それぞれの戦い
「いきなり始まるのかよ!?」
開会式とか、顔合わせとか。ゲームなら存在しそうなイベントは一切なく、俺は円形闘技場の中にいた。
敵はもちろん、キングレオではない。
フィールドには漆黒の獅子の代わりに、黄色い猫獣人がいた。彼もプレイヤーなのだが、おっかなびっくりと辺りをキョロキョロと見渡しており、挙動不審だ。
あ、こっちに気がついた。
「……よかったぁ。間違ったのかと思いました」
敵に襲いかかるというよりは、遭難中に見つけた通行人に助けを求めるように、獣人が近づいてくる。
その首には、赤い宝石のついた黄金のネックレスがかかっていた。
「リオン……?」
「え? あ、はい。なんで名前をーー」
目と目が合った瞬間、リオンの目は真ん丸に見開かれる。その驚いた顔は、完全に猫のそれだった。
「ライト!」
不安はどこへやら、リオンは嬉々として笑みを浮かべる。
「知り合いがいて、よかったです!」
「いや、これから戦うんだけどな?」
「わ、わかってま……るよ」
無邪気なリオンと話していると敵意を削がれるが、負けるわけにはいかないのだ。1人でも負ければ、予選を勝ち抜くことは格段に難しくなる。
俺が勝つことは本戦に行くための最低条件だ。
「なら、そろそろ始めようか。負けるつもりはないけどな?」
「僕だって……相手がライトだろうと、勝つよ」
気合いを込めて拳を握ると、リオンは距離をとって、腰の鞘から剣を抜いた。市販品で強化もしてなさそうな変哲のない【鋼の剣】だ。
「応援してやりたいのは山々なんだが、勝つのは俺だ」
楽しそうに剣を向けてくるリオンに対抗し、俺も常夜の斧を構えた。初日に戦ったことがあるから、初見殺しは発動しない。
「どっからでもかかってこい! リオン!」
「うん!」
元気に頷き、リオンは大きく息を吸い込んだ。
「行くよ!」
裂帛と共に獣人が飛び出した。
一陣の風が走り抜け、俺の体は怯まされてしまう。気持ち的には相打ち上等なのだが、ひとつも身動きがとれない。
赤い光を帯びた剣が鋭く振り下ろされた。
◇
ライトとリオンの戦いが始まった頃。同じ見た目の、けれど決して交わることのない円形闘技場では、漆黒の魔法使いがスーツ姿の魔法使いと相対していた。
「……ゼクレテーアか」
ファンタジー世界には不似合いな黒いスーツ。知的さを感じさせる眼鏡に、低い位置で纏められた黒い髪。秘書という言葉が似合いそうな見た目から、レフトはそう推察した。
「えぇ、覚えて頂いて光栄ですわ。レフト」
ゼクレテーアは静かに肯定し、名前を呼び返す。
2人が会うのは、ギシンの森を終え、魔法使いのクエストの最後の試練の説明を受けて以来。つまり、昨日の夜ぶりとなる。
自己紹介が済んだところで、レフトは手に入れたばかりの武器を構えた。
「武器を新調したようですね」
「あぁ、しかもこれは星具だ」
「……星具ですか」
「これさえあれば、最終試練のクリアは揺るがない」
「……揺るがない、ね」
憂いを帯びた顔に微笑を称え、ゼクレテーアはため息を零す。
「レフト。ひとつ、賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
「えぇ、賭けです」
レフトが聞き返したのは、賭け、という言葉が彼女のイメージにそぐわなかったからだ。だが、聞き間違いではないとわかり、レフトは質問を切り替える。
「何を賭けるんだ?」
「最終試練の即時降伏、などはいかがかしら?」
「何のためにだ?」
「何のため、ですか」
ゼクレテーアの顔から笑顔が消えた。
「はっきり言わせて頂くならば、あなたが邪魔だからです」
「それはコンビのお前らがいても、俺には勝てないって認めてんのか?」
「勝ち残る確率が下がるだけですわ。図に乗らないでくださいな」
「安心しろよ。俺は1対9でも負けはしない」
「なっ……」
レフトの開き直った言い返しに、ゼクレテーアが怯んだ。
「これは十二宮星具だ。それを持つ奴は他にいないだろう。そのアドバンテージがあれば、負けることはない」
勝ち誇るでもなく淡々と、けれど事実であるかの如く堂々と、レフトは笑う。
「気に入りませんわね」
ゼクレテーアは不快感を隠そうともしなかった。
「ですが、我が主もあなたの強さには一目置いていらっしゃいます」
「だから、お前が俺を辞退させるって話か」
「えぇ、それが秘書の役目ですから」
ゼクレテーアの手に槍が現れる。夜色の持ち手の先に、湾曲した金色の刃が埋め込まれた一品は、ひと目で市販品とは違うと判断出来そうな業物だ。
「まあ、いいだろう。で、俺が勝ったら?」
「わたくしが辞退しましょう」
「いや、それじゃ俺にメリットがないだろ」
「敵が減りますよ?」
「面白みも減るだろ」
いやらしく笑みを浮かべるゼクレテーアの問いかけに、レフトは満面の笑みを向け返す。予想外の反応だったのか、ゼクレテーアは呆気に取られた表情で固まった。
