切り札
「なにっーー
驚きの表情を浮かべる悪魔が消え、全身に力が漲ってくる。
チートの再発動によって身の安全が確保されたところで、俺はホッと胸を撫で下ろした。
いや、気を抜くには少し早いな。
残存HPが1割を切って、バーが赤く染ってる。
生半可な攻撃で大きなダメージを喰らうことはないが、心もとないHPは心臓に良くない。
HP回復ポーションを喉に流し込み、改めて肩の力を抜く。
ヒュドラとの戦いの最中であることは百も承知だが、息詰まる攻防を終えた直後なのだし、少しくらい気を緩めたっていいだろう。
ふいに発生したグリードとのエンカウントは、まさに死闘だった。
私闘でもあったけど。
毒状態の偽装なんてよく思いついたな、と自画自賛したい気分だ。
幸運だったのは、グリードの【ポイズンネイル】が確定で相手を毒にする技ではなかったことか。
バニティや黒影との戦いで毒にされた経験も生きているのかもしれない。
というか、【ポイズンネイル】に【ポイズンアロー】、【ポイズンダガー】と序盤から毒技のバリエーション多過ぎないか。
領域解放戦のボスまで、猛毒龍だし。
毒にこだわりでもあるのだろうか。
「……ポイズンアックスとか出ないかな。無さそうだな」
少し考えてみたが、力押しな斧と搦手な毒の取り合わせはイマイチだった。
イメージがチグハグというか、存在がバグってるというか。あるところにはあるだろうけど、珍しそうみたいな。
「って、そういえばどっか落としたんだった」
ゴタゴタのせいで常夜の斧を落としたのを忘れていた。
おかげでスキルのない剣で戦う羽目になったのだ。落としてなければ、グリードとの戦いだってもっと楽にーー
「……そうでもないか」
スキルや斧自体の特性があるから、物理面は攻防ともに上昇するが、素早さはむしろ下がる。
フェザーソードの追加効果である素早さの上昇がなければ、グリードの動きについていけなかったかもしれない。
それに、誰かがかけてくれたバフがなければ、最後は相打ちになっていただろう。
いや、加速した俺にグリードがしっかりと対応してきたら、どのみち相打ちだったに違いない。
そう考えると、グリードに勝てたのは運が良かっただけだな。
次また現れたとしても、勝てるだろうか。
出来れば、次が来ないことが1番だが……。
「対人戦……ねぇ」
積極的に人を襲うつもりはないが、護身術くらいは身につける必要があるかもしれない。
ただ、1人では出来ないので、訓練をしてくれる相手が必要だ。
仮にいたとしても、素人2人で対戦を繰り返して上達するかと言えば別問題なので、戦い慣れてる人に頼むか、あるいは教えてくれそうな人を探す必要がある。
「……対人特化ギルド、神龍の嘆き、か」
PK請け負いをするのは気に食わないが、マリウス・バニティとは共闘もしたし、レヴィも含めてプレイヤーとしては悪人じゃなさそうだった。
必ずギルドに入らなければいけないわけではないが、入りたくない理由があるわけでもない。
リンクが実利を求めてSeLFに加入したように、対人スキルを求めてーー
「シャァ!」
ーー視界が水色に染まった。
声と色からして水属性サーペントの水流攻撃だろう。バブルスコールなど比ではない密度の滝のような攻撃だが、ダメージは焼け石に水だ。
それとも、頭を冷やせってことで水を差してきたのだろうか。
勢いが強過ぎて地面が抉れているし、差すってレベルじゃないけども。
まさに、雨垂れ石を穿つ。
いや、違うか。あれは雨のような小さな水の粒でも時間をかければ石に穴を空けることも出来るという意味だ。
僅かな時間で地面を削るのは……ウォーターカッター……も違うな。
あれは削るというより斬るだしーー
「シャァ!」
再びの奇声に、身構える。
が、今度は頭から水をかけられることはなかった。
巨躯を起こした【アクア・サーペント】と視線が交差する。
表情はよくわからないが、無視してたから怒っているのだろうか。
「拗ねるなんて可愛いじゃないか」
「シャァ!」
全身を震わせ、大きく口を広げたサーペントが襲いかかってくる。
無防備でいる必要もないので、俺は剣を構えた。
「まぁ、死に水は取ってやるよ」
1足で距離を詰め、一閃。
すれ違いざまの一撃で、サーペントはポリゴンの欠片となって四散する。
「くっ……これは」
その瞬間、急激な脱力感に襲われた。
チートの効果がなくなった時にも似ているが、風邪で寝込んだ時のように不自然に体が重い。
