このフォーマットじゃ見えませんわ
数日後、支部の一角──窓口カウンター裏の小さな応接スペース。
ミーナは、カミーユを連れて、依頼人との初めての実地対応に臨んでいた。
「では、こちらの用紙にご記入をお願いします」
カミーユが笑顔で依頼人にフォーマットを手渡す。
そのフォーマットは、アルフォード支部長が導入した標準書式。
──希望職種、経験年数、強みを三つ、すべて数値化して記入すること──
依頼人は、眉をひそめながらペンを握った。
「……こういうの、ちょっと苦手で……」
ミーナはそっとフォローに入る。
「大丈夫ですよ。ゆっくりで結構ですので」
(やっぱり、難しいよね……)
心の中でため息をつきながら、ミーナは依頼人を見守った。
──数値で語ることが、必ずしもその人を表すとは限らない。
かつてのゴルザン支部長なら、こんなフォーマットを笑い飛ばしていたかもしれない。
「字が下手でもいい、書けるとこだけで十分だ」
そんな豪快な声が、幻聴のように蘇る。
依頼人は、なんとか欄を埋め、苦笑いしながら用紙を差し出した。
カミーユがそれを受け取り、ミーナに目配せする。
(うん、ありがとうカミーユさん)
書類を確認しながら、ミーナはふと、カミーユの表情を見た。
少しだけ、困ったような顔をしている。
応接スペースを離れ、カウンター裏に戻ったところで、カミーユが小声でつぶやいた。
「……このフォーマットじゃ、見えませんわね」
「え?」
ミーナが振り返ると、カミーユは書類を見つめたままだった。
「皆さまがどんな想いでここにいらしたのか、数字だけでは、やっぱり見えてきませんわ」
ミーナは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(カミーユさん……ちゃんと気づいてるんだ)
「そうですね。私たちの仕事って、たぶん……数字だけじゃ、測れないところもあるんだと思います」
そっと、カミーユに微笑みかける。
カミーユも、ほっとしたように微笑み返した。
「ゴルザンさんなら……どうなさったかしら」
その言葉に、ミーナは一瞬、目を細めた。
(ゴルザンさんだったら……たぶん)
「きっと、『まずは茶でも飲め』って言ってましたね」
ミーナが笑うと、カミーユもくすりと笑った。
「ええ。数字や書式より、顔を見て、声を聞くことを大事になさってましたもの」
「……懐かしいな」
自然とこぼれるミーナの声。
そして二人は、思い出にひととき浸るように、沈黙が流れる。
遠くで、支部長室の扉がぴしゃりと閉まる音がした。
(……支部長には、内緒にしとこ)
ミーナは心の中で、そっと苦笑いした。
その様子を、遠くからリリアがニヤニヤしながら眺めていた。
サラは──無言で、そっと新しい案件ファイルを差し出した。
それだけで、気持ちを汲み取ってくれたのがわかった。
「……ありがとうございます」
思わず、ミーナとカミーユは小さく頭を下げた。
それぞれの手元に積み重なる書類と、静かな支え合いだけが、そこにあった。
ミーナは改めて思う。
(私たちは、きっと、まだまだ学ぶ途中なんだ)
でも、迷ってもいい。
間違っても、立ち止まってもいい。
大事なのは、誰かの未来に、ちゃんと手を伸ばそうとすること。
カウンター越しに、依頼人たちの笑顔がぼんやりと浮かんで見えた。




