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21 悪役令嬢と女装男爵

 テオ・フリットウィックについて語るには、少しややこしい話に触れなくてはならない。


 それが、フリットウィック家について。


 フリットウィック家は、何度も言う通り、最近男爵家になったばかりの成り上がりだ。貴族の新入りのようなもの。しかし家としての歴史は長く、古くから金融業で命脈を保ってきた。そんなフリットウィック家では、五百年程前からある言い伝えが語り継がれている。


『フリットウィック家に産まれた男の子は、悪魔に連れ去られる』と。


 なんでも昔、当時のフリットウィック家の当主が妻に浮気をしたそうだ。そして怒った妻が悪魔と契約し、フリットウィック家に呪いをかけた。家に生まれた男を皆殺しにしろ、と。勿論、自分を裏切った男との間に生まれた、愛息子も含めて。妻はフリットウィックを呪い、その血を絶やそうとしたのだ。

 そして、その呪いは成功。家にいた男の子は皆死んだ。長男は疫病で。次男は強盗に襲われて。そして三男は、気が触れて自ら命を絶った。


 すっかり呪いを信じた当主は頭を悩ませた。悪魔の目を欺くには、どうすれば良いのか、と。そしてその結果、ある一つの決まりごとを作った。それが、女装をすること。

 フリットウィック家に産まれた男の子は皆、成人とされる十九歳になるまで女装をし、女の子として生きるよう定められた。そうすると、新しい妻との間に出来た子はすくすくと何事もなく育ち、立派な男に成長した。


 それ以降その言い伝えと決まりは脈々と受け継がれ、今日に至るわけだ。


 そしてテオ・フリットウックも、その例に漏れず今は少女として生きている。


 あくまでも『今』は。


 そう、ラブロイ本編では彼はしっかり男の姿で、ありのままの姿で登場する。実はこの少女の姿は家族を欺く為の仮のもので、学園では中性的な可愛らしい見た目を武器に、次々と女の子を虜にして遊んでいたのだ。ウィリアムやファーガスのように、彼もまたポジション付けするなら、小悪魔系腹黒男子、と言ったところだろうか。小柄で可愛らしい見た目とは裏腹に、その女遊びの激しさは学園中に知れ渡っている。もちろん、女の子を泣かせるような真似はしない。誰とでも平等に、ただし深く繋がりすぎないのが彼だ。本家に知られていない辺り、その手腕も見て取れる。しかし洋服は好きなようで、こっそり洋服のデザイン画を描いている。ウィリアム、ファーガスと同じく、学園ではエリートのみ入る事を許される、生徒会執行部の会計を担当しており、重度の銭ゲバ。金融業を家が営んでいるせいか、お金への拘りは強く相当な守銭奴である。


 ヒロイン、フィオに近づいたのも、当初はその財力が目的だった。ロザリアとファーガスが婚約関係にあるとはいえ、ファーガスはロザリアを愛してはいない。フリットウィック家への金銭的援助もそれ程のものしか期待できなかった。そこで目をつけたのがフィオ。テオはフィオを自分に惚れさせ、より一層フリットウィック家とノワール家の関係を強化しようとしたのだ。しかし彼女と関わる内に、その優しさに段々と絆されていき、テオもフィオに想いを寄せるようになる。だがそこで、一族に掛けられた呪いが発動し……と、まぁ色々あるが、上手くいけば最終的には他のキャラクターと変わらずハッピーエンドを迎える。まぁ、悪ければヤンデレルートからの監禁エンドに真っ逆さまなのだが。お金への執着心からも分かるように、彼は自分の欲しいものは意地でも手に入れるタイプで、その為なら何だってする。

 ……そして。だからこそ、厄介だった。


 もし、彼がフィオに惚れたとして。

 欲しいものを手に入れる為ならなんでもする彼が、果たして悪役令嬢ノアを生かしておくだろうかと聞かれれば。そんなの答えはNOに決まっていた。自分の愛する人を害するノアを、彼はきっと許さない。実際、ゲームの中で、テオはフィオいじめの主犯がノアだと分かった時、ノアを殺しかけたことがあった。あの時はフィオがストップをかけたお陰でなんとか助かっていたが、ゲームが現実となった今、そんなミラクルが必ず起こるとも限らない。フィオに止められる事なく、糾弾イベント発生の前に、テオはノアに剣を振るうかもしれないのだ。そしてさすがにそれは、ノアもごめんだった。

 だって、没落する前に殺されたってこちらにはなんの旨味もないのだから。没落し、虐げられた末に殺されるのならともかく、ただの復讐ごときで殺されてはたまらない。


 ……それじゃあ意味がない。


 しかもイケメンに殺されるなんて、それこそゾッとする。


 —— 冗談じゃありませんわよ、そんなの。


 心の中で呟いて、ノアは目の前で無邪気に笑う少女を警戒するような目付きで見やる。しかし少女……もとい、テオは特にそれを気にする様子もなく、ロザリアと談笑を続けていた。


