22 悪役令嬢は策を練る
窓の外から吹き抜ける、さわやかな樹々の甘い匂い。ギラギラと道路のレンガを焼く鋭い日差し。春の気配はとうに失せ、季節はすっかり夏。夜会を終え、ようやく平穏な日常を取り戻したノアは、やけに深刻な口調で目の前の従者に向けて口を開いた。
「作戦会議をします」
「うっわデジャヴ」
ついこの間聞いたようなその言葉に、従者……アルは、そう主人に冷ややかに返した。
そう、季節は夏。あの日、全てを思い出してから数ヶ月。つまりは学園生活が始まるまで、具体的にはあと八ヶ月。なんなら夏ももう中盤である。密度の高かった春を終え、夏をのんびりと過ごしていればすぐに季節は変わってしまう。このままではいつのまにか学園編に突入、ということになりかねない。それはよろしくない。……というか、ここ数ヶ月、攻略キャラ絡みのイベントが多すぎて、その場しのぎでいっぱいいっぱいになってしまった感がある。
ポンポン不意打ちで登場する攻略キャラクター達に、挙句の果てには狂い始めたシナリオ。
それらはノアを混乱させるには十分すぎるものだった。
そう、だからこそ。
だからこそ、ここで一度しっかりと現状を理解、把握し、これからの方策を打ち立てるべきではないだろうか。
特に、攻略キャラ達への対策は必須だ。
まぁどこぞのノワール家のプライドバリ高シスコン野郎は置いておくとしても、王子、テオ、リーオには今のところ目立って敵意は感じられない。なんだかんだ、なあなあで済ませてしまっているのが現実である。あくまでも最終目標は彼らの好感度をガン下げしておくこと。いつまでたっても『キィィあの顔面大勝利組め!!』と言っているわけにもいかない。何とかせねば、と焦る気持ちもしっかりノアの中にはある。
「と、いうわけで。さぁ始めますわよ!」
ノアの凛とした声が、室内に響く。部屋のソファに優雅に腰掛けた彼女は、目の前のローテーブルにびらりと一枚、羊皮紙を広げてペンを握った。
ちなみに、一人でやるよりも、第三者の視点を取り入れた方がいいだろうということで、今日は休日であったはずのアルを無理矢理引っ張り出してきた。アルとしては完全にとばっちりだ。
「始めるのはもう構いませんけどねぇ。俺を呼び出すにしたって、まず今日の必要あります??」
ノアの真正面のソファに腰掛け、アルは言う。
普段は穏やかな笑みを称えているその口元も、今は完全に不機嫌そうに歪んでいた。休日に呼びつけられて、流石にご機嫌ナナメらしい。
「あら、いいじゃない別に。思い立ったが吉日って言うでしょう?」
「ったく……久々に実家に帰る予定だったのに……」
「珍しいですわね、貴方のクセに。そういえば弟達はお元気?」
「俺のクセにって何ですか……。ええ、元気ですよ。全員漏れなく反抗期真っ最中ですけどね」
「……むしろあのメンツがいい子だった時期なんてありますの?」
「……ないっすね!」
諦めたようにニッコリといい笑みを浮かべたアルに、ノアもただただ苦笑を漏らす。彼もどうやら、しっかり兄として苦労しているらしい。
「……なんなら、今すぐにでも帰ります?」
少し悪いことをしてしまったような気がして、ノアはそう切り出した。思い立ったが吉日とはいうものの、彼の予定を押し退けてまでやることではあるまい。しかしアルは小さく首を振って
「別にいいですよもう……。どうせ向こうも大した用はないでしょうし」
と、そう答えた。イェスと言う時はちゃんとイェスと言える男である。彼がそう言うなら本当に構わないのだろう。ならば気にする必要もない。ノアは端的に「そう」と言葉を返し、改めて目の前に広げた羊皮紙に向き合った。
「じゃあ……そうね、やっぱり最初はウィリアム様について、かしら」
ウィリアム、と名前を記し、その下に現状好感度、それから対策と文字を連ねる。
しかし、彼についてはもうすでに対策は打ち立てている。イケメンに対する耐性をつけた上で、ベタベタしまくり嫌われる……というのが春に掲げた目標だったはずだ。達成できているか、と聞かれれば答えは否なのだが。
「そういや、王子といえば。会食の件はどうなったんですか?」
「ああ……昨日手紙が届いてましたわ……。とりあえず、この間言っていた通りせめてマトモにウィリアム様の顔が見られるよう『特訓』をするつもりのようですわ」
「はは、死期も近いですね」
そうアルは乾いた笑いを漏らす。ノアとしては全く笑い事ではないのだが。
