第23話 結婚式の朝に、直さなかったもの
結婚式は、初夏の日曜日に決まった。
王都へは行かず、領の礼拝堂を使う。
領主の婚礼なので、内輪だけにはできなかったが、披露の宴は昼で終えることにした。
私たちは夜、ふたりで食事をしたかった。
準備をしていると、次々に頼まれた。
照明の具合を見てほしい。礼拝堂の扉を点検してほしい。古い香炉が途中で消える。
私は受付へ回すよう伝えた。
エルマさんが予定表を見て、担当と費用を決める。
私が出る仕事もあったが、前日と当日は受けない。
最初の依頼を断ったとき、マルタさんが大きく頷いた。
「ええ。それでお願いいたします。花嫁を梯子へ上げる予定は、ございません」
アダは礼拝堂の灯りを担当した。
親方とベルトン技師が、試験を見届ける。
母の故郷からは、昔の依頼人が花を送ってくれた。
修繕所の開業を知らせたとき、手紙の返事をもらっていた人たちだった。
母の家も、整理が終わった。
借りていた家族は急に出ることを怖れていたが、私は契約をやり直し、同じ家賃で住んでもらうことにした。
賃料はこれから、自分の口座に届く。
故郷へ行けば会うこともできる。
母の家を取り戻すため、そこにいる人の家を奪わなくてよかった。
式の三日前、ヴィヴィアン様から便りが届いた。
殿下との婚約は、結ばなかったという。
家族とは揉めたが、花を使う装飾と風の魔法を組み合わせ、王都の催しの仕事を受け始めたらしい。
謝罪の続きを何頁も書いた手紙ではなかった。
布を乾かす風の調整がうまくいかないので、技師へ何を伝えるべきか教えてほしいという質問が添えられていた。
私は、温度と湿り方を三日分記録すると話が早い、と返した。
最後に、婚礼の祝いのお礼も書いた。
彼女は、礼拝堂へ飾る小さな花の束を送ってくれた。
当日の朝、私は鏡の前に座っていた。
白いドレスの袖は、指まで届かない。
母の針入れが、化粧台の端に置かれている。
私は一度、蓋を開けた。
古い針は、今も練習用に使える。仕事用には新しいものを使っていた。
母のものを使い尽くすことが、母を覚えている証拠ではない。
「そろそろ、お髪を」
マルタさんが、後ろから声をかけた。
私は針入れを閉じる。
鏡に映る自分の顔は、王宮の宴の日より丸く見えた。
よく食べるようになったのだと思う。
それを言うと、マルタさんは笑った。
「よく眠ってもいらっしゃいます」
結んだ髪へ、白い花が差された。
窓の外では、ピップが誰かを呼んで走っている。
アダは正装のまま、入口の札を確認していた。
今日の灯りは、自分の仕事だという顔だった。
廊下へ出ると、ルイス様が待っていた。
黒い礼服に、少し青の入った上着。
初めて会った夜を思い出す色だった。
ただ、今日はどちらも、帰る場所を失ってはいない。
「綺麗です」
彼は、それだけを言った。
私は礼を言い、左手を見た。
今日は礼服の手袋をしている。
「痛みはありませんか」
「今朝は、大丈夫です」
彼が右腕を差し出した。
私は腕へ手を掛ける。
ふたりで玄関へ向かったとき、脇の小さな扉が風で鳴った。
音に足が止まった。
蝶番の緩みだろう。針だけで直る箇所ではない。
私は扉を見て、近くの係へ伝えた。
「午後、親方のところへ回してください。今は、閉めておいていただければ」
係が頷き、扉を閉めた。
ルイス様が私を見ている。
「どうしました?」
「いえ。行きましょう」
彼は笑って、歩き始めた。
誰かが直してくれる予定を確認して、私も歩いた。
礼拝堂の灯りは、白く柔らかかった。
薔薇の魔法より地味かもしれない。
でも、参列した人の顔が一人ずつ見える。
親方、ナナさん、エルマさん。修繕室の職人たち。市場の商人。
何人もが、仕事を休んでここへ来ている。
誓いの言葉を読み上げる前、司祭が私たちに確認した。
双方の意思による婚姻か。
私たちは、自分の声で答えた。
腕から手を離し、指輪を受け取る。
私もルイス様の右手へ、指輪をはめた。
彼の左手には、指を曲げにくい部分がある。右にすることは、先に話していた。
揃わなくても、何も困らなかった。
外へ出ると、風が花びらを散らした。
ピップが、それを追いかけて走る。
ナナさんは帳面を持っていない。親方の腰にも道具がない。
アダだけが、小さな袋を袖に隠していた。
「灯りの予備です」
見つかった彼女が言う。
私は、式はもう終わったと伝えた。
アダは少し考え、袋を職人へ預けた。
そして、ピップを追って花びらの中へ入っていく。
昼の宴が終わり、館の静かな部屋へ戻った。
ルイス様は上着を脱ぎ、私へ水を注いだ。
窓から夕方の明かりが入る。
「疲れましたか」
「とても」
「私もです」
私は椅子へ深く座り、笑った。
何かを直した疲れではなかった。
人に祝ってもらい、好きな人と結婚した日の疲れ。
今日は、それだけで十分だった。




