椅子の並びがずれている
朝の支部は、いつも通り静かに動き始めていた。
カウンターではリリアとサラが、窓口業務の準備を進めている。
資料室のほうからは、ベイルが静かに書類を整理する音が聞こえる。
一見、何も変わらない日常。
──のはずだった。
「……椅子の位置が、落ち着かないな」
低くぼそりとした声が、休憩室のほうから漏れてきた。
振り向くと、マルコが腕を組み、休憩室のテーブルをじっと睨んでいた。
支部備品の管理者であり、物の配置に異様なこだわりを持つマルコが、珍しく眉をひそめている。
「どうかしましたか?」
ミーナが近づくと、マルコは小さく首を振った。
「いや……なんか、座ってもしっくりこねえんだ」
それだけ言うと、マルコは無言で椅子を引き直し、また元の姿勢に戻った。
(椅子の位置……?)
ミーナもそっと休憩室を見回す。
椅子とテーブルの並びは、ぱっと見、いつもと変わらない。
けれど──確かに、何かが微妙に違う気がした。
リリアがカウンター越しにひらりと手を振った。
「マルコさん、細かいな〜。でも、わかる気もするかも」
軽い冗談めかして言ったが、その表情はどこか、ぎこちない。
(……リリアさんまで?)
ミーナは改めて、支部全体を見渡す。
書類の山はいつも通りだ。
カウンターも、資料室も、備品棚も、ぱっと見は整っている。
だけど、空気だけが、ほんのわずかに違っている。
(やっぱり、変わったんだ──)
かすかな違和感が、胸の奥にひっかかる。
椅子の並びがずれている。
だけど、それは単なる配置の問題じゃない。
きっと、支部そのものが、少しずつ、見えない形を変え始めているのだろう。
ミーナは小さく息を吸い、心を落ち着けた。
今日もまた、自分にできることを探そう。
静かに、そんなふうに思いながら。




