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「最も罪深き者」の物語

欲望のために人形の正体を明かした「トリスタン」

恐怖に抗えずに「願い人」になってしまった「コレット」

トリスタンへの憎しみで真の「ノエル・クオレマ」となってしまった「ノエル」

ノエルを死神に変貌させた「人形師ティルグ」

最も罪深き者は、誰だというのか?

コレットを利用して呪いを受けずに三つ目をクオレマに願うことに成功したトリスタンは、

こんなに思い通りに事が運んだことへの興奮、間も無く成就するだろう願いへの歓喜、それから三つ目の願いを要求して来た真のクオレマへの畏怖、

あらゆる感情によってもう平常心でいることは不可能だった。

怯えるコレットを連れて、早足で洞穴の出口を出るやいなや、その場に膝をつき、四つん這いとなって俄かに笑い始めた。


その笑い声は次第に大きくなり、異様なる光景にコレットはすぐにでもその場から逃げ出したい気持ちであったが、完全に足がすくんでしまい、動く事も、恐ろしさで言葉を発する事もできなかった。

逃げたところで目指す場所は同じ村。

これ以上酷い扱いはしないとこの男は言ったが、クオレマの存在を握られている限り、

もはや何をされても逆らう事は出来ないだろう。


やがて周囲に静寂が訪れる。

笑い飽きたトリスタンはよろめきながら立ち上がり、背後で怯えるばかりのコレットに向き直る



「俺は人形の事は他言しない、お前もそれを守れ。この日起きた事は決して誰にも言うな。

俺とお前は話した事もない、俺が何者かもお前は知らない」


「守る、守るわ。でも、一つだけ教えて、

ノエル……ク、クオレマの杖を盗んだのは本当にあなたではないの?」


「杖の事など俺は知らん、初めて会った時には確か持っていたと思うが……

あれがどうしても必要ならばクオレマに願え、お前はあと一つまでなら呪いを受けずに願える」



トリスタンはニヤリと笑みを浮かべて、コレットを置いて村へと歩みを進める。


三つの願いを叶えた後、その者に逃れようもない死を与える呪い人形クオレマ。

コレットは自分の友としていた不思議な人形の、本当の姿を知ってしまった。

ドラクロワ家の惨劇を起こしたのもきっとクオレマである事にも勘付いていた。

あの人形は人を平気で殺す事ができる、しかしノエルと名付けて友として過ごしていたあの人形は、

とてもそんな恐ろしい者とはどうしても思えない。


動かない足を引きずってノエルの杖を大切な形見だと返そうとした姿、

ノエルという名を微笑んで受け取った姿、どんな他愛のない話も優しく聞いてくれた姿、

焼け落ちる屋敷から必死に助け出してくれた姿。



「あなたを守るのが私の使命」



クオレマは確かにそう言った。

これは自分の願いではない。では、誰が?

あの時クオレマを動かしていたのは、誰の願いなのだろうか?


コレットは村を目指して力なく歩き出す。

今までノエルを守るために住まわせてもらっていたこの村に、身を置く意味はこれ以上あるのだろうか?

ノエルではなくなったあの人形に再び会いに行く勇気があるだろうか?

