“数字”では測れないもの(前編)
ギルド・ラストリーフ支部、午後のカウンター。
「……自分、何も悪くないんですよ。いつもギルド側の手配ミスで、仕事もろくに回してもらえなくて」
低姿勢に見せかけた調子で、男──リース=バルドは言った。
ミーナ=ルクトリアは、丁寧に相槌を打ちながらも、胸の奥に小さな違和感を抱いていた。
(……何か、引っかかる)
リースの話は、どこか歯切れが悪い。
「前のギルドでも、急に契約を切られまして。まあ、向こうの都合ですよ。ほんと、運が悪いってやつで」
ミーナは手元の記録ファイルを確認する。
(履歴上は……特に重い違反記録はない。でも)
一方で、ヨハン=ブリッジスが管理するトラブル履歴データベースには、いくつか“要注意”のマークがついていた。
「……具体的には、どんなトラブルだったか覚えていらっしゃいますか?」
ミーナが問いかけると、リースは肩をすくめた。
「いやぁ、もう細かいことは。とにかく、自分は悪くないんですよ。ギルドのほうが勝手に」
その瞬間だった。
「その発言、記録と齟齬があります」
静かな声が、カウンターの奥から響いた。
アルフォード=グレインだった。
彼は手にしたファイルを開き、淡々と告げる。
「前所属ギルドにおける契約終了理由は、『依頼未遂案件の虚偽申告および連絡無断欠勤』──公式記録に明記されています」
リースの顔色が、目に見えて変わった。
「そ、それは……誤解で……!」
「さらに、過去三回、同様の報告が寄せられています。偶然にしては、少々多すぎる」
アルフォードは冷静なまま、手元の資料を整理する。
「ギルド・ラストリーフ支部としては、現状、貴方への新規斡旋を行うことはできません」
ぴしゃりと断言された言葉に、リースは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ち、違う! 俺は、被害者だ!」
だが、誰も彼を引き留めなかった。
リースは捨て台詞を吐くと、カウンターを離れ、足早にギルドを後にした。
──静寂が訪れる。
ミーナは、深く息を吐いた。
(……悔しい。でも、これが現実なんだ)
彼女の胸には、まだわずかな痛みが残っていた。
だが同時に、アルフォードが示した冷静な対処に、言い知れない安心感もあった。
(……数字も、記録も、ちゃんと意味があるんだ)
そっと、ミーナは拳を握った。
(次は、私も──迷わない)
アルフォードは何も言わず、ただ静かに資料を片付けていた。
その背中は、ミーナにはいつもよりほんの少しだけ、頼もしく見えた。