「でも、よくよく考えればおかしいですわよね。これまでそれなりに無礼を働いているはずなのだから、そろそろ嫌ってくれていいはずなのだけれど」
「……嫌う、っていうよりは、面白いオモチャ扱いされてるんじゃないですか?」
「……そう考えるとやっぱり胃が痛いですわね……」
その特訓、とやらも最早遊ばれる予感しかしない。未だイケメン写真集でヒィヒィ言っているというのに、あんな綺麗な顔を長時間相手にするだなんて、胃が確実に死んでしまう。
「……やめましょう、彼について考えるのは。次ですわ、次!」
あの顔を思い出すだけで、正直動悸がするのだ。……勿論、恋のトキメキのような、そんな甘っちょろいタイプのやつじゃなくて。羊皮紙に『気合い』と記し、ノアは次に移る。
「さて……次は、リーオですわね」
ウィリアムの名前の隣に、同じようにリーオの名前を書く。
「リーオ様、ですか。……リーオ様は、あの後……?」
「軍人になるための勉強を頑張っているみたいですわよ。……まぁ、セリーナ様の死を引きずっていないわけではないでしょうけれど」
だが、それを乗り越えようとしている。母との誓いを遂げる為、懸命に努力を重ねている。彼は強い人だ。きっと、いつか目標を達成するだろう。
「……それを支えてあげるわけにはいかないのだけれど、ね」
ノアは悪役令嬢なのだ。……攻略対象を支え、励ますなんて、そんなのは、ヒロインの仕事だろう。
「ま、現状好感度は……こんなものかしらね」
星を五つ書き、そのうち三つを黒く塗り潰す。
妥当な判断だろう。別に過度に好かれてもいないし、嫌われてもいない。
「……いやぁ、お嬢様って何気に自己評価低いですよねぇ」
「……は?何が言いたいのよ」
「いえ、別に」
やれやれ、とでも言わんばかりに首を振るアルを不思議に思いながらも、ノアはとくに追求することもせずまたペンを握り直した。
「さて、次は対策ね。何をすれば良いかしら?」
「さぁ。俺なんかには検討もつきませんよ」
「あら、冷たいじゃない。何かあるでしょう何か」
「……いやぁ、ぶっちゃけ何しても手遅れだと思いますけどねぇ。好感度というか、友好度は間違いなくマックスでしょうし」
「……そう、かしら? 別に、アレは周りに対してはいつもああいう感じですわよ」
というか、彼が誰かを邪険に扱うところがノアには想像できないくらいだ。いや。それはそれで困るのだが。できることなら、ノアは彼にもしっかり嫌われておきたいのだから。
……しかし、考えたところで答えが出ないのも事実だった。
—— 仕方がないですわね、保留にしときますか。
そう思い、ノアは対策の欄に保留と記入する。まぁ、つっけどんな態度でも取っておけば、勝手に向こうも引いてくれるだろう。そう安直な考えに至ったノアに、アルは呆れ気味に「……これだからこの人は」と小さく息を吐いたのだった。
「さて、次は……」
そう呟いて、次の名前……ファーガスの名を記そうとした、その時だった。
開け放った窓の外から、物凄い怒声が聞こえてきたのは。
「おうコラ、てっめぇぇぇぇ!!! ふざけんなよ出てこいタコ助ぇぇっ!!!」
「……っは?!」
室内にまで、しっかりと響く男の声。否、男というにはまだ若干幼いか。しかし、ひしひしと怒りを感じ取れる、芯の通った声だ。
お互い、しばらく呆気に取られて。
先に動いたのは、アルの方だった。どうやら全てを察したらしく「あのヤロ……っ」と小さく呟いて、ツカツカと窓に歩み寄る。そして窓から身を乗り出して、スゥッと大きく息を吸い……
「っ誰がタコ助だ馬鹿弟ぉぉぉぉっ!! 人様の敷地で叫び散らすなぁぁぁっ!!お兄ちゃんはお前をそんな風に育てた覚えはないぞこのチンピラぁぁぁっ!!」
「……いや、それを言うなら貴方もですけどね」
軽くツッコミを入れつつ、ノアも窓からひょこりと顔を出す。……すると案の定、そこにいたのは特徴的な金髪のツンツンヘア。……右手に握った鉄パイプに、ああやっぱりと苦笑する。
「テッメーに育てられた覚えなんかねーっつーのクソ兄貴!! 死ねボケェッ!!」
そう、青年は盛大に悪態を吐く。
なるほど、歳も背も大きくなったが、その分しっかり態度もデカくなったらしい。反抗期も頷ける。
……彼の名前はロイ・スニットソン。
街一番のチンピラであり……ここにいる従者、アルの弟である。
お久しぶりです。何とか生きてます。ここ数日立て込んでおりますので、投稿頻度が週二を維持できなくなりそうです。週一で一本は何とかキープしたいと思っておりますので、申し訳ありませんがよろしくお願いします。




