君が担当でよかった
夕方近く、支部の一角。
ミーナは、カウンター裏で深呼吸をひとつしてから、応接スペースへと向かった。
そこには、一人の依頼人──若い男性が、落ち着かない様子で座っていた。
「お待たせしました。本日担当いたしますミーナ=ルクトリアです」
「……レイト=ヴァレンタです。よろしくお願いします」
レイトと名乗った男性は、ぎこちない笑顔を浮かべながら、ぺこりと頭を下げた。
(緊張してる……初めての職探しかな)
ミーナは、そっと柔らかい声を意識する。
「大丈夫ですよ。ここは、焦らなくてもいい場所ですから」
レイトの肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。
まずは、これまでの仕事についてゆっくり話してもらう。
レイトは、小規模な革の卸商会で事務員として働いてきたという。伝票整理、在庫管理、帳簿付け──地味だけど、なくてはならない仕事だった。
「……不満があったわけじゃないんです。ただ、何か変えたくなって」
レイトは言葉を選びながら、ぽつりと続けた。
「でも、今の商会にも恩があって。僕を雇ってくれた人たちに、何かしら返したいって……。だから、すぐに辞めることにも、踏み切れなくて」
ミーナは黙って頷いた。
焦って答えを急がない。ただ、レイトの迷いをそのまま受け止める。
「本当は、何がしたいんでしょうね……」
レイトは、手元をじっと見つめながら呟く。
ミーナはそっと手元のファイル──アルフォードが用意した適職リストに目を落とし、静かにそれを伏せた。
(効率的に“最適な職業”を斡旋するなら、これを見せればいい。
でも、それだけじゃ、この人には届かない)
「レイトさん」
ミーナは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「変わることも、立ち止まることも、どちらも勇気がいることです」
レイトが、はっと顔を上げた。
「いまの場所を離れるか、それとも、もう少しだけ踏ん張ってみるか。
それを決めるのは、レイトさんご自身です」
そして、そっと資料を差し出す。
「ここに、あなたの特性を活かせる仕事もあります。でも、選ばないという選択肢も、ちゃんとあります」
レイトは、ゆっくりと資料を受け取った。指先で何度も表紙をなぞりながら、黙って頁をめくる。
ミーナもまた、そっと手を伸ばし、指先で一枚一枚を丁寧に整える。
(この瞬間だけは、間違えたくない)
沈黙が、静かに流れた。
やがて、レイトは小さく息を吐いた。
「……焦らなくても、いいんですね」
「はい。焦らなくて、大丈夫です」
レイトは、少しだけ、笑った。
そして、立ち上がると、深々と頭を下げた。
「……ありがとう」
一拍置いて。
「……君に、会えてよかった。君が担当してくれて本当に、よかったよ」
ミーナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
支部の扉が静かに閉まった後も、ミーナはしばらくその場に立ち尽くしていた。
カウンター奥で様子を見ていたカミーユが、ぱちぱちと小さな拍手を送ってくる。
「ミーナ先輩、素敵でしたわ!」
リリアも、遠くからひらひらと手を振る。
サラは、無言で温かいお茶を置いていった。
(うん……これで、よかったんだ)
ミーナは、カップを手に取り、小さく笑った。
ラストリーフ支部は、今日もまた、静かに誰かの背中を押していた。
──そして、レイト=ヴァレンタの物語も、まだどこかで続いているかもしれない。