答えを出せぬまま、コレットは古屋の中で縮こまり、眠れぬ夜を過ごした。

興奮の冷めやらぬトリスタンもまた同じく。


秘密を抱えた二人以外が皆寝静まるこの村に、死神は杖を鳴らしながら現れる。

断罪ために新たに手に入れた杖と身体で。


ノエル・クオレマは迷いなくかの者の住処を目指し、その扉をノックする。

それはこれから起こるだろう、惨劇の合図であった。





クオレマ、お前がコレットを守れないなら俺がやるしかないんだ。

この世には慈悲や情けをかける価値もない奴らがこんなにもひしめいている、

そういうやつからお前はコレットを守れなかった

そんな弱い願いの力などいらない、俺が持つのは呪いだけでいい。

願いで守れないのなら。




コツコツ、とリベルテの家の木戸が小さく鳴る。

眠れずに居間で小さなランプの灯りの中でルクレールの手紙を何度も読み返していたトリスタンは、

きっと風の音だろうと無視をしていたが、それは一定の間隔で何度も鳴る。

こんな夜中に来訪者など、滅多にあることではない。

しかも急用があるようなノックの仕方ではない。

不信感を抱いたトリスタンは古びた窓からこっそりと外を伺う。

だがそこには闇が広がるばかり。人の気配は感じられない。

それでもなお、その不気味なノックは鳴り続けている。


トリスタンはやはり、いつもより強く吹いている風が外扉の何かの部品を壊してしまい、それが扉を叩いているのだと思った。

忌々しい音の原因をなんとかしてやろうと徐に扉を開け、外に出る。

嵐の前兆のような風だ。木々は騒がしく、雲の流れは早く、満月はその隙間を出たり隠れたり。

こんな夜は亡霊が一人歩きするのだと、村の迷信をよく聞かされていたものだった。

だから扉をノックをされても開けてはいけないとも。


子供騙しを信じないトリスタンは家の外をランプで照らしながら音の元を探した。

しかし不思議なことに、扉を開け放ったにもかかわらずその音は相変わらず鳴り続けていた。

風は強いが、扉に何かが当たっている形跡もない。

叩かれていたのは扉ではなかったのだろうか?

訝しむトリスタンが家の外壁を調べようと歩き始めたその時、何かに蹴つまずき無防備に転んでしまう。

いや、転ばされた、という感覚に近かった。見えない何かに足元を強く弾かれたのだ。

感触としては、それはきっと細長くて硬い、杖のような。


瞬間、トリスタンはさっと胸に冷たいものを感じる。

杖。あの呪い人形は確か杖を持っていた。


いいやまさか、自分は三つ目を願ってはいない。呪いを受ける事はないはずなのだ。

それに、コレットの話ではあの人形は杖を失ったというではないか。

転んだ姿勢のまま、そう自分を落ち着けようとするトリスタンの目の前で、

何かが地面に思い切り突き立てられた。

雲の切れ間から顔を出す満月の光がそれを照らし出す。妖しく艶めく黒い杖。

それは、間違いなく見覚えがあった。



「トリスタン・リベルテ、欲深き者よ」



冷たく響く声に驚きトリスタンは思わず顔を上げる。

そこにいたのは青い瞳の何者か。逆光でよく見えない。

しかしその声は、記憶に新しい。



「お前が待ち侘びている者より早くお前を迎えに来た。

お前に最も相応しい場所へ連れ去ってやろう。お前が行くべき場所は、地獄だ」



その者の杖がひとりでに青い炎を纏う。

その光によって、ようやく杖の持ち主の全貌が明らかになる。

長い黒髪を結い、破れた黒衣を纏い、顔には深い傷。青い瞳と壊れた足。

洞穴で出会った時の姿とは違うが、おそらくはあの人形。

呪い人形クオレマ。


理解が追いつかない、声も出せないといった様子のトリスタンの顔を、

その人形、ノエル・クオレマは思い切り蹴り飛ばした。



「どうした?俺が何を言っているかわからないのか?お前は三つの願い以上の罪を犯した。

俺がその代償を頂きに来た、呪いの化身としてな」



トリスタンには、本当にこの人形が何を言っているのかわからなかった。

クオレマに自身の口で三つ目を願わなければ呪いを受けない誓約のはずだったのだ。

一体何が起きているのか、混乱した頭の中で唯一理解できるのは、

この人形は自分を殺しに来たという事だ。

トリスタンは血相を変えて思い切り走り出した。



「無駄なことを…………く…ッ!」


追いかけて制裁を与えようとするノエル・クオレマの身体が急に動かなくなる。

干渉されたのだ、もう1人のクオレマに。




あの者は二つまでしか願っていません。コレットも一つしか。

確かにあの者は罪深いことをした、しかしクオレマの力の制約の元では誰も死なずに済むはずです。

あなたはあの者以上の罪を犯すつもりですか?

あなたは私に願いと呪いを与えたティルグではないのでしょう、

あなたが何者なのか教えて欲しいのです



「黙れ木偶人形、お前やティルグが出来ないことを俺が自らやってやるんだ」



行かせません、私にコレットを守るように願ったのはきっとあなたなのでしょう。

本当にコレットを思うならその手を血で染めてはならない

その手で彼女に触れられますか?その姿を彼女に見せることができますか?

その声で彼女と言葉を交わせますか?

