領域解放戦・決着
【シール・サーペントが倒されました。
封印毒の効果は失われ、全てのプレイヤーのチート封印状態が解除されます】
そんな言葉が視界に浮かぶと同時に、全身を襲っていた倦怠感が嘘のように消えていく。
チートが封印された時と違って時間が止まらないのは、2回目だからか。それとも、力が戻ってくる時は止める必要がないという判断か。
そんなことを考えているうちに、俺が振り切った剣はライト・サーペントの横っ腹を切り裂き、四散させた。
「……タイミング悪いなぁ」
せっかく、コツコツと削っていたのに、最後の一撃をチート状態で決めてしまったせいで経験値がおじゃんだ。
成長限界に到達してるとは言え、余剰の経験値はストックされるのだし、領域解放戦が終われば上限は41まで上がると言われている。
精神的にも実利的にも、このサーペントの経験値を取れなかったのはダメージが大きかった。
この鬱憤はサーペントをいくら狩ったところで晴れることはない。
晴らすために取るべき首は1つーー貪欲領域の支配者たる猛毒龍ヒュドラの首だ。
九頭龍だけども。HPバー的には1つだし。
と言うか、俺がヒュドラを倒すとその経験値もなくなるのか。
いや、ガイウス達とキングレオを倒した時は影響がなかったし、公式もそこまでケチではないだろう。
「まあ、倒せばわかるか」
念の為に攻撃を控えるという選択肢はなかった。
向かってくるサーペントだけは倒しながら、ヒュドラへ向かって荒野を駆け抜ける。
どこかに斧が落ちてないか探しながら。
その途中で、不思議な光景を見かけた。
サーペントが4体、整列して行進している。複数のサーペントが近くで暴れる姿は珍しくもないが、キチッと並んでいる姿は初めて見たし、全て属性が違うのは不自然だろう。
そう思って見ていると、狙われてるプレイヤーの姿が目に入った。
白い塊と浴衣の少女ーーフィックスだ。
それを理解した瞬間、俺の足はそちらへと向いていた。
そして、走る勢いのままに4体まとめて葬り去る。
「え……?」
盾を持った少女は目を丸くして固まっていた。
まあ、サーペントをまとめて一撃で倒しておいて、驚くなという方が無理な話か。
「にゃは。さっすがー」
「なーー」
事情知ったるフィックスは笑みを浮かべながら近づいてくる。
代わりに絶句したのは俺だ。
なにせ、フィックスが手に持っている武器はーー
「あ、これですかぁ? 拾ったんですよぉ。はい」
唖然とする俺の左手に、フィックスは斧を握らせた。
艶やかな夜色の刃に、剣よりもずっしりと手にかかる重さは、間違いなく常夜の斧だ。
左手で持つのは初めてだけど。
「もう、なくしちゃダメですよぉ?」
「……どこで?」
「そりゃぁ、地面に刺さってたのをですよぉ。それよりぃ、何かぁ忘れてません?」
フィックスが可愛らしく首を傾げる。が、忘れてるとはなんだろうか。
「あ、そうだな。ーーもうなくさないよ」
「はぁーい、よく言えましたぁ。じゃぁ、ないですよぉ!」
「……あ、よく俺のだってわかっーー」
「わざとやってますぅ?」
頬を膨らませるフィックス。
「あ、いや、えと……」
「はぁ。見つけ損ですよぉ」
「あ、いや。なくて困ってたし、見つけくれてありがとう。本当に感謝してる」
「……む。そういうところですよ」
フィックスの口がへの字に曲がった。
「何が?」
「このラノベ主人公!」
「何が!?」
唐突に罵倒された。いや、罵倒なのか。
でも、目は釣り上がってるし、頬は膨らんでるし、紅潮してるし、見るからに怒ってるような。
「鈍感で天然タラシとかラノベ主人公ですよ! まさか、ハーレムでも作る気ですか!」
「ないけど!?」
「言っとくけど、私はハーレム要員になるようなチョロインじゃないですからね!」
「ないって言ってんだけど!? ハーレムどころか、ヒロイン不在だよ!」
勢いで言い返すと、フィックスに大きなため息をつかれた。
頬はまだ赤みがかってるが、怒ってるわけでもないのか。
「……本気で言ってます?」
あきれた、みたいなノリで言われた。
「本気だけど?」
「はぁ。……このラノベ主人公」
「評価が変わってないんだけど?」
「もう知らないです。自分の胸に手を当てて確認してください」
そう言って、フィックスはそっぽを向いてしまう。
女心と秋の空なんて表現をよく聞くが、コロコロと表情の変わるフィックスの思考は本当に読めない。
結局、忘れてることは何だったんだ。
フィックスに斧を貰うより前だとーーあ。
「白い塊」
「何言ってるんですかぁ?」
口をついて出た言葉に、フィックスが反応した。
俺の方を向く気はなさそうだが、無視されてないだけマシだろう。
「もう1人、一緒にいただろ。盾持ちの」
「え、あれ?」
フィックスがキョロキョロと周りを見渡す。
