領域解放戦・序章
普段のレーシュの丘は獣達の楽園だが、今はどこを見渡しても人ばかりだ。
その姿は様々で、俺と同じように店売りの装備をしている人もいれば、オリジナリティに富んだ衣装に身を包んでいる人もいる。ついでに、バライティ豊富な人外もいた。
これだけ多いと、知り合いがいても見つけるのは難しそうだ。
「そこの斧使い。ちょっといいかな」
俺を呼ぶ声がした。
いや、本当に俺かどうかはわからないが、少なくとも周りに斧使いは見当たらない。装備してないだけという可能性もあるが、その場合は呼び掛けが不自然だ。
装備していない武器を知っているなら知り合いだろうし、知り合いならば武器名を使って呼びはしない。
オノツカイ、というプレイヤーネームの可能性は、ゼロとは言えないがほぼありえないだろう。
声のした方を向いてみると、黒いローブの好青年と目が合った。
「斧使いって俺のことか?」
「そうだよ。名前を知らないからね。不愉快だったのなら謝るよ」
「いや、大丈夫だけど」
とりあえず、俺が呼ばれたことと呼んだ相手は確定したが、見覚えのない青年だ。白っぽい肌、赤い瞳、蒼い髪。程よく整ったその顔に見覚えはない。
「どちら様でしょうか」
「あぁ、名乗ってなかったね。僕はリンク。よろしく」
「リンクか」
名前にも聞き覚えはない。
「俺はライトだ。こちらこそよろしく」
俺が名乗ると、リンクは手を差し出してきた。握手を求めているのだろう。ガイウスもそうだったが、こういう距離の近さはゲームだからなのか、元からなのか。
少なくとも、現実の俺には不可能な芸当だ。
差し出された手は軽く握り返しておくが。
「それで君に話しかけた理由なんだけど」
神妙な顔でリンクが口を開く。
「実は、ある人を探しているんだ」
「なるほど。その探し人が斧使いか」
「いや、違う」
納得して頷いていたのに、否定されてしまった。
「僕の探し人は魔法使いだよ。ただ、斧使いと一緒に行動しているという目撃情報があってね」
「なるほど」
「君は……ひとりみたいだね」
「まあな」
レフトは向こうだし、ルーク達もキマイラ討伐に参加するとリアルで聞いたし、ガイウス達がキマイラに挑むのは周知の事実だ。
「クリフォの主を相手にソロプレイっていうのも変わってるね」
「ぼっちなだけだよ」
「僕も現実ではそうだよ。でも、ゲームでも実益度外視でそれを貫けるのはすごいと思う。僕なんかは、実益を求めて【SeLF】に加入した口だからね」
自虐的に言ったのに、肯定的に汲み取られてしまった。そして、さらりと明かされたその素性。
「SeLFのメンバーなのか」
「今は、ね。でも、いずれは僕のギルドを立ち上げるつもりさ」
「……探し人はそのメンバー候補、なのか?」
「その通り」
恐る恐る尋ねてみると、今度は正解だった。これなら、頷きながらしてやったりと言っても良かったかもしれない。
「ベータの時に一緒に戦った仲でね。革新的な戦い方とかから、左翼派コンビなんてあだ名をつけられたりもしたもんさ」
「左翼派……」
「そ、左翼派。議会とかでよく聞かないかい。革新的な左翼派と保守的な右翼派って」
「な、なんとなく」
意味は理解したが、その名付けのセンスはどうなのだろう。とは思ったが口にはしない。
「まあ、そんなわけでギルドに勧誘しようと探してるんだけど、なかなか会えなくてね。目撃情報のあった斧使いもついでに探してたってわけさ」
キラッと白い歯を光らせ、ウィンク。
慣れた動きでそんなことが出来るリンクは、絶対にリアルぼっちじゃない。ほぼ間違いなく、スクールカースト上位のリア充だ。
「斧は不人気で使い手が少ないし、いいヒントになるとおもったんだけどね」
「物好きで悪かったな」
「ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだ。武器のマイナーさなら、僕も似たようなものだしね」
苦笑いを浮かべながらメニューを操作し、リンクは武器を取りだした。細長くて黒い棒の先に、緩やかな曲線を描く長い刃がついた武器ーー大鎌だ。
斧と同じように攻撃力が高く、斧とは違って攻撃範囲も広いが、斧以上に扱うのが難しいと言われている、大鎌だ。
「いや、流石に鎌よりは斧の方が使われてるだろ」
「そんなことはないさ。僕が知る鎌使いと斧使いの数は同じだからね。君はどうだい?」
「……同じだな」
「そうだろう。きっとーー」
少し考えてから、俺は頷いた。というか、斧使いも鎌使いもプレイヤーとしては1人しか知らない。
「僕と君。だろ?」
リンクの言葉に、俺は黙って頷いた。
