第14話 綺麗な花を咲かせた、そのあとで
ヴィヴィアンは、リネットが王宮へ来たことを侍女から聞いた。
会計検査に呼ばれたのだという。
アーネストは、戻ってくることになったと思っていた。
工務長も、そのような言い方をしていた。
「これで、落ち着く」
殿下がそう言ったとき、ヴィヴィアンは尋ねた。
「ご本人も、そうおっしゃったんですか?」
アーネストは返事をしなかった。
別の用事を思い出したふりをして、侍従を呼ぶ。
彼女はその場を離れた。
離れながら、胸の中で考えた。
リネットが戻れば、また自分の衣装も、部屋も、何もかも都合よく整う。
そう思う自分がいる。
彼女に対して申し訳ないと思いながら、便利な人の帰還を望んでいる。
それを、優しい心という言葉で片づけたくなかった。
検査室の前で、リネットに会った。
仕事用の紺色の上着を着て、手には包帯が残っている。
王宮にいたころより、目がよく合った。
「お時間、ありますか」
ヴィヴィアンが尋ねると、リネットは同行の弁護士を見た。
弁護士は、次の面談まで二十分と答えた。
ふたりは回廊の椅子に座った。侍女が少し離れて待つ。
「婚約解消の夜、私はあなたへ、あなたに合った暮らしを、と言いました」
リネットは頷いた。
言い訳を待つような顔ではなかった。
それで、かえって続けにくかった。
「あれは、あなたが今より下へ行くのだと思って言いました。失礼でした」
回廊に、侍従の靴音が響く。
リネットはしばらくその音を聞いていた。
「そういう意味だったんですね」
「はい」
違うと言ってしまえば、楽だったろう。
心から幸せを願ったのだと、後から整えることもできた。
だがヴィヴィアンには、あの夜の自分がわかっていた。
「謝って、今すぐ許してほしいという話ではありません。会計の件で、私の持っている記録を使っていただけますか」
彼女は薄い帳面を差し出した。
宴の衣装、装飾、花の演出に使った材料費。フェランから渡された予算明細だった。
その中に、リネットへの支払済み賃金の項目があった。
工務室の経費を説明する際、まとめて写されたらしい。
「私は、これを見て、あなたへ毎月支払われていると思っていました」
リネットの指が、数字の欄で止まる。
表情は変わらなかったが、指先が白くなった。
「お借りします。ご自分で説明していただけますか」
「はい。いつ、どこで受け取ったかも」
リネットは立ち上がった。
そこでヴィヴィアンは、言わずにはいられなくなった。
「あなたの魔法を、小さいと思っていました。私には、あんなふうに直せません」
リネットが振り返る。
「私も、あなたの薔薇は咲かせられません」
それは、彼女を慰める言葉ではなかった。
ただ、できることが違うのだと伝えている。
「それで、あなたの仕事をなくす必要はないと思います」
リネットは検査室へ入った。
ヴィヴィアンは残り、膝の上で手を組んだ。
誰かを勝たせるため、別の誰かを負けたことにする。
そういう席で、自分は綺麗な花を咲かせていた。
その日の午後、工務長から使いが来た。
帳面には下書きの数字が混じっているため、会計検査へ出さないでほしいという。
ヴィヴィアンは、侍女の前で返事をした。
「説明が必要なら、検査官へなさってください。私は受け取ったものを、そのまま提出します」
使いの顔が強張った。
彼が去ると、侍女が小さく息を吐く。
「殿下に叱られるかもしれません」
「そうね」
「それでも?」
ヴィヴィアンは、髪に差した銀の枝を外した。
枝にはまだ、花を咲かせていなかった。
「花を咲かせる仕事は、続けたいわ。でも、誰かを黙らせるために使うのは嫌になった」
夕方、洗濯室へ寄った。
床の水は引いていたが、機械はまだ止まっている。
ヴィヴィアンは、洗濯婦たちへ先日のことを謝り、何があれば作業しやすいかを尋ねた。
必要なのは蒸発させる火ではなく、乾燥棚へ風を通す魔法だった。
彼女の花を開く魔法には、弱い風が使われている。
その風だけを出せるか、試すことになった。
初めは、布が揺れすぎた。
次は弱すぎた。
三度目に、洗濯婦がよいと言った。
誰も、感嘆の声は上げなかった。
布が少し早く乾き、仕事の帰りが早まるだけだった。
ヴィヴィアンは、その帰りを見届けるまで、花を咲かせずに待った。




