見落としていた余白に
記録室を出たアルフォード=グレインは、無意識のまま支部内を歩いていた。
整然と並ぶデスク。
壁に貼られた案件掲示板。
淡々と進められる窓口業務。
一見、何も変わらない日常風景。
──なのに、どこか違って見えた。
リリア=カスカータが、窓口で依頼人と笑顔で軽口を交わしている。
「大丈夫っすよ〜、うちのギルド、わりと面倒見いいんで☆」
その場の空気が、ふっと和らいだのがわかる。
カウンター奥では、ハナミ=ルードンが、黙って備品棚を整理していた。
古びた茶器を丁寧に並べ替え、資料の隙間にさりげなく手を伸ばす。
誰に頼まれたわけでもない。
けれど、そこに確かに、支部を支える“手”があった。
一角では、サラ=メルトが無言で書類を分類していた。
音もなく動くその手つきは、熟練の証そのものだった。
そして。
応接スペースの片隅で、ミーナ=ルクトリアが、依頼人の話に耳を傾けていた。
まっすぐではない。
少しだけ肩をすぼめ、相手に合わせるように身を傾けながら。
真剣に、相手の言葉を拾おうとしている姿。
アルフォードは、ふと足を止めた。
──これらは、どれも報告書には載らない光景だ。
数値でもない。
成果件数でもない。
けれど、確かにこの場所を支えているもの。
(……ああ)
第一号台帳に走り書きされていた、あの言葉が脳裏によみがえる。
『成果は数字だけで測れない。人は、聞いてもらえたことを、忘れない』
ゴルザン=ルクトザークの筆跡。
あのとき、書き残された小さな一文の意味。
ようやく、ほんの少しだけ、掴めた気がした。
(……満足の正体は、ここにあったのか)
アルフォードは深く、静かに息を吐いた。
すべてを理解できたわけじゃない。
まだ、言葉にできるほど整理もできていない。
けれど。
──見落としていた余白に、確かに“何か”が宿っていた。
その事実だけは、もう否定できなかった。




