第4話 橋は、魔力の強さでは直りません
最初の仕事は、市場へ続く石橋の点検だった。
橋の真ん中で荷馬車の車輪が止まるという。踏板を浮かせる魔法陣に、傷ができているらしい。
現場の責任者はガルド親方。鼻が大きく、声も大きい。私の説明を聞くと、腕を組んで言った。
「王宮から来たって聞いた。こっちの設備は古い。綺麗な図面どおりにゃいかんぞ」
「図面はありますか」
「あるにはある。三十年前のだ」
「変更したところから、教えてください」
親方は少し意外そうな顔をした。それから、橋の下へ梯子を掛ける。
「その服で下りられるか?」
「仕事着ですから」
紺の上着と丈夫なズボンは、マルタさんが用意してくれたものだった。裾を引きずらずに歩けるだけで嬉しい。
私は親方の後ろについて下りた。
橋の裏側には、白い線が何重にも走っていた。
石が受ける荷重の一部を分散する陣。道路の表面に張った陣とは別に、橋脚へ負担を逃がす線もある。
車輪を止めた傷だけなら、すぐに直せた。
ただ、別の線に黒い筋が見える。
「ここ、最近やり直しましたか」
「半年ほど前だ。領都の若い魔法士がな。前より強い陣にしたそうだ」
私は銅の探り針を線へ触れさせた。
先端が震える。荷馬車のいない今も、魔力が流れ続けていた。
「補助陣を止められますか」
「荷が通るときだけ働くはずだが」
「その切り替えがつながったままです。橋脚をずっと押しています」
石の継ぎ目に、髪の毛ほどの隙間があった。
強い魔力で踏板を支えれば、表面の揺れは減る。その負担は下へ逃げる。
古い橋脚には、それを受け止めるだけの余裕がなかった。
「今日、重い荷は通さないでください」
親方が見上げた。
朝の市場へ向かう馬車が、すでに列を作っている。川下の橋へ回れば、一時間は余計にかかる。
「お嬢さん。止めるってのは、簡単じゃない」
「はい。修繕に三時間ください。人と空の荷車は片側から通せます。積んだ馬車は川下へ」
「橋脚は?」
「支えを入れて、陣を調整した後に検査します。石の傷は、私の魔法では直せません」
橋の上で、誰かが怒鳴った。
商人の声だ。野菜が傷むと言っている。
私は梯子を上がり、規制の理由を説明した。野菜を小さな手押し車に移すなら通れると伝えると、今度は人手がないと言われた。
困っていると、背後から腕まくりをした人が来た。
「川下へ回る馬車には、案内をつける。市場の手押し車も借りてきた」
辺境伯だった。
外套を衛兵に預け、親方に指示を求めている。
「どの箱を運べばいい?」
「伯爵様、そういうことは下の者が」
「下の者は、今、橋を直している」
親方は一瞬黙ったあと、いちばん軽い箱を指した。
辺境伯は、その露骨な選び方に気づいて苦笑した。
戻ろうとすると、川上側の列から、小さな声がした。
荷車に、膝へ布を掛けた老人が座っている。診療所へ行くところだという。
商人たちの箱を先に運んでいたため、列の後ろに残ってしまっていた。
「人の乗る車も、通れますか」
付き添いの女性に尋ねられ、私は橋の幅を見直した。
片側だけなら、荷車を降りずに通れる。急な段差の箇所に板を足し、職人に車輪を支えてもらった。
辺境伯も、軽い箱を置いて先導した。
荷車が向こうへ着くと、女性は私に頭を下げた。
「ありがとう。歩かせなくて済みました」
止めれば安全、だけでは済まない。
止めた先で、別の困り方をする人がいる。
私は案内係へ、通れる車の条件をもう一度説明した。
怒鳴る人の声だけで、順番を決めないように。
私は橋の下へ戻った。
親方が支柱を入れている間に、切り替えの線をほどく。余分に足された線を外し、荷の重みに応じて動くよう、細い銅線を三か所へ渡した。
魔力を一度に通すと、指の腹が熱くなる。
三本つないだところで、手を水に浸した。
「休んでる暇があるのか」
若い職人が焦った声を上げた。
「指が震えると線を間違えます。あと一分待ってください」
親方が彼の頭を軽く叩く。
「一分で三時間の仕事がやり直しになるよりいいだろ」
その一分を、私は心置きなく休んだ。
昼前、空の荷車を使って試験をした。
次に砂袋を載せる。左右を変え、重さを変え、橋脚の目印を測る。
三度目の試験で、親方がようやく頷いた。
「明日の朝、もう一度見る。それまでは重荷を半分にしよう」
「ありがとうございます」
「礼はこっちだ。壊れた線をつなぐだけの人間かと思った」
手を差し出された。
私は、冷たい川の水で濡れた手を慌てて拭いた。
橋を上がると、最初に怒鳴った商人が、紙包みを押しつけてきた。
梨が二つ入っていた。
「市場に間に合った。礼だよ」
「橋を止めたのに、いいんですか」
「落ちたら売れないだろう」
言い方があまりに簡単で、胸が詰まった。
川辺に座って、辺境伯と梨を食べた。
彼の袖にも、荷箱の埃がついている。
「明日は筋肉痛かもしれませんね」
「あなたは?」
「指が、少し」
「では、午後の報告は口頭で。ナナに書いてもらおう」
自分で報告まで書かなければ、仕事をしたうちに入らないと思っていた。
私は梨をもう一口齧った。
甘い汁が指に伝う。
「親方は、私以外の技師にも覚えてもらうと言っていました」
「いいことだ」
「私がいなくても直せるようになるのに」
辺境伯は少し考えた。
「あなたが休んでも橋を使える。それで困る人は、いますか?」
川の上を、空になった荷馬車が通っていく。
私を呼ぶ声はしなかった。
私は、もう一つの梨も食べることにした。