「細かいことは気にするな。それよりも、後悔しないように全力で来いよ?」
「……無論。手を抜くつもりなどありません」
レフトは左手に杖を、ゼクレテーアは腰を落として槍を構える。
「星具の力を見せてやるよ!」
「偃月刀のサビにして差し上げますわ!」
2人の魔法使いは同時に地面を蹴った。
◇
ライトとリオン、レフトとゼクレテーアの戦いが始まる少し前。同じ見た目の、けれど決して交わることのない円形闘技場では、赤髪のバンドマンが、騎士と相対していた。
「悪いな、待たせたか」
「私も今来たところですよ」
待ち合わせの常套句のようなやり取りに、ロキは口元を緩ませる。一方の騎士は、真面目の顔のまま首を傾げた。
「……もしや、JJの?」
「いかにも!」
名を訊ねられ、ロキは思わずポーズを決める。
「JJのリーダー、トリックスターのロキとは、俺のことだ」
「やはりそうですか。実は、娘がファンなのですよ」
「それは、光栄だ」
ニヤけそうな頬を律し、ロキは努めて不敵な笑みを浮かべた。それが、ロキというキャラクターに求められる笑みだから。
「さあ、戦いを始めよう!」
くるっと回って、両手を広げ、らしい仕草でロキは構える。だが、騎士は構えなかった。星が描かれた大盾は体から外れているし、剣に至っては鞘から抜いてすらいない。
「その前にひとつだけいいだろうか」
「いいだろう。言ってみろ」
謙虚な騎士に、ロキは傲岸不遜な態度で応じた。娘とか言っているから、策士でもない限り、相手の方が年上だろう。
だが、そんなリアルのことは関係ない。
そして何より、ロキには強者の余裕に浸れるくらいの秘策があった。
「私は無駄な争いを好まない騎士であるし、娘の憧れの人を叩きのめすのも忍びない。降伏を、しては頂けないだろうか?」
「悪いが、断る」
ロキはにべもなく提案を切り捨てる。
「敵の方が強そうだからと言って諦めるのは、ロキには相応しくない。知恵を蓄え、策を巡らし、格上だろうと滅ぼさんとする。それが、ロキだ」
「なるほど。それは失礼をした」
盾を持ち直し、騎士は鞘から剣を抜いた。
「私も覚悟を決めよう」
「では、改めて。戦いを始めようか、優しい騎士様?」
そう言いながらも、ロキは武器を構えない。代わりに、不敵な笑みを浮かべ、上に向けた手で手招きをする。
わかりやすく言えば、挑発した。
「やれやれ、後の先が得意なのだが……仕方ない」
理解した上で、騎士が動く。
守りから攻めへ。しっかりと構えていても、そこには僅かな隙が生まれる。熟練者同士ならば、勝敗を分けるかもしれない小さな隙が。
「さあーー」
ロキが動いた。普段からは考えられないほどの、目にも止まらぬ速さで、騎士の懐へと潜り込む。その動きを、初見で見切ることはほぼ不可能。
「名も無き騎士よ」
続けて放つのは、貫手と呼ぶのもおこがましい速いだけの突き。けれど、盾の内側に入られた騎士にそれを防ぐ術はない。
「さようなら」
単調な突きが、騎士の胸を貫いた。
だが、スキル技ではなく、武器すら持たない、攻撃低スペックの変身種族の一撃だ。
不意をつかれたことに驚き、大したダメージではないと余裕を取り戻し、予想外の大ダメージに面食らって、HPが0となり絶望の表情をーー
「あれ?」
眼前の騎士は浮かべていなかった。
面食らうまではロキの想像通りだったにも関わらず、騎士の顔に浮かぶのは優しげな笑み。絶望どころか慌てる様子もなくーー消えもしない。
「超加速からの即死級攻撃か。まるで彼のようだ」
ロキは驚いた表情を作りながら、焦ったように距離を取った。だが、実際は倒しきれなかったことへの驚きはあっても、焦りはない。
ロキのチートーーより厳密に言うなら、ロキの模倣しているチートの優位性は、一撃を凌がれたくらいでは揺るがないのだから。
「お返ししよう」
騎士は赤く輝く剣を振り上げる。
だがロキは、全力で逃げるでもなく、防御の構えを取ることもなく、余裕の笑みを浮かべていた。何せ、カンスト値まで上がっているのは素早さと攻撃力だけではないのだから。
「アズカウンター」
真っ赤な鋒がロキに触れる。
「えっ……嘘」
それだけで、ロキのカンストしていないHPが削り切られた。
驚き、余裕からの面食らって絶望。相手にさせたかった表情をロキ自身が浮かべる形となり、2人の戦いは誰よりも早く決着を迎えた。
【 チームL VS 星狩りの剣 】
【 ロキ(Lv17)VS ガラード(Lv21)】
【 LOSE WIN 】
こんにちは、銀です。
後輩くん担当じゃないのかと思った皆様は驚かせてしまいましたね。
でも、今回は防具ガイドとして、ガラードの盾についての補足情報です。
察してる方もいるかもしれませんが、あれは星具【楯座の盾】。使用者のHPが0になった時、MPをHPに変換して回復する特殊効果を持っています。




