チート無き戦い
後方支援ことヒーラー部隊のリーダーを任されているフィックスだが、エリスやエターナルのように指示を出すリーダーかと言えば、それは違う。
数えるのも嫌になるくらいはいるメンバー全員のHPを把握し、回復の指示を出すなどフィックスには不可能な芸当だ。
だから、僧侶達には数人で小チームを組んでもらい、決まったメンバーのHP管理をするようにしてある。
その作戦が功を奏し、眷属の追加で陣形が多少崩れながらも、SeLFからは誰ひとりとして脱落者は出ていなかった。
ちなみに、余計な軋轢を生まないためにこの作戦はヒーラー達にしか伝えていない。
ただし、1人だけ、この作戦を知らない僧侶がいる。
リンクだ。
ヒーラーの多くが魔法攻撃力ーー回復魔法にも影響があるーーの上がる杖を装備している中、マイナーで扱いづらく物理攻撃力の高さくらいがメリットの大鎌を使うプレイヤー。
それを知った時点で、フィックスはリンクをヒーラーチームから外した。
どう考えてもアタッカーを目指しているのだろうと。
漆黒のローブ姿が魔法(物理)使いの友人に被ったのかもしれないし、非力じゃないヒーラーを目指している自分と似たものを感じたのかもしれない。
そして、フィックスの予想は最高の形で結実した。
後方のプレイヤーを奇襲するサーペントの増援を相手するリンクの活躍は目覚ましい。
一緒に戦っているハクアのおかげでもあるのだろうが、2人はサーペントの猛威からヒーラー部隊を完璧に護っていた。
本来なら攻撃役はフィックスが担う予定であったが、もしそうなっていたとしてもここまでの立ち回りは出来なかっただろう。
その活躍に自分も頑張らなければと気を引き締めながら、フィックスは時が来るのを待っていた。
そして、その時は訪れる。
シール・サーペントによるチート封印だ。
突然、チートが使えなくなったことは戦場に少なからずの衝撃を与えた。
時間停止による説明文のおかげで、錯乱したままのプレイヤーは少ないだろう。
けれど、ほとんど全てのプレイヤーがチートを有し、その約半数は戦闘スタイルに直結していると言っても過言ではなく、デバフと疲労感まで発生するとなれば、影響が小さくないのも当然だ。
それと同時に、小さな物音にも敏感なはずのサーペント達が、まるでフィックスだけは無視するように命令されているかのように、反応を示さなくなる。
お試し挑戦の時に敢えて目の前を走り抜けてみたが、サーペントは素知らぬ振りで他のプレイヤーにのみ攻撃を向けていた。
その2つから考えられる意図は1つ。
チートを持たないプレイヤーによる、シール・サーペントの討伐だ。
「ヒーラー隊! ここがぁ、力の見せどころですよぉ! 誰ひとり、死なせないでくださぁい!」
リーダーとして檄を飛ばし、チートを持たないプレイヤーとして短刀を握る手に力を込めた。
「さて、シール・サーペントはぁ~と」
戦場を見渡していると、ヒュドラの手前で雷が鳴る。
何事かと視線を向けると、同じ位置に再び雷が落ちた。
『誰かが雷を落としたあれがシール・サーペントだよ』
後方で雷鳴が轟き、視界の端でメッセージが躍る。
送り主はエターナルだ。
フィックスは了解っと、心の中で答え、最初に雷鳴が響いた方角を見据えた。
障害物の岩が多過ぎて落ちた位置を正確に捉えることは出来ないが、方向さえわかっていれば問題はない。
「あたしがぁ、シール・サーペントを倒してきまぁす。アセイル。そ・れ・ま・で、ここをお願いしますね♪」
「承りました」
リーダーの役目をサブリーダーに預け、少女は前線へと繰り出した。
浴衣姿の少女が、荒野を駆ける。
敵も味方も気にせず、最短距離を一直線に。その進路を妨げるサーペントは、予定通り1匹も現れない。
道中でちょっとした拾いものをしながら、フィックスはシール・サーペントの元へと辿り着いた。
「……わぉ」
周囲よりも少しだけ開けた荒野の中、誰に襲いかかるでもなく、蜷局を巻いて鎮座する巨躯が1つ。
他のサーペントよりも1回りほど大きく、透明な角を持つ漆黒の大蛇の名は【シール・サーペント】。
