シール・サーペント
ラグナとフィックスの猛攻に翻弄されながらも、シール・サーペントは倒れない。
それどころか、HPはほぼ満タンだ。
「何が起きてるかぁ、わかりますぅ?」
流石に異変を感じたのか、フィックスがラグナに尋ねてくる。
無理矢理連れてきた相手が知ってると本気で思ってるのだろうか。
「うるさい」
戯言には耳を貸さず、ラグナは淡々と逆鱗を狙い撃つ。
「……もしかしてぇ、逆鱗に秘密があるんですかぁ?」
「うるさい」
その一撃で弾が切れた。
銃を素早く手元に戻し、シリンダーを回転させて、弾を再装填し、再び逆鱗を撃つ。
「シャァァ!」
サーペントが反撃に転じた。
フィックスが鈴を鳴らす。
何度も繰り返されてきた攻防だ。
ラグナは離れ過ぎず、かと言って巻き込まれないように、軽く避けて銃を構えた。
「シャァァ!」
「は?」
サーペントはフィックスを無視して、ラグナへと向かってくる。
フィックスが攻撃を引きつけるから大丈夫だと考え、今にも引き金を引かんと狙いを定めていたラグナに躱す余裕はない。
「くぁ……」
サーペントの体当たりを喰らい、ラグナの矮躯は高々と飛ばされた。
そこへ追い打ちをかけるように、サーペントの巨躯が迫る。
己の油断が生んだ隙だ。けれど、それを理由に諦めるいわれはない。
ラグナは銃口をサーペントに向け、引き金を引いた。
撃って。撃って。撃って。撃って。
ありったけの弾丸を見舞ったが、サーペントは止まらない。
地面で必死に鈴を鳴らすフィックスには一瞥もくれることなく、ラグナを喰らわんと大口を開けた。
明らかに、ラグナの方が危険だと判断しての行動だ。
「……やるしかないわね」
ラグナは弾丸を再装填し、手放した。黒塗りの銃が漆黒の大蛇に飲み込まれーー
「【暴発】」
ーー爆ぜる。
「シャァァ……」
口内での爆発は流石に耐えられなかったらしく、サーペントが倒れた。
HPも2割近く削れたが、それを繰り返して倒せるような、予備の銃がラグナにはない。
ついでに食べられこそしなかったが、落下は防げない。
受け身すらまともに取れず、ラグナは地面に落ちた。
落下サーペントに突き飛ばされた分を合わせれば、かなりのダメージだろう。
だが、起き上がったラグナのHPは満タンだった。
「……うっざ」
すぐさま理由に思い至り、ラグナはフィックスを睨みつける。
気を引けないとわかっても鈴を鳴らし続け、飲み込まれれば無駄になるとわかっていてもHPを回復したアタッカー兼ヒーラーを。
「無事でよかったですねぇ」
フィックスは笑みを返してくる。
「はぁ、うっざ」
「もしかしてぇ、悪態は照れ隠しですかぁ?」
「うるさい!」
反射的に言い返して、むしろ肯定するような発言だったとラグナはハッと目を見開いた。
本人は不本意だろうが、一連の仕草は傍から見れば照れ隠し以外の何でもない。
「…………」
墓穴を掘るまいと、ラグナは無言で大盾を構えた。
彼女の体がすっぽりと隠れてしまうそれは、ガラードに押し付けられた【騎士の大盾】だ。
さらに、ラグナは無言で手を差し出した。
「はにゃ?」
フィックスは首を傾げる。
「攻守交替。その鈴よこしなさい」
「ヘイトベルのことですかぁ?」
「名前なんかどうでもいいから!」
ニヤニヤして渡そうとしないフィックスの手から、ラグナは強引にベルを奪い取った。
「言っとくけど、予備の銃がないだけだから。あんたを護ってやるつもりなんかないから。ただ、攻撃は引きつけて隙は作るから、その間に逆鱗を壊しなさい」
「やけにこだわりますねぇ」
「仕方ないでしょ」
そう言って、ラグナは倒れるサーペントの頭上を指差す。
そこにあるのは、じわじわと回復し続けるHPバー。
「あの回復を超えるダメージを与え続けて倒すなんて無理でしょ?」
「ですねぇ。でもぉ、それが逆鱗とどぉ関係が?」
「馬鹿なの?」
「むぅ」
「一撃必殺の弱点部位破壊」
「あぁ~」
納得しましたぁ、と頷き、続けて首を傾げる。
「でもぉ、そんなカッコ良くてちゅーー」
「名前なんかどうでもいいから!」
ニヤニヤと笑うフィックスの言葉を、ラグナは強引に遮った。
銃が残っていれば間違いなく撃っていただろう。
自分の名誉にかけて、続きを言わせる訳にはいかなかった。
「ところでぇー」
「まだ何か?」
「弱点って、角じゃないんですかぁ?」
「1つだけなんて決まりはない」
「まぁ、そぉですねぇ」
納得したらしい。
もっとも、ラグナはそもそも角が弱点部位だとは思っていなかった。
なにせ、攻撃すれば怯みもするし、破壊も可能だが、ダメージ率は胴体と変わらないのだ。
