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第7話 先生の手が空くように

 修繕室へ新しい人が来た。

 十六歳のアダ。靴屋の娘で、見習いの採用試験を受けたのだという。

 机の上に置いた道具を見るなり、彼女は針をつまんだ。


「もっと太いので、一気につなげたら駄目なんですか?」


 親方が、後ろで声を上げて笑った。

 私は傷んだ練習板を二枚出した。


「試してみましょう」


 太い針でつないだ一枚目は、鮮やかに光った。

 ただし隣の線まで接触し、板の下から煙が出た。

 アダは慌てて魔力を止める。すぐに水を掛けようとしたので、私は彼女の手を止めた。


「冷えてから。熱い板が割れます」

「難しい」

「はい。私も、最初はそれをしました」


 もう一枚には、私が細い針を使った。

 光は弱い。二本の線を離したまま、必要な場所だけを結ぶ。


「これくらいの魔力なら、私もあります」

「なら、できます。先に図を読めるようになりましょう」


 アダの顔が、急に真剣になった。

 今まで学校では、魔法士には向かないと言われていたそうだ。

 強い火球も、遠くへ飛ぶ風も作れない。

 彼女の指先に灯るのは、青い豆粒ほどの光だった。


「私と同じくらいですね」

「先生より、ちょっと小さい」

「私のほうが六年、練習していますから」


 先生、と呼ばれたことが、少しくすぐったい。

 人へ教えるのは初めてだった。誰かに任せるより自分で直すほうが早く、それで一日が埋まっていた。


 午後は川沿いの水門へ行った。

 オルディンの町には大きな門が三つある。山の雪解け水を耕地へ分け、増水時には町を通る流れを調整する。

 昨年、新しい調整器を入れたという。

 銘板には、王宮工務室の推奨品と刻まれていた。


「去年の冬は具合がよかった。今年も期待してる」


 水門守りの老人が言う。

 ガルド親方は、冬の試験をする前に全体を調べると答えた。

 私は外側の魔法陣を点検した。指先で触れる必要はない。探り針を近づけ、熱が偏る場所を見る。

 横でアダが、私の手元を凝視している。


「今、なんで止めたんですか」

「右上に、妙な戻りがあります。でも、封の中です」


 調整器には赤い封蝋がついていた。

 保証期間中、内部を開けるには供給元の立会いが要る。勝手に封を壊すと、故障の責任をこちらへ負わされる。

 親方へ伝えると、彼は供給元に立会いを求めると言った。


「急ぎますか」

「冬の本格運用まで、三週間だ。それまでに見よう」


 私は点検簿へ記録した。

 アダが封蝋を覗き込む。


「開けないと、原因はわからないんですね」

「はい。だから、今はわからないと書きます」

「先生なのに?」

「先生でも」


 彼女は、わからない、を大きく書いた。

 そのあとで、自分が何を見たかを細かく書き足していく。

 私は覗き込んで、図の左右が逆だと指摘した。

 アダは舌を出して書き直した。

 水門守りが、私たちの手元を見ながら言った。


「去年も、点検の人が来たんだがな。良好と書いて、一杯飲んで帰っていった」

「そのとき、冬の量まで水を流しましたか」

「そこまでは。農家が困るからな」


 通常の点検で異常が出なかったとしても、冬の流量に耐えるとは限らない。

 私は去年の運転記録も見せてもらった。

 雨の少ない冬だった。調整器へ掛かった負荷は、計画の半分以下だ。


「今年も同じ天気とは限りません。高い流量の試験を、別の日にお願いします」


 老人は、鉛筆の先で暦を叩いた。


「祭りのあとなら、畑へ水を流してもいい。ここへ書いておく」


 アダが、去年の記録を写した。

 端に大きく、まだ確かめていない、と書く。

 私はその一行を消さなかった。わかったことより、わかっていない範囲を忘れないための記録だった。


 帰り道、川の土手で少年が待っていた。

 食堂でパンの皮を欲しがった、ピップという子だ。

 手に、古い灯りを持っている。


「これ、直せる?」


 父親が夜釣りに使っていた灯りだった。

 今は使えず、物置へしまわれているという。父親は漁師で、朝早く出ていく。


「まず、お父さんに見せてもらっていいか聞いてください」

「許可、もらった!」


 紙まで持っていた。

 灯りはピップの掌より少し大きい。内部に、青い魚の形をした飾りが入っている。

 持ち帰って調べると、底の線が擦り切れていた。

 私はアダへ渡した。


「練習にちょうどいいです。これは陣を一つしか使っていません」

「人のものを、私が?」

「隣で見ています」


 アダは三度ほど息を整えてから、針を持った。

 一針ずつ確かめるので、ずいぶん時間がかかる。

 私は途中で、別の点検記録を開いた。

 アダが手を止めるたび目を上げる。彼女が続けられると判断すれば、また記録へ戻る。


 夕方、灯りの中で魚が光った。

 ピップが窓の外から覗いていて、大声を上げた。


「ついた!」


 修繕室へ飛び込んできた少年に、私はアダを指した。


「直したのは、こちらです」


 アダの耳が赤くなった。

 彼女は灯りを渡し、雨に濡らさないこと、底を乱暴に擦らないことを説明した。

 ピップは説明を半分も聞かずに、礼を言って走っていく。


「覚えたかな」

「あとでお父さんにも伝えましょう」


 机を片づけていると、アダが言った。


「先生が休む日も、これなら私が直せますね」


 私は、ありがとうと答えた。

 教えた手順を誰かが使ってくれることが、思っていたより嬉しかった。

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