沈黙の番人
アルフォード=グレインは、静かにドアの前に立ち、内側を観察していた。
中にいるのは、ハナミ=ルードン。
彼女は、一言も発することなく、黙々と作業を続けていた。
帳簿を開き、報酬伝票と照合し、記録に間違いがないかを確かめる。
手元には、お茶の湯気をたてるポットが置かれているが──彼女はそれすらも気に留める様子はない。
(……音がない)
ペンの走る音。
紙をめくる微かな気配。
それ以外、何もない空間。
アルフォードは、知らず息を潜めた。
──本来なら、こうした無駄のない空気を歓迎すべきだった。
だが、ハナミの沈黙には、奇妙な“重さ”があった。
無駄を省いた結果の静寂ではない。
まるで、周囲の乱れすら飲み込んでしまうような、しなやかな圧力。
(……この人物が、支部の裏を支えているというのか)
アルフォードは、眉間に小さく皺を寄せた。
報酬処理は、金銭管理に直結する。
支部の信用を左右する、もっとも厳密でなければならない業務だ。
本部なら、複数名で相互チェックを行う案件だ。
だが、ここでは──たったひとり。
ハナミは、無言で帳簿を閉じた。
そして次のファイルを手に取り、また作業を始める。
流れるような手つき。
だが、その動きには確かに“人間の温度”があった。
──間違えないために、整えられた動作。
──支部の誰かが困らないように、気づかれない形で補完される小さな配慮。
それらが、言葉ではなく、行動に刻まれている。
(……あの沈黙は、ただの無口じゃない)
ようやく、アルフォードは気づき始めていた。
ハナミ=ルードン。
彼女は、静かに、だが確かに、この支部を支えている番人なのだ。
報酬処理室を後にする時、アルフォードはふと振り返った。
ハナミは、こちらを一瞥もせず、黙々と手を動かし続けていた。
その背中は、無言のまま──しかしどこまでも、頼もしかった。