「どうしたんですかお嬢様、もの凄い顔面してますよ」


「いえ……帰ったら話しますわ。っていうか言い方に悪意がありますわよね」


「はは、イヤまさか。俺お嬢様の今の顔がぶっっさいなんて一言も言ってないですよ?」


「解雇」


「すみません冗談ですって」


 へらりと笑うアルを睨みつけ、ノアは二人へと再び意識を戻す。そう、彼の相手はいつだってできる。今相手にすべきは彼らだ。


「で、ロザリア、この子達は?」


 丁度、テオがそう言ってこちらに目を向けた。

 どうやら忘れていたわけではなかったらしい。ロザリアは兄の問いかけに、嬉しそうに笑って「私の友人よ」と答えた。


「友達……ですか? 本当に?」


「ええ、本当よキース」


 そう、従者らしき男に向けて胸を張るロザリア。男……キースは疑わしげに、その紫の瞳でノア達をジロリと見やる。


「友達……? 本当に……? お嬢様に……?」


「語弊があるわね? それじゃあまるで私に友達がいないみたいじゃない」


「事実でしょう。大丈夫ですか、幻覚じゃないですか?」


「失礼ね、ちゃんと存在してるわ」


「詐欺じゃなくて?」


「ナメてんのアンタ」


 まるでどこかで見たことのあるような従者とロザリアのやり取りに、ノアの口元に思わず苦笑が浮かぶ。ロザリアは「んんっ」と咳払いし、改めてノアを手で指した。


「この子はノア。で、こっちが従者のアル、だっけ? 今日の夜会で偶々知り合ったの」


「初めまして、ノア・オルコットですわ」


 ロザリアの紹介に合わせ、ノアもドレスのスカートをつまみ、優雅に一礼する。アルも後に続いて、ぺこりと頭を下げた。


「はじめまして、ノアちゃん! 僕はテオ・フリットウィック! 気軽にテオちゃんって呼んでよ!」


 そう言って、テオはにっこり、可愛らしく微笑む。少女よりも少女らしいその笑みはまるで花が咲くように可愛らしい。


「え、ええ、よろしくお願いします」


 若干引き攣った笑みを浮かべながら、ノアもそう返す。挨拶と共に差し出されたテオの右手には気付かないフリをした。いくら女装しているとはいえイケメンはイケメン。会話くらいは出来るが、接触はやはり厳しいのだ。しかしテオはそれに気を悪くした様子は見せず、そっとその手を元に戻した。


「え、えと、も、もしかしてオルコット家って、あの公爵家のですか……?」


 ノアとテオの会話がひと段落付いた、と見たところでソロソロと、テオの隣で手が上がる。声の主であるキースは、おっかなびっくりそうノアに向けて問いかけた。


「ええ、まぁ」


「これはこれは、し、失礼しました! 私フリットウィック家の従者のキース・ハーラルと申します!!」


 ノアの答えを聞くなりそう言って、キースは凄い勢いで直角に頭を下ろした。ブンッ! と擬音が聞こえてきそうな程勢いよく下げられた頭に、ノアもアルも呆然とキースを見やる。歳はアルと同じくらいだろうか。黒髪に紫の瞳が良く映えるが、今はそのストレートヘアの頭しか見えない。


