈黙。
そして空気が、一気に爆発した。
「今の俺に振ったよな!?」
「いや俺だろ!?」
「いや絶対Bブロックの誰かだって!!」
「え、俺ワンチャンある!?」
「ないから落ち着け!」
勘違いのパンデミックが起きる。
一瞬で拡散。
感染力が高すぎる。
斗真が伊藤に小声で言う。
「おい……完全に誤解が生まれてるぞ」
「……ですね」
伊藤も冷静に同意。
澪はもうダメだった。
視線が泳ぎまくってる。
「え、誰!? 誰に!? 今の誰に振ったの!? 私じゃないよね!?」
「なんで候補に入ってる?」
「いや一応!?」
「一応って何!?」
混乱の極み。
そして。
「……慧」
来た。
凛の声。
「もしかして、カリン様と知り合いなの?」
視線が刺さる。
って、凛も久保田と同じで”カリン様”呼びなのか。
「いいえ! 全く知らない人です!!」
即答する。
(知り合いというか、あいつは半分災害だ!)
心の中でだけ叫ぶ。
口に出したら終わる、確実に。
「……即答ね」
凛が目を細める。
「怪しい」
「怪しくないです」
「怪しい」
「怪しくないです」
「怪しい」
「怪しくないですって!!」
リズム良く詰められる。
逃げられない。
横から、優里先輩。
「……少なくとも」
優しく、でも確実にトドメを刺しに来た。
「目は、慧くんを見てましたよね」
「え、いやそれは……多分違う方向の誰かを見てた可能性が……?」
「なんで疑問形なのよ」
那奈が笑う。
完全に楽しんでる。
「自信なさすぎでしょ」
「だって自信持ったら負けな気がするんですよ」
「なんでよ。ていうか、何の勝負よ」
「人生です」
「重いわ」
美乃がキラキラしてる。
「すごっ……本物だ……!」
目が完全にファン。
優斗もぽつり。
「……かっこいい」
分かる。
それは分かる。
ただ、アイツは人の皮を被った悪魔だ。
「それじゃあ、私たちはこの辺で」
水上さんたちは、観客席に向かって行った。
「……はぁ」
カリンとすれ違いざまの一瞬。
焔カリンの横顔。
あの余裕の笑み。
そして――ほんのわずかに動いた口元。
――頑張って。
「……」
誰にも聞こえない。
でも、確かに届いた。
(いや、ほんとやめて)
面倒なことになった。
確信レベルで。
そのとき、館内アナウンスが響く。
『もうすぐ、地区大会が始まります。出場選手は――』
空気が切り替わる。
一気にさっきまでのざわめきが、すっと引く。
「……行くぞ」
柳先輩が短い言葉を掛ける。
でも、それだけで十分だった。
全員の顔が変わる。
そして――俺たちは歩き出す。
「……はぁ」
「慧、ため息多いわよ」
「今から戦うのに精神ダメージも受けてるんですよ」
「自業自得でしょ」
「なんで?!」
やることは、一つ。
――勝つ。
それだけだ。




