まだ見ぬ強敵よ
タヴの鐘の上に現れた巨大なモンスター。
トンボと表現したが、正確にはトンボではない。細い体に、反対側が透けて見える4枚の翅という特徴はあるが、前足はカマキリの鎌で、尾の先端には蜂の針が生えている。
じゃあ、昆虫のキメラなのかと思えば、顔はまるでドラゴンのようにイカついし、全体的な皮膚感も鱗っぽい。
「あれも主なのか?」
1番知ってそうなレフトに問う。
「どうだろうな。少なくとも、ベータ版にはいなかったが」
「……なるほど」
予想通りではないらしい。
その割には楽しそうな表情をしているが、ギガアントライオン戦では消化不足だったりするのだろうか。
「巨大トンボ、か」
その見た目から連想するのは、ウスバカゲロウ。蟻地獄の成虫だ。
ヴァルキュリアを倒したら、バグルヴァーゴッデスが出てきたパターンもあるので、あれが真の主だとしても驚きはない。
「あれは、ギガアンドライゴン。と言うらしい」
その声は、レフトでも、アーケインでもない。
声のした方を向くと、黒い鎧の上に毛皮のコートを羽織った小太りなおじさんがいた。頭頂部が禿げ上がった姿はいかにも金持ちと言った風体だ。
「あなたは?」
レフトが問う。
「これは失礼した。私はアイオダイン。通りすがりの物知りおじさんのようなものだ」
腹に手を当て、丁寧な動作でお辞儀をするアイオダイン。お腹が出ているせいであまり角度はなかったが。
「……運営の人間なのか?」
「はっは。君は面白いことを言うね。だが、違うよ」
U18トーナメントでの件を通して、敏感になっているのだろうが、そんなに運営と関係のあるプレイヤーばかりいても困るだろ。
「あのモンスターの名前を言い当てたであろう力は、チート。情報、インフォメーション。見るだけで、相手の情報がわかるようなチートだよ。ーーレフト殿」
さらりとプレイヤー名で呼んでくるアイオダイン。
「……名前以外もわかるのか?」
「もちろん」
腰に手を当て、ふっと笑う。
「ギガアンドライゴンは本来、ダイペーゲンの小領域の主だ。けれど、小領域の主を5体倒したプレイヤーが現れたので、それを見に来た。という事らしい」
「らしいって」
思わず漏れた呟きに、アイオダインはこちらを向いた。
「私はチートで表示された文章を読んでいるだけだから、確定は出来ないのだよ。ーーライト殿」
こちらを見てはいるが、視線は合わない。僅かにズレたその先には、俺の情報が表示されているのだろうか。
「襲ってくるのか?」
聞きながら、レフトは杖を構えていた。
戦う気満々らしい。
「いや、見に来たというからには見に来ただけだ。こちらから仕掛けなければ、戦う意思はない。だろう」
最後に不安にしてくるな。
「そして、若人達には、戦わないことをオススメしておこうと思うよ」
優しく言い、アイオダインはアーケインの方を向いた。
「ギガアンドライゴンは、君が防御力を上げて、盾を持って、それでも耐えきれなかったギガアントライオンと同じ物理攻撃力を誇る。らしいからね」
こちらを向く。
「しかも、颯爽と草原を駆け巡る、かのヴェノムウルフと同じ速度から放たれる。ようだ」
レフトへと目を向けた。
「例え距離を取ろうとも、ナイトマジシャンに並ぶ魔法攻撃力から魔法を放ってくる。みたいだね」
足でリズムを取りながら、アイオダインは視線を巡らせる。
「攻撃面は小領域の主の完全上位互換ってわけか」
「攻撃だけではなく、防御力も。っぽいね」
レフトの問いに、今度は巨大トンボーーギガアンドライゴンを見た。
「脆そうに見えるが、真の硬さは見た目だけでなく、ステータス次第。だろうからね。
かのギガアンドライゴンは、オーガナイトと同じ物理防御力、スカルサーペントと同じ魔法防御力で耐えてくる。という事らしい」
断定はせず、婉曲表現で教えてくれる物知りおじさん。
だが、その情報を聞いてもなお、レフトの目には戦意が宿っていた。いや、それは俺も同じだろう。
小領域の主の良いとこ取りだとしても、負ける気はしない。
「アーケイン。武器を戻すぞ」
「そうであるな」
如意練鎚を渡して、常夜の斧を受け取る。10数分振りに戻ってきた斧は、やはり手にしっくりときた。
術者の手から斧が離れ、夜空が霧散する。
それが合図だったかのように、巨大トンボの複眼が、ギョロリ、とこちらを見た。
「ピシャァァ!」
甲高い悲鳴のような鳴き声を上げ、巨大トンボが翅と動かし始める。最初はゆっくりと、それが段々と早くなっていき、見えないほどの速度へ至った。
俺は肩に担いで赤く輝いた斧を勢いよく投げる。
真っ直ぐに飛んでいった斧だが、俺の意に反して、ギガアンドライゴンの手前で方向転換。
何にも触れることなく、手元へ戻ってきた。
「射程圏外ってことか?」
そもそも、チートが発動していない。
明らかに初見の相手でもあるにも関わらずだ。
「もう一度言おう。本当に見に来ただけ。らしい」
アイオダインの言葉に答えるように、ギガアンドライゴンはゆっくりと浮き上がると、北の空へと飛んで行った。
◇
ギガアンドライゴンの1件が落ち着いてからは、特に大きなイベントもなく、プレイヤーによる邪魔が入ることもなく、レベル上げに集中出来た。
というか、それが普通なのだ。やることなすこと尽く他のプレイヤーに絡まれることこそ異常なのである。
レフトとしては消化不良だったのか、少し機嫌が荒れていたけども。
0時を回るまでレベリングを行ったおかげで、レベルは成長限界へ到達した。
そして、運命の日。
日が昇るよりも早い時間に目覚ましをセットし、その目覚ましが鳴るよりも早く起きて、ゲームにログイン。
寝不足のはずだが、そんなことは気にならないくらい身体中から力が溢れてくる。集合時間の10時に余裕をもって向かうために、狩りを行うのは9時までだ。
それから貯まったVRYと相談しながら装備を新調し、回復アイテムを十全に買い揃える。
「さ、行くか」
意気揚々と、俺は集合場所である【レーシュの丘】に向かった。