それを確認するのにも一苦労したし、真の弱点が逆鱗だというのも、実践していたプレイヤーを見るまで思いつきもしなかった。
少なくとも、初めて挑んだ1回で気づくのは難しいだろう。
そんな経験があったからこそ、ラグナはそれ以上なにも言わなかった。
そもそも、説明する気がなかったとも言う。
「やるよ」
「はぁーい。それじゃぁ、全力120%発揮しますかぁ!」
揚々と宣言し、フィックスは途中で拾った夜色の斧を構えた。
「なにしてんの?」
「にゃは。持ち主がたぶん知り合いなんで後で返そうと思ってたんですけどぉ、小狐妖刀より攻撃力高いからぁ、借りちゃおかと?」
「……あっそ」
聞くだけ無駄だったと、ラグナはため息をついてサーペントの方に向き直る。
ラグナの捨て身ーー捨て銃かーーの一撃のダメージから回復したシール・サーペントがゆっくりと起き上がった。
「シャァァ……」
爬虫類独特の湿った瞳が見据えているのはラグナだ。
「来なさいよ」
「シャァァ!」
ラグナが鐘を鳴らすのと、サーペントが躍動するのはほぼ同時だった。
フィックスは素早く離れ、隙を伺っている。
大蛇はラグナを呑み込まんと口を大きく開いた。逃げることは出来ない。だからといって、盾の心得がないラグナには上手く防ぐことも困難だ。
変なプレイヤーに、嫌という程自覚させられた。
だが、それでいい。
ラグナの目的は隙を作ることと時間稼ぎだ。
サーペントを首ったけにさえすれば、呑み込まれても仕方ない。
その事は、ラグナなりの言葉で伝えてある。
伝わっているかどうかは問題ではない。問題はフィックスが言った通りに逆鱗を破壊出来るかどうかだけ。
「……全ては勝利のために」
覚悟を決めて、ラグナは全身に力を込めた。
「シャァァ!」
ーー飲み込まれる。その瞬間、ラグナは全力で盾を突き立てた。
完全に飲み込まれてしまえば、即死だ。
時間を稼ぐには口の中で抵抗するしかない。
薄暗くて、生暖かくて、前に後に左に右に縦横無尽に揺さぶられる感覚にただ耐え続ける。
気分が悪くなって強制ログアウトなんてなったら笑えない。それなら、サーペントの餌になる方がマシだ。
1秒が10秒にも1分にも感じる中、ラグナは盾の裏だけを睨みながら、耐えて、耐えて、耐え抜いた。
ふいに揺れが止まり、足場が消える。
ラグナは小さく笑みを浮かべ、重力に引かれるまま地面に落下した。
「だいじょーぶですかぁ?」
「……うっざ」
目の前に、狐のような少女の顔があった。
楽しそうな笑みを浮かべている辺り、本気で心配してるわけではないのだろう。
そもそもラグナのHPは彼女のおかげで満タンだ。
「大丈夫そうですねぇ。ならぁ、立ってもらえますかぁ?」
「なんでよ」
「新たな試練です」
精神的疲れを癒すためにもう少し寝ていたかったラグナだが、そう言われては立つしかない。
強敵撃破の余韻に浸って本命を倒す前に倒れては本末転倒だ。
果たして、フィックスの視線の先には新たな敵がいた。それも1匹や2匹ではなく、4匹。
ランド・アクア・フレア・ウィンドと4属性の名を冠するサーペント達が並んでいた。
「はっ、お礼参りってわけ?」
「呼んでないんですけどねぇ」
「言っとくけど」
「ふぉ? なんですかぁ?」
呑気な少女に向けて、ラグナは盾を見せつける。
「私、武器ないから」
「知ってますよん?」
「勝てるの?」
「もちろん、無理ですよ」
言葉とは裏腹にフィックスはコロコロと笑う。
「まぁ、盾役が居たなら2体同時までいけますし、逆鱗破壊も覚えましたけど」
「盾役ならわたーー」
「アレのどこが盾役ですか」
ふいに、フィックスの顔から笑みが消えた。
おてんば少女から一転、真剣な眼差しがラグナを見据える。
「これでもヒーラーですから、あんな捨て身の作戦は認めません。死にたいわけでもないでしょう?」
「……なら、どうすんのよ」
「はにゃ? 決まってるじゃないですかぁー」
茶化すように笑い、シリアスな雰囲気が霧散した。
急激な変化にラグナの顔に戸惑いが浮かぶ。
だが、その戸惑いが言葉になるよりも、早くフィックスはーー
「逃げるんですよ!」
ーー脱兎のごとく逃げ出した。
「ちょっ……」
ラグナを置いて。
「「「「シャァ!」」」」
フィックスを追うように、4体のサーペントが列を成して動き出す。
逃げ遅れたラグナは格好の的だ。
「人のことをなんだと思ってんのよ!」
ヒーラーとして捨て身は許さないという発言から一転、ラグナを囮にするように逃げた背中へ向かって、吠える。
大蛇の波は瞬く間にその距離を縮めーー四散した。
「え……?」
「にゃは。さっすがー」
困惑するラグナをよそに、フィックスは小さく笑っていた。