どうか、どうか、私の言葉を……



「残念だがその一線はとっくに超えている。綺麗事しか吐けない貴様が……俺の邪魔を……するな!」



ノエル・クオレマの杖が青い炎を纏い大鎌の形を取り、自分を縛り付けていた見えない力を一閃した瞬間、干渉していたクオレマの意識がふと小さくなる。

体の自由を取り戻したノエルは鎌を引きずり、トリスタンが逃げた方向に歩みを進める。

ゆっくり、ゆっくり、憎しみの炎を見せつけ恐怖を与えるために。




逃げ惑うトリスタンが向かった先は、村はずれの小さな古屋。

ここにくればあの人形は手を出せない筈だという確信がトリスタンにはあった。

古屋にはあの人形の持ち主のコレットが住んでいる。


風にざわめく木々の音に混じって聞こえてきた異様な音にコレットが気づいていないはずがなかった。

何者かの足音がだんだんと近づいてくる事にも。

だがその粗末な作りの古屋に鍵などなく、間も無く真っ青な顔のトリスタンが飛び込んでくる。

コレットは小さく悲鳴を上げ、古屋の隅へ逃げようとするがすぐにトリスタンに肩を掴まれる。

トリスタンはひどく怯えた顔で、コレットに問いただす。



「あれはお前の人形か!?俺もお前も呪いを受けないはずだろう!なぜここに!?」


「人形……?ノエルのこと?な、何を言ってるのか……私……」


「あいつを見ろ!」



トリスタンは乱暴にコレットの腕を引き、扉の隙間から外を覗かせる。

コレットの目に映ったのは、強風にマントをはためかせ、

青い大鎌を手にゆっくりとこちらへ向かってくる黒衣の何者か。

この古屋からはまだ遠く、それがトリスタンの言う「人形」であるかどうかコレットにはわからなかった。

それがクオレマであれば、杖もなしに、ましてやあのような大鎌を携えて歩くことなど出来ないはずなのだ。



「あいつ、俺を殺しにきたんだ。や、約束が違うじゃないか。お前の人形なら、あいつを止めろ!」


「知らない、わからない、だって、ノエルは歩けないはず……」



混乱する二人の元にその死神はだんだんと近づいてくる。

月と炎に照らされたその顔がコレットにもはっきりと見えてくる。

それはコレットも初めて見る姿。

姿だけではない、あんな冷淡な顔は。



「来るな!この娘がどうなってもいいのか!?」


「ひっ……」


コレットはトリスタンに後ろで両腕を拘束され、人質として前に引き摺り出される。

そして改めてその人形と目を合わすことになる。

長い黒髪に黒衣。

顔には、消すことの出来なかった深く刻まれた傷。

彼はやはり自分が杖と名前を託した、あの人形に違いなかった。

だからコレットは、その者に向かって思わず、声をかけてしまっていた。



「ノエル、この人を、どうするつもりなの」



ノエル・クオレマはコレットを見て、ほんの一瞬だけ表情が悲しげに揺れる。

しかしすぐにトリスタンと視線を合わせ、険しい表情で罵る。



「どこまでも卑劣な男。その子を離せ。そうすればせめて苦しめずあの世に送ってやる」


「ノエル、やめて!私そんな事望んでない!これ以上……殺さないで……!」



コレットの悲痛な叫びに、無機質であった人形の顔がほんの少し悲しげに揺れた。



「コレット。この世には、死を以て罪を償うべき人間がいる。そのために俺も死んだ。

そういう人間をクオレマが断罪できないなら、俺の役目なんだ」


「何を言ってるのか、わからない……わからないよ!あなたは、誰なの!」



コレットと人形の会話の最中、トリスタンはようやっと懐に忍ばせていたナイフを震える手で取り出す。

そして、コレットの首に触れるか触れないかの距離にあてがう。



「俺を殺すならこの娘も道連れだ、できるのか?