「あー、そんなに畏まらなくてよろしくてよ。別に、ロザリアもこんな感じだし、ねぇ?」


「そうよそうよ、身分なんて知ったこっちゃないわ」


「いやそれもそれでどうかと思いますけどね」


「そうです、そういうわけにはいきません!! 強いものには全力で媚を売れ、と厳しく教育されておりますので!!」


「一周回ってふてぶてしいですわね……?」


「何卒!! フリットウィック家を!! よろしくお願い致します!!」


 重ねて頭を勢いよく下げるキースに、思わず二人の顔が引き攣る。「……また濃いのが出てきたなぁ」というアルの呟きが聞こえたのか、ロザリアは頭を抱えて、


「無視して頂戴」


 と溜息を吐いた。どうやらこれが通常運転らしい。


「っていうか二人共、一体何処に行ってたのよ。探してたのよ、ずっと」


 そう、ロザリアは二人に問いかける。

 口ぶりからして、どうやら二人一緒に来ていたらしい。なるほど、従者を連れていなかったのもそれで合点がいった。連れてこなかったんじゃなくて逸れたのか。


「馬車を降りて、玄関に向かったらもう居なくなってたんだもの。びっくりしたわ」


「いやいや、そんなのこっちの台詞だからね?僕達の方こそ、ずっとロザリアを探してたんだよ〜?」


 不満げなロザリアに、テオがそう言葉を返した。するとロザリアはきょとんとした表情を浮かべて「あら、そうなの?」と聞き返す。


「そうだよ、馬車から降りたら、キースと二人でスタスタ歩いて行っちゃってさ! 慌てて追い掛けて、キースには追いついたけどコイツ、ロザリアを見失った後で 」


 ぷぅ、と頬を膨らませて言うテオに小突かれ、キースはバツが悪そうにへらりと笑う。


「いやでもロザリア様、歩くのめちゃくちゃ早いんすもん……。いくら愛しのファーガス様に早く会いたいからって、少しくらい待ってくれても……」


「は???」


「ヒェッ、何すか?! 何そんなにキレてんすか! あ、もしかして喧嘩でも……って痛い痛い痛い!! ギブです! 手首はそっちには曲がりませんロザリア様!!」


「いやぁ的確に地雷を踏んだなぁ……」


「んん、あれは踏んだというか踏み抜いたというか……」


 どうやら何処ぞの従者と同じく一言余分に本音が出てしまうタイプらしい。ロザリアに技を掛けられて身体がとんでもない風に曲がっているが、あれは大丈夫なんだろうか。


「あーいいよ、気にしないで。アレはいつもああいう感じだから」


 そう言って、二人のやり取りを眺めていたテオが苦笑を浮かべる。それから「さっきはごめんね」と、言葉を付け足した。


「さっき?」


「ほら、夜会が始まる前。僕、君にぶつかっちゃったでしょ?」


「……あ、ああ!」


 言われて、ようやく思い出した。そうだ、そういえばこの姿、何処かで見たことがあると思ったら先程玄関で後ろからぶつかってきた少女だった。


 —— うーん、普通に気がつきませんでしたわ。まさかもう既に彼に会っていたなんて。


 まぁテオの女装姿は、本編には登場せず、おまけとしてスチル絵が付いてくるだけだ。前世のノアはそこまではプレイしてなかったし、思い出せなかったのも無理はないのだが。


「本当ごめんね、キース達を探してたから急いでたんだ、怪我は無かった?」


「え、ええ。平気ですわ」


 心配そうにこちらを見つめるアクアマリンの瞳に若干たじろぎながらも、ノアは平静を装って答える。……と、ふと、若干忘れかけていたアレの存在が、ノアの脳裏をよぎった。


「……アル、そういえば、あれ」


「……あ。ああ!」


 ノアが例の物を取り出すよう促すと、アルは一瞬きょとんとして、でもそれからすぐに懐に手を突っ込んだ。どうやらアルもその存在を忘れていたようだ。


「えっと、テオ様、これなんですけれど……」


 アルの手からそれを受け取り、ノアは手のひらの上で美しく紫色に輝くそれを……ブローチを、テオに見せた。するとテオはその瞳を大きく見開き、爛々と輝かせる。


「あ、あったーーーーーーっ!!」


 嬉しそうなテオの声が、玄関中に響く。周囲の人間がこちらに訝しげな視線を送るのにも構わずに、ノアの手からブローチをひったくると、テオはその場でぴょんぴょん嬉しそうに飛び上がった。


「ありがとう! ありがとう!! これ、ずっと探してたんだ!! よ、良かった……見つかって……」


 心底ホッとした様子で、テオはブローチをぎゅっと握りしめる。とても大事なものだったようだ。なるほど、先程何かを探しているように見えたのはこれだったようだ。


「会えて良かったですわ。ぶつかった時これを見つけたものだから、きっと貴方の物だと思っていましたの」


「そっか、あの時か……! いや、本当助かったよ! ありがとね!」


 にっこにこの笑みを浮かべながら、テオはノアにもう何度目かの感謝の言葉を伝える。そしてブローチを胸元に付けるなり、懐から何かを取り出した。


「これ、お礼と言ってはなんなんだけどさ。ウチが今度主催する、お茶会の招待状。良かったら是非来てよ!」


 言って、テオはノアに白い封筒を手渡す。封筒にはしっかりと、鷹の紋章が刻まれた赤い蝋で封がされていた。


「あら、いいアイデアだわお兄様。是非いらっしゃいな、ノア。私、貴女ともっとお話ししたいわ!」


「は、はぁ……」


 —— これは、イエスと言うべきなのかしら。


 本来嫌われなければならない相手なのに、随分と懐かれてしまった。悪役令嬢を演じるのなら、できればこの封筒は受け取るべきではない。突き放して、なんならビリビリに破いてやるべきだ。


