「クオレマという存在」の物語
クオレマになるということはどういうことなのか。
屋敷を出たコレットは、人形を隠して近くの村へと身を寄せるのだった。
ノエルの意識から解放されたクオレマは、ノエルと願いの通りコレットを守るという役目を全うしようと、懸命に忌まわしき屋敷からコレットを連れて逃げ出す。
しかしそれが一体誰との約束で誰の願いなのか、クオレマは覚えていない。
欲深き願い人、ノエルが三つの願いのうちの一つとして、そう願ったのだ。
クオレマは人形状態に戻る前に、なんとか近隣の小さな集落の端の洞穴のような場所に辿り着く事ができたが、呪いの代償として再び眠りにつく事を余儀なくされる。
コレットは再びクオレマが目を覚ますまで、クオレマに手渡された金貨を使い一人で過ごさなければならなかった。
それでも人生の大半をそう過ごしてきたように、コレットは孤児として仕事を求めて村の家中を訪ねた。
次々と起こった忌まわしい事件を忘れられるならどんなに辛い仕事でも構わない、出所の怪しい金貨をなるべく使わずに済むならどんなに少ない手当てでも構わない。
そんな気持ちで懸命に懇願して回った。
そんな健気な少女を放って置けず、村長は村はずれにある小さな古屋に寝床と、村の家畜や農作物の世話をする仕事を与え、この村に置いてやる事にした。
コレットは夕刻に仕事を終えると、毎日クオレマが目覚めていないか様子を見に洞穴へ向かう。
眠り続けるクオレマが汚れないように世話をし、誰にも知られてはいけない不思議な人形をボロ布で包んで、出来るだけ洞穴の奥へと隠したのだ。
人形状態のクオレマの中で、実態を持たない魂である人形師ティルグと、新しきクオレマであるノエルは、その意識を保ったまま過ごしていた。
一体いつまでこうしていればいいのか。
何百年も不死の者として存在してきたティルグとは違い、いまだ「人間が勝手に定めた時間」の中で過ごしているノエルは焦りや苛立ちを感じていた。
「ふふ、退屈だろう、不自由だろう。人間の時間で生きようとしているお前には。
なに、そのうち慣れる。私もかつては……」
「クオレマが目覚める条件はなんだ?いつまでもコレットをこんなところに留めておくわけにはいかない、この人形を作ったあんたなら……なにかそういう力があるんじゃないのか?」
「せっかちなやつめ、暇なら私の昔話でもきかせてやろうとしたのに。
確かにこの人形を造ったのは私だよ、だがこの人形の人知を超えた力には……何と言ったかな?
代償、対価……ああ、コストというものが発生する。正直に言えばそれは私の力を超えているのだよ」
ノエルはこのいつも自分を小ばかにしたように話す人形師に、嫌味の一つでも吐いてやらねば気が収まらなかった。
「ああ、要するに自分の作ったもんをあんたは何百年経ってもうまく操れないってわけか」
「ふふふ、欲に食い殺された者が随分生意気な口を利くじゃないか。
この人形の力の仕組みはよく知っているだろうに」
ノエルの願いを叶え、ノエルを死に至らしめたクオレマという人形は、善なる願い人に希望を与えようとする慈悲の心をもった「クオレマ」と、願いの成就を餌に欲深き者に呪いを与えようとする邪悪な「ティルグ」の二人分の意思が入り混じって動いている。
「クオレマ」の忠告を聞かず、三つ目を願い死んだ者は、「ティルグ」の操り糸にまんまと絡めとられた者たちなのだ。
あの日ノエルが三つの願いを言い終わった後、クオレマは彼を憐れみ、止める事の出来なかった自分を責め、悲しみの表情を見せた。
しかし、その場から立ち去ろうを視線を外したその一瞬、「ティルグ・クオレマ」に出会ったであろうことをノエルは思い出していた。
赤い瞳のクオレマが、怒りとも嘲笑とも取れぬ歪んだ表情で自分を見ていたのだ。
クオレマの前に現れた願い人が善なる心を持っていても、邪悪な欲望を持っていても、クオレマの意思を圧倒し三つ目まで願わせる。それがティルグの力だ。
「この人形が目覚めるのは強い願いを持った者が現れた時だ。
たったの数日後のこともあれば何十年も後の事もある。
お前は自ら願ってクオレマになったのだ、人間だったことなどさっさと忘れることだな。
そして次の愚か者が現れるのを楽しみに待っていればいい。
あの娘を助けようなど、未練がましい考えは捨てろ。
クオレマは願あの火災から小娘を助け出し、屋敷から解放してやった。願いは果たされたと思わぬか?」
ノエルはそれは自分がやったことだと反論しようとしたが、クオレマとなった自分は一体何者なのか、言葉に詰まった。
ノエルの願った事は、クオレマの力が叶えた事には違いないのだ。
では、ノエルを失ったコレットはこれからどうなるというのか?
ノエルには恐れていることがあった。
それは、クオレマの目覚めを待ち続けているコレットが、いつか「願い人」になってしまうこと。
その時ティルグはおそらく、コレットを呪いへと誘おうとするだろう。
このクオレマという聖域に踏み入っておきながら、人間への未練を捨てられない者への見せしめのために。