そうだ小娘、お前はもう一つ願いを使える。

こいつがクオレマなら……願えばいい!」



クオレマは願われたら必ずそれを成就させる。

コレットに二つ目を願わせたら、もう次はない。

そして人の死を望まないコレットはきっとこの男の言う通りに命乞いをするだろう。

しかしノエル・クオレマという存在は、ティルグが作った願いと呪いのルールの範疇にはいないのだ。



「……俺は呪いの力しか持っていない。その手は無駄だ」


「ハッタリを!どちらにせよ、この娘の命が惜しければこのまま立ち去れ!」



ノエルとトリスタンは完全に膠着状態となった。

その時、ノエルの意識が突如何かに貫かれたような鋭い衝撃を受ける。

これは、あの者の干渉。




『ほう、面白いなこのままでは埒が明かぬ、

私が手を貸してやろうではないか』




ノエル・クオレマが意識を失い膝から崩れ落ちる。

何が起きたのかと驚くばかりの2人の前で、倒れたノエル・クオレマは真っ赤な炎に包まれ、その渦の中で消え去った。

次に糸状の光の中から現れたのは、また、2人が初めて見る「赤い瞳のクオレマ」だった。


その人形の顔には傷はなく、足の破損もない。

杖を必要とせず堂々とした出立ちで立っている。

大きな翼の意匠は神か悪魔か。


これこそ、己を人を超えし者と称する、不死なる人形師、ティルグ・クオレマが自らのために仕立てた新たなる姿であった。

新たな人形は、呆気にとられている二人に丁寧かつ大袈裟にお辞儀をしてみせた。

まるでこれから見世物を始めようかというように。



「私は願いと呪いの力を持つ人形、ティルグ・クオレマ。

君たちには何が何だかわからないだろうがね。

とりあえず、私は私の制約の元に……とある願い人のために力を使わせてもらおう」



ティルグ・クオレマが片手をほんの少し動かしたその瞬間、トリスタンの手からナイフが見えない力によって弾き飛ばされた。

狼狽えるトリスタンの様子に目を細めて嘲笑うティルグ・クオレマは、今度はその片手を高く持ち上げる。

その手首をクイッと捻ったその瞬間、トリスタンの腕も高く持ち上げられ、彼の悲鳴と共にその腕は無理やり捻られた。



「ふん、五月蝿いな」



その人形は苦笑しながら人差し指を指揮者のように滑らかに動かす。

トリスタンの口は見えない糸に縫い合わされ、声を上げられないようにされてしまう。

人形が指や腕を動かすたびに呻き声しか出せないトリスタンの腕に、体に、見えない糸のような力が食い込んでゆく。

そしてとうとうトリスタンは身動きひとつ取れない格好で宙にぶらりとなった。


自由になったコレットはその人形のあまりの所業に床にへたり込み、恐怖から動けずにいた。

まるで自分も見えない糸に絡められたかのように。

しばし呆然としていたが、やがて意識が鮮明になり、クオレマの足に縋りつく。




「や、やめて!死んでしまう!ひどいことをしないで!」


「そんなにひどいかい?私は君を助けて、守ってあげただけだよ」


「私もう大丈夫だから、だからもう、許してあげて……!」



赤い瞳のクオレマは、その言葉を待っていたかのように妖しい笑みでコレットの瞳を覗き込む。



「それは君の願いか?」



コレットは息を呑んだ。

願いの要求、このクオレマはあの洞穴で出会った冷酷な赤い瞳のクオレマと同じ者だ。

ようやくコレットは知る事になった。クオレマは三人いる。


一人目のクオレマは自分がノエルと名前をつけた、心優しきクオレマ。

二人目のクオレマは、呪いの化身として現れた青い瞳のクオレマ。

三人目、今目の前にいるこの赤い瞳のクオレマは、三つの願いをエサに人に死を与えようと罠を仕掛ける真のクオレマ。


それでも、今この場にトリスタンの命を助けられるのは自分しかいない事をコレットはよくわかっていた。



「そうよ、助けて……もういいからひどいことはしないで、お願い……お願いします」


「ふふ、あんな男のためになんと尊い願いだろうか!良いだろう、君の二つ目の願いを聞き遂げよう」



芝居がかった言葉と共に、赤い瞳のクオレマがパチンと指を鳴らす。

その瞬間トリスタンの体は見えない糸から解き放たれ、鈍い音を立てて床に放り出された。

気を失っているが、どうにか生きてはいるらしい。



「君に残された願いはあと一つ……だが君の尊い願いで助けたこの男を、

もう一人のクオレマが放っておくかな?」


「そ、そんな……」


「それでは、私はここで」



赤い瞳のクオレマは、ニヤリと微笑むと翼に包まれて消え去った。

そこに残されたのは、ノエルの杖と、コレットがノエルと名付けた心優しきクオレマ。

コレットは、現れたのが青い瞳のクオレマではなかった事にほっと胸を撫で下ろした。

けれどもこれから自分はどうしたらよいのか、何もわからずにいた。



「コレット……」


「ノエル!ノエルよね?ああ、どうしよう、私……私……」



気がついたその人形に、コレットは混乱のまま思わず泣きついてしまった。

このクオレマは、ノエル・クオレマともティルグ・クオレマとも意識を共有していたため、一部始終を全て知っている。