それに連られて俺もぐるっと視線を巡らせてみたが、それらしいプレイヤーの姿は確認出来なかった。
「もぅ。ライト・ノベル主人公のせいで逃げられちゃったじゃないですかぁ」
「名前の後ろに変な称号つけないでもらえます?」
別に俺の名前はライトノベルのライトじゃないから。
「てか、知り合いじゃないのかよ」
「違いますよぉ」
「なんか見覚えある気がしたから、SeLFのメンバーかと思ったんだけどな」
「名前はぁ、ラグナだそうですよぉ?」
「聞き覚えはなさそーーあ」
ラグナか。
「思い出したんですかぁ?」
「いや、まあ。関係はわからないけどな」
「と言いますとぉ?」
「ベータテスター発表直前のPVの時に、チャットルームがあっただろ。そこにラグナって名前の人が居たってだけだよ」
「それじゃぁ、同一人物かはわかりませんねぇ」
「だよな」
人数が限定されたチャットルームだし、本編と違って名前の重複は気にされないだろう。
ゲーム中でも申請を通れば同名はありえる話だしな。
「てかぁ、よく覚えてますねぇ?」
「まあ記憶力には自信あるし、印象に残る奴だったからな」
「というかぁ、ウチのギルメンだったら何かあったんですかぁ?」
「いや、別に」
改めて思い出した時に見覚えがあるような気がしただけだから、用事は何もないんだよな。
助けたお礼しろ、とか言うつもりもないし。
「あ。もしかしてぇ、彼女もハーレム候補ですかぁ? 確かに、典型的なぁツンデレヒロインみたいな人でしたけどーー」
「その話はもうやめろ!」
フィックスの顔には余裕の笑みが戻り、からかいモードに入っている。
これ以上、話を続けても俺が不利になっていくだけだ。
「……俺はヒュドラに向かうけど、1人でも大丈夫か?」
「心配してくれるんですかぁ?」
「さっきも4体に襲われてたしな」
「まぁ、あんなに来たら死にますけどぉ、大丈夫ですよ。戦えますから?」
「そうだったな。じゃあ、行ってくる」
「はぁーい。頑張ぁってくださいねぇ」
フィックスの声援を背に受けて、俺は逃げるように飛び出した。
もとい、ヒュドラに向かって駆け出した。
ヒュドラに近づくにつれ、視界に占める黒の割合が高くなってくる。
その体は空から見下ろした時とは比べものにならないほど、大きく見えた。
懐まで潜り込んでしまえば、見上げてもHPバーどころか、顔すら見えないほどだ。
目に入るのは、1枚でも盾として使えそうな黒々とした鱗を鎖帷子の如く着込んだ体だけ。
などと言うと硬そうだが、俺のチートの前には布切れ同然だ。
「覚悟しな、ヒュドラ! ーーって、聞こえないか」
走る勢いのままに剣を突き立て、続けて斧を振り下ろす。
「シャァァァァァァァァ!」
ヒュドラが吼えた。
爆音が体に響くが、衝撃波は襲ってこない。
程なくして、巨躯はポリゴンの欠片となって砕け散った。
剣と斧が支えを失い、体勢が崩れる。
目の前に広がったのは、ヒュドラが現れる前にあったマグマの湖ーー
「って、危なっ!」
歯を食いしばって、大地を踏み締める。
危うくマグマに落ちて死ぬところだった。
ヒュドラを倒して自滅するとか笑えなさすぎる。
「シャァ!」
「お? ヒュドラの仇討ちか?」
現れたのはアクア・サーペント。
何故か体全体に赤みを帯びているが、額の結晶に液体を溜め込んだ姿は間違いない。
ちなみに、何度か戦ったし、ヒュドラも倒したが、戦闘は終了していないためチートは発動したままだ。
「悪いことは言わないから、他を当ったらどうだ?」
「シャァ!」
「まあ、通じるわけないか」
サーペントの口から勢いよく水が噴射される。
この時、俺は自分の置かれた立場を失念していた。
チートで無双状態であることではなく、背水の陣で戦っていることを。
そして、アクア・サーペントの一撃は大地を穿つことを。
足場が抉られて消えた。
「えっ……」
支えを失った俺の体は、重力に引かれるままマグマ溜りへと落ちていく。
どこかに掴まるーーことは両手が塞がってるから不可能だ。
なら、その武器でーー
「くっ……ダメか」
岩盤は硬すぎて、斧も剣も弾かれた。努力や気合いでどうにかなる問題ではなく、システム的に不可能らしい。
無様に落下していく俺を、アクア・サーペントが見下ろしていた。
「シャァ!」
自分の手で倒せなかったことを悔いているのか、あるいは早く逝けと言っているのか。
まあ、知ったこっちゃないが。
「誇れよ、アクア・サーペント。大金星だ」
負け惜しみの遺言を残して、俺はマグマへと落ちた。
激闘の末、俺の領域解放戦は終わりを告げた。
最後のアレは忘れよう。
ヒュドラを倒した時点で、戦いは終わったのだ。
残ったサーペントとの戦いはエキシビションみたいなもので、チートで経験値が入らない俺には関係ない。
そういう事にして、俺は少し横になることにした。