今ここには多くのプレイヤーが集まってるが、斧使いも鎌使いも見ていない。武器を出していないプレイヤーも多くいるが、少なくともリンクの呼び掛けに反応しなかったプレイヤー達は斧使いではないだろう。
剣や槍、弓や銃、それから杖あたりは数多くいるし、ここにはいないが、鞭のプレイヤーも俺は2人知ってる。
「使用者の数が同じくらい。つまり、武器のマイナーさは似たようなものだね」
「そうだな」
笑顔のリンクに対する反論を、俺は持っていなかった。それでも、俺は斧を使っていく。せっかく手に入れたレア武器だし、スキルポイントも振ってある。
何より、剣などは他のゲームでもよく使ってたし、どうしても使いたい理由がなかった。
「っと、そろそろ捜索を再開するかな」
鎌を戻し、リンクが辺りを見渡す。
「見つかるといいな」
「うん。ありがとう。ライト」
手を向けてきたので、軽くハイタッチ。こういう距離の近さはゲームだから……って先も考えたな。リア充リンクの場合は、普段からだろう。
勝手にそう結論づけて、俺はリンクと別れた。
そうして、ボケっと1、2分。
「おっ。ライト」
どこらからか俺を呼ぶ声が聞こえた。今度は武器名ではなく、名前だ。
名前に関する通知をもらったことはないから、同姓同名の誰かという可能性はない。果たして誰かと視線を巡らせてみると、騎士を伴って向かってくる特徴的な狩人の姿があった。
「お前がいるんなら勝ちは決まったな」
「オルバー、か」
「あぁ、ギシンの森以来だな」
オルバーは含みのある笑みを浮かべる。その姿は、D装備だからか変化はない。骨模様の外装に毛皮のマントを羽織ったいかにも狩人風の魔法使いだ。
「おや、君も知り合いかね」
隣の騎士が優しく微笑む。
その顔と言葉を聞いて、記憶が繋がった。
「ガラード……」
「こんな雑魚でも覚えてもらえて嬉しいよ。ライトと言うのか、君は」
「雑魚だなんてとんでもない。あの時は、なんかすみませんでした」
「いやいや、君が謝る必要はないよ。こちらから吹っかけた喧嘩だからね。自業自得さ」
「そんな……ことは」
細かな経緯は知らないが、俺の知っている範囲で考えるなら、ガラードはグリードの我儘に付き合わされただけだ。
「まあ、済んだはこれくらいにしておこう」
「俺としては、もっとガラードの黒歴史を聞きたいとこなんですけどね」
「随分な野次馬根性だな。オルバー」
「いやぁ。純粋な好奇心ですよ」
2人の視線が交差し、火花を散らす。ような光景を幻視した。人懐っこい笑みと親しみやすい笑みなのに、空気が重たい。
というか、
「おふたりこそ、知り合いだったんですか?」
「ん?」
「あぁ」
張りつめていた空気が砕け散った。狙ったわけじゃないが、ホッと一息。
「そういえば言ってなかったな」
オルバーはフッと笑って、数歩下がった。
「改めて名乗ろう」
手を広げて、仰々しく、あの時の台詞をなぞるように、オルバーは続ける。
「俺はオルバー。イロモノ魔法使いにして、所属ギルドは【星狩りの剣】だ」
「……何をやっているのですか」
ボソッと呟くプレイヤーがひとり。
騎士ではない。魔法使いでも、ましてや俺でもない。どこからか音もなく現れたローブ姿の蛇女だ。
「レヴィ?」
「あら。レヴィと知り合いですか?」
「あ、違うんだ」
知り合いの知り合いは知り合い説が続くのかと思ったが、違うらしい。
というか、女子の間で蛇人は流行っているのか。ローブの被り方まで似ているし。
「まあ、見た目は同じですから間違っても仕方ないですよ。私は【星狩りの剣】のククル。仲間で見分けてください」
短く名乗り、ククルはチロっと舌を覗かせる。その仕草は、やっぱりレヴィにとても似ていた。
「この2人以外も、うちは個性派揃いですからね」
ククルの視線を追っていくと、一段と空気の張りつめた集団がいた。
既知のプレイヤーはイライラと動き回ってる黒い悪魔くらいで、他は知らないプレイヤーばかりだ。
目につくプレイヤーは、木に寄りかかる銃士や両手剣の戦士、魔法少女みたいなプレイヤーまで……って、女ばっかり見てどうする。
いや、数少ない女性プレイヤーに目がいってしまうのは仕方ないだろう。中身はともかく、男性プレイヤーは数も多いし、見た目の面白さも少ない。
「どうです? ボス以外は総動員ですからね。勝てなさそうなら、辞退してくださったもいいんですよ」
「まさか。むしろやる気が出たくらいだよ」
勝ち誇ったように笑うククルに、俺は強気に言い返した。その言葉に、ククルが、ガラードが、オルバーが三者三葉の笑みを浮かべる。
「……お、お手柔らかに」
軽く頭を下げて、俺はその場を離れた。
「あ、ライトじゃないですかぁ」
そして、すぐに別の知り合いに出会した。