その姿を、フィックスは少し離れた高台から眺めていた。
「何止まってんの?」
半眼で睨みながら、拾いものその1は静かに銃を構えた。
軽装備の小柄な少女ーーフィックスも同じくらいだがーーで名前はラグナ。フィックスと同じチートを持たないプレイヤーである。
封印毒の影響を受けないことに加え、武器からわかるように彼女は遠距離からの攻撃が可能。
これを放っておく手は無いと判断し、フィックスは少し強引に連れて来た。
不機嫌そうなのはそのせいだろう。
「ねぇ、聞いてんの?」
「聞いてますよぉ。でぇもぉ、こっちにも準備がありましてぇ」
「うっざ」
「ぁは、辛辣ですねぇ」
悪態をつくラグナに笑みを返しながら、フィックスは短刀を掲げる。
短刀ーー小狐妖刀が淡い光を放ち、少女の姿を変化させた。
三角形の耳や丸みを帯びた尻尾など、狐を思わせる姿へと。
「可愛いでしょ?」
「うるさい。てか、あざとい」
「ちゃ~んと、ステータスも上昇するんですよぉ?」
「あっそ」
フィックスの場合は素早さの上昇だ。
中速低耐久の彼女が前線で戦う場合は、発動が必須と言っても過言ではない。
「で、準備は済んだの?」
「もちろん。万全ですよぉ」
ーーと、フィックスが言い終わる頃にはラグナはもういなかった。
もちろん、という言葉さえ最後まで聞いていたかどうかも怪しいタイミングだ。
「……もぅ、せっかちですねぇ」
ラグナを追って、フィックスも高台から飛び降りた。
「シャァァ!」
向かってくるフィックス達を見据え、シール・サーペントがゆっくりと動き出す。
首を高くもたげた大蛇は、やはり他のサーペントと比べても大きく、角を狙うのは難しいだろう。
ーー1人を除いては。
「ラグナ! 狙いはーー」
「うるさい!」
激昂に合わせ、ファンタジー世界には不釣り合いな黒塗りの銃身から鉛の弾丸が放たれる。
見上げるようにして撃たれた銃弾は、真っ直ぐにサーペントの顔面へと向かい、喉に突き刺さった。
「いや、そこじゃなくて」
「うるさい!」
ラグナが再び弾丸を放つ。狙いは直前と全く同じサーペントの顎下。
「あのぉ~」
「うるさい!」
「シャァァ!」
弾丸が逆鱗を直撃し、サーペントの体が赤みを帯びる。
それと同時に、全ステータスの上昇を示すアイコンが表示された。
「なにやってんですか!?」
「うるさい!」
フィックスの悲鳴は一蹴し、ラグナはなおもサーペントの逆鱗へ弾丸を放つ。
「うるさいじゃなくて! ただでさえ強敵なのにーー」
「シャァァ!」
赤みを帯びたサーペントが2人を飲み込まんと躍動する。
フィックスとラグナは左右に飛び退き、サーペントは大地を噛み砕いた。
が、すぐに体勢を立て直すと、フィックスへと狙いを定める。
「なんで、こっちなわけ……」
「シャァァ!」
サーペントは大口を開け、フィックスへと襲いかかった。
フィックスはそれをギリギリまで引き付け、ジャンプ。サーペントの鼻先を蹴って飛び跳ね、向かってくる勢いを利用して角を斬る。
「シャァァ!」
弱点を傷つけられサーペントが怯んだら、フィックスは離れて体勢を立て直す。
これは、フィックスが本来予定していた戦い方だ。
ラグナが逆鱗を攻撃してしまいステータスが上がったから難しいかとも考えたが、大丈夫らしい。
フィックスはホッと胸を撫で下ろし、小さな鈴を取り出した。
ラグナに頼るのは諦めて、元の作戦で行く。
その覚悟を決めて、鈴を鳴らした。
「さぁ、こっちですよぉ」
鈴の音を聞きつけ、サーペントが巨体を翻す。
その喉元を弾丸が掠めた。
「ーーって、まだやってんですか!」
「うるさい! 私は私のやり方でやるんだから、ほっといてよ」
「なーー」
「シャァァ!」
反論の言葉はサーペントによって遮られる。
狙いはもちろん、ヘイトベルを鳴らしたフィックスだ。
フィックスはギリギリまで引き付けて角を狙い、ラグナは最低限の回避を繰り返しながら執拗に逆鱗を狙い続ける。
「シャァァ!」
2人の息があってるのかあってないのかよくわからない動きに、シール・サーペントは終始翻弄されていた。