ノエルがトリスタンを殺すためにここへやってきた事、ティルグがコレットを願い人にするために新たな姿を得た事。

彼らの新たな姿は、強い力を以てして生まれ、動かす事にも同じように強い力を必要とする。

そのために長くは姿を保っていられず、一度意識を手放せば、再びクオレマの主人格を乗っ取るまでには時間が必要になる。


コントロールの出来ない不可逆的な願いの力しか持たず、足も不自由なクオレマが出来ることは限られている。

それでも今コレットのためにしてやれることは、この場からすぐに立ち去る事。

クオレマは杖を手に立ち上がり、床で呻いているトリスタンの姿をなるだけ見せないように、壁にかかっていた外套をコレットに手渡して彼女を古屋の扉まで導く。



「私がまた乗っ取られる前に、早くここから立ち去らなければ……

ティルグの言う通り、あの者の命はありません」



ティルグ、願いを要求する赤い瞳のクオレマは確かにコレットにもそう名乗った。

三人のクオレマにはそれぞれに名前があるのかとコレットは思った。



「あの、赤い瞳の人形がティルグ……あなたは?」


「私はクオレマ。あなたはノエルと呼んでくださっていましたが、それが私の本当の名」


「……なら、トリスタンを殺しに来た青い瞳の人形は誰なの?」



わからない。

クオレマはあの者が誰で、なぜ自分の中にいて、人形師ティルグと同じように自分を乗っ取り動かす力まで持っているのか、本当にわからなかった。

そして、今となってはもう願いと呪いのルールの範囲外にいる。

一つだけわかる事は、コレットを守れという強い願いを持っていること。

その願いをきっとクオレマの力に託したであろう事。

クオレマは、コレットに「ノエル」の話を聞かせられてからずっと引っかかっていた事がある。


『自分の周りで人が死んだ』


それが意味するのは、おそらく呪いが発生したという事だ。

なぜその時の記憶が欠けているのかはわからないが、ティルグによるものか、

または別の何かの力がそうさせているのだと、クオレマは考えた。


風のざわめきが幸いにも小屋での惨劇の音をかき消していてくれた。

村人は異変に気づかずに寝静まっている。

一刻も早く立ち去らなければ、でもこれからどこへゆけばいいのか、この先に何が待っているのか。

コレットを呪い殺そうとする者、呪いの制約を超えてまで人を殺そうとする者、二つの恐ろしい魔物を抱えたこの身で、コレットと一緒にいていいのか。

それが本当にコレットを守るという事になるのだろうか?


村を出ようという所まで来て、沈黙を続けていたクオレマは告げなくてはならないと感じた。

自分の中にいるあの青い瞳の死神の正体を。

人形は足を止める。



「……クオレマ?」


「コレット、これ以上私と一緒にいるのは危険です。ティルグはあなたを願い人にしようとしている。

あと一つを願わせようとしている。その為にきっと彼はどんな手段でも使うでしょう、さっきのように」


「……私に、私に1人で行けというの?」



繋いでいたコレットの手は震えていた。

寒さ、恐怖、動揺。

自分を友としてくれた少女を、守れと願われた少女を、こんなに小さな少女をたった一人でこの先に進ませる事が正しいことかわからない。できればそんな事はしたくない。

それでもクオレマは今はそれが最良の選択だと考えたのだ。



「洞穴に隠したあの金貨、まだ使っていません」


「嫌よ、私一人なんて、ここでの生活もあなたがいたから耐えることが出来たのに、もしもあなたが…妙な力を持っている人形だったとしても、私は…」


「コレット、今の私にはコレットは守れない。聞いてください。私の中にいる青い瞳の者、あれは———」



〝クオレマ、お前はまた俺の願いを、誓いを破ろうというのか〟



あの者の意思がクオレマの体を劈いた。

それは怒りに満ちている。悲しみに満ちている。憎しみに満ちている。



〝コレットを守る事を放棄しようというのか、

俺の正体をコレットに話そうというのか、

俺が死んでまで願ったことをお前はすべて無かったことにしようというのか?〟



「バカな……」



クオレマの体の自由は、完全にきかなくなった。

様子のおかしいクオレマの姿に、コレットもさっと青ざめる。

思わず手を離すが、クオレマの体は硬直しておりそのままの姿勢を取り続ける。


早すぎる、こんなに早く再び体を奪われるなんて。

この者の意思の力を図り知ることが出来ない。



「私にはもう……彼を……制御できない……」



〝言っただろう

お前が出来ないことは……〟



クオレマの体が一瞬にして青い炎に包まれて、生まれ変わる。

青い瞳のクオレマが、コレットの目の前で再び顕現したのだった。



「俺がやってやる」



目映い光の中で、死神人形の憂いを帯びたその顔にコレットが見たのは

やはりクオレマが告げようとしたあの者の面影だった。


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