それにHPバーの上には、誰かが掛けてくれたバフを相殺してなお効果を発揮するデバフと未知の記号がついている。
【チート封印状態】
俺の疑問に答えるように文字が浮かんだ。
【ヒュドラの眷属【シール・サーペント】の毒により、全プレイヤーのチートが一時的に封印されました。
チートを持つプレイヤーはチートの発動状態いかんに関わらず、【チート封印状態】となります。
さらに追加効果として、全てのステータスが低下し、疲労感が発生します。
1/2】
読み終わってページをめくろうとしたところで、体が動かないことに気がついた。
それだけではない。水を打ったように戦場から音が消えている。
俺だけではなく、プレイヤーだけでもなく、ヒュドラやサーペント、それに放たれた魔法なども含め全てが、止まっているのだ。
ゲームあるあるだが、VRの場合は動き出した瞬間に体の感覚がズレたりして大変なんだよな。
今回は動いてないので大丈夫だが。
と、考えているうちにページが切り替わった。
【封印毒に解毒方法は存在しません。
しかし、毒自体の持続性はありませんので発生源たる【シール・サーペント】が倒れれば、毒は効力を失います。
なお、この毒はチートを持たないプレイヤーには害を及ぼしません。
2/2】
つまり、どこかにいるシール・サーペントを倒すまでチートは使えない上、動きもステータスも制限されるということだ。
非戦闘系で今は効果を発揮してしないチートの使い手も含めて。
【チートを持たないことが重要になる場面も存在します】
PVでそう言ったことに対して、公式が示した1つの答えということだろう。
【ご武運を】
その一文と共に金縛りが解けた。
世界は音を取り戻し、俺の前にも新たな敵が現れる。
「シャァ!」
固有名はライト・サーペント。
ライトとあるが俺とは関係ない。光の大蛇だ。
ちなみに俺は光じゃない。
「でもま。ライト同士、仲良く……は出来ないよな」
常夜の斧は失われ、チートは封印された。
デバフがかけられている上に、体は重たくて動きづらい。
圧倒的に不利な状況で、相対する敵は同じ音を持つライト・サーペント。
「……面白い」
俺は剣を握る手に力を込めた。
◇
「……我がタメを無駄にするとは不遜な」
チート封印により前線が大きく崩れる中、後方に位置する青年は小さく顔を歪めた。
整った細面に、尖った耳。壮麗な金色のローブで包んだ彼は人ではなく、小妖精である。
彼は、開幕から1歩も動かずに機が熟すのを待っていたのだ。自身の切り札が争いに終止符を打つその時を。
それが、シール・サーペントの登場によって無に帰した。
「あれか」
群衆の遥か先に蜷局を巻く大蛇を見つけ、エルフの青年は手を上げた。
「伏して詫びよ。落ちろ、雷霆。ケラウノス」
不敵に笑い、腕を振り下ろす。その動きに合わせて、大蛇に一筋の雷が落ちた。
だが、エンリルの気がそれで済むはずもなく、再び手を上げて振り下ろす。
2度の雷撃を喰らっても、サーペントに動きはない。
「無視するのならそれもよかろう。座したまま死ぬがよい。落ちろ、雷霆ーー」
「シャァ!」
「ーーケラウノス」
背後から聞こえた鳴き声に、青年は振り返りつつ魔法のターゲットを変更した。
上空で方向転換し、青年の横を掠めた雷が、漆黒の大蛇の闇を内包した角へと突き刺さる。
「シャァ……」
「闇討ちとは、畜生風情が姑息な手を」
小さくため息をつき、エンリルはローブと同じく金色に輝く剣を取り出した。
荘厳で煌びやか、神へ捧げられた宝剣の如き美しさを放つひと振りの剣を携え、青年は仰向けに倒れるダーク・サーペントの上に飛び乗る。
「我の邪魔をし、武器まで手に取らせたのだ。命で償う覚悟はあるのだろうな?」
そのままサーペントの首筋まで歩いて行き、1枚だけ逆さに生えた鱗に剣を突き立て、
「蛇如きが逆鱗を持つなど烏滸がましい」
破壊した。
「シャァ……!」
ダーク・サーペントは僅かに痙攣し、砕け散った。
これもチートではない。弱点部位の破壊によって、一撃で倒したのだ。
「「「シャァ!」」」
その眼前に、土と風、炎に水の名を冠する4匹のサーペントが立ち塞がった。
「よほど、我をシール・サーペントの元に行かせたくないらしいな。だが、それでも足りぬ」
4匹の敵を前に、青年は笑みを浮かべる。
4対1という状況の不利も、封印毒によるデバフも疲労も全く感じさせない余裕の笑みを。
「さあ、十把一絡げに誅してやろう」
誰にも気づかれることなくひっそりと、青年の無双が始まった。