 ……しかしなんだかここまでくると断るのも悪いような気もする。


「わ、分かりましたわ。都合を見て、またご連絡差し上げますわね」


 曖昧に微笑み、ノアは受け取った封筒をアルに預ける。


 とりあえず、一旦保留。


 テオが出てきた事も鑑みて、行動を起こすのは色々考えてからの方がいいと考えたのだ。


「なら次に会うのはきっとそのお茶会ね。まだ少し先だけど楽しみにしてるわ、ノア」


 そう、ロザリアは無邪気に笑う。ノアはなんとも言えない気持ちに苛まれながらコクリと頷いた。


「それじゃ、そろそろ俺達も行きましょうか。他の方々は殆どもう帰ってしまわれたみたいですし」


 アルに言われて辺りを見回すと、確かにもう玄関ホールにいるのはノア達と、あとまばらに数人貴族が残っているだけだった。気がつけば、もう時計の針も十時を回っておりそれなりにいい時間だ。少しお喋りが過ぎたようだった。


「じゃあまたね、ノアちゃん。いい返事、期待してるよっ!」


 ひらひらと手を振るテオに、同じように手を振り返し、背中を向ける。


 ようやく外に出ると、外は驚くほど静かだった。夜の闇が辺りを覆い、空には月だけが煌々と輝いている。少し冷たい風が頬を撫でれば、なんだか一日の疲れがドッとのしかかってきたような感覚がノアの体を襲った。


「……つ、疲れましたわね」


「まあ、あれだけ濃い夜会でしたからね。お疲れ様です」


 隣を歩きながら、アルは主人に労いの言葉をかける。馬車は少し先のところに停めてあるので、ここから数分程度歩かなければならない。


「本当、無駄に広い庭ですわねぇ、オルコット家といい勝負ですわ」


「確かに。この庭がなければ、馬車もすぐ近くに停められたんですけどね」


「もう疲れた……帰りたい……」


「頑張ってください。屋敷に着いたら、ホットミルクをお淹れしましょう」


「ええ、お願いしますわ……」


 月明かりに照らされて、二人の影が庭の小道を進んでいく。……その夜の静けさは、なんだか酷く不気味だった。



 ……二人を追うその視線は、闇の中に溶けて、やがて誰にも気づかれないようひっそりと消えていった。















「……ふぅ」


 青年と少女の影が、夜の闇に溶けたのを確認したところで、少女は小さく息を吐いた。ノワール家本邸の、誰からも忘れ去られたような部屋の片隅。少女の美しい金髪は、月光に照らされてまるで金糸のような光を放つ。憂鬱に、漏れた溜息は埃っぽい部屋の中に消えた。


 そしてそれに、びくりと肩を揺らす影が一つ。

 細身に長身の、身なりのいい男性。身につけているものから、どう見ても貴族の出であることがはっきり分かる。しかしその髭面からは、今じゃ威厳はカケラも感じ取れない。


「あ、あの、それで。……これで、私の仕事は終わりですよね?」


 震える声で、男はそう少女に問いかける。

 外見にまるで似つかわしくない言葉遣いだ。

 まるで、そう。何かに怯えているような。


「そうよ、これで貴方の仕事はおしまい。契約は完了だわ、どうもお疲れ様」


 窓の外から目を離さぬまま、少女は至極どうでも良さそうに言う。しかし男はそんな態度意にも介さず、期待に満ちた表情を浮かべた。


「で、では! 我がヘースティングズ家への援助は! 続行していただけると……!」


「ええ。そうね。お兄様にお願いしておいてあげる」


「っ……!ありがとう、ございます……!これで、これで……」


「でもね」


 ……そう、男の言葉を遮って。少女はようやく、その目をゆるりと男の方へ向けた。美しい、淡いピンク色の瞳。しかしその目が浮かべる光は、酷く冷たいものだった。


「貴方はもう、お兄様の怒りを買ってるわ。きっと私がいくら言ったって、聞きはしない。夜道には、気をつけた方がいいわよ、子爵。

 ……だってほら、私に脅された事を告げ口する前に、誰かに殺されちゃうかも」


「……あ、そ、ん、な……。それじゃあ、一体、何のために……」


 ふふ、と。可愛らしい少女の笑い声が部屋に響く。絶望しきった表情を浮かべる男の前で、少女は可憐に笑う。まるで、物語のヒロインのように。


「ああ、素敵ね。このギフトのお陰で、全部私の思うがまま……! だって、間違えたりなんてしないんだもの」


 カツ、カツと少女の靴底が木の床を打ち鳴らす。楽しげに、嬉しそうに、少女はくるくると回り始める。そして窓の外を……どこか遠くを見据え、うっすらと口端を釣り上げた。


「……さぁ、ここからが本番よ。ちゃぁんと、私の台本通りに演じてね?」



 物語は既に始まった。舞台は容赦なく回る。


 果たして、台本は誰の手に。

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