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「欲深き者」の物語

村のはずれでコレットを待ち構えていたトリスタン。

彼はコレットを連れ、何をしようというのか。

人形は、彼女を守ることができるのだろうか。

洞穴の奥でコレットを待っているクオレマの耳に足音が聞こえる。

ああ、もうそんな時間か、とクオレマは思ったが、やがていつもと様子が違う事に気が付いた。

足音が二つ。そう聞こえるのだった。

しばらくしてランプを手にクオレマの元にやってきたのは、あのトリスタンと、彼に背を押されて歩かされている酷く怯えた顔のコレットだった。

人形師ティルグの予言は当たった。しかも、想像もしていなかった状況で。



「コレット……」



コレットを助けようにも、杖を失ったクオレマは立って動くことが出来ない。

人形の前に来て、逃げ出せないように改めてトリスタンに服の後ろ襟をつかまれたコレットは怯えて全身を震わせていた。

泣き出しそうな表情と声で、コレットは同じく動けないクオレマに話しかける。



「ノエル、あなたのことがばれてしまった、ごめんなさい……でも、でも私本当に知らなかったの」


「余計な口は利くな」



トリスタンはコレットの襟をより強く引っ張る。

何かを言いかけたコレットは襟に喉をしめられ否応なしに黙らされる。

あまりの行動にクオレマは思わず声を荒げる。



「トリスタン・リベルテ!自分が何をしているのかわかっているのですか、

二度とここには来ないよう忠告したのに……!」


「ああ、俺もこんなことはしたくなかった……

だがあんな希望を与えられて、何もしない人間がいるだろうか?」



トリスタンの声色は恐ろしく冷酷だった。

昨日と同じように口元はマントで覆われているが、クオレマを見下ろすその視線もやはり何の表情もないような、冷たいものを感じさせた。

この男は何を思ってコレットとともにここに来たのだろうか、コレットは何を知ってしまったのだろうか?

クオレマは悟る。クオレマとノエルが最も恐れていたことが、ついに起きてしまったのだ。

トリスタンはコレットをクオレマの前に突き飛ばす。



「さあ、願え。俺の言ったとおりに、この人形に。

そうすればこの洞穴も人形のことも、ほかの者には秘密にしておいてやる」






クオレマの器の中で、人形師ティルグが今まで聞いたことのないような高笑いをする。

ノエルはこの人形師の強い意思に押さえつけられ、どうすることも出来ずにいた。

コレットを助けなければならないのに、クオレマを動かすことが出来ない。


「予想以上のシナリオだ!無力で大人しい男だと思っていたが、欲望とは人を変えるものだな。

よく見よ、これが人間だ。己の欲のために平気で人を傷つけ利用する。

こういう者は万死に値するが……ふふふ、なんとも面白い展開じゃないか」


「こんな卑怯な男……人間ではない!クオレマの意識を俺に渡せ!この男……許さない……!」


「意識を渡してなんとする?クオレマは三つ目を願った者しか殺すことはできない、

杖を失った今動くことすらできない。

この娘はクオレマが願いを叶える人形であることを既に知ってしまったのだ、手遅れだろう。

くくく、ああ愉快だ!」






「コレット、いけません。この者のいう事を……は……う……」


コレットを願い人にしないため、クオレマは抵抗を試みた。

しかし、言いきらないうちにクオレマはカクリと力なく頭をうなだれ、人形状態に戻ってしまったように意識を失った。

突如訪れた静寂に困惑するコレットとトリスタンだったが、しばらくしてその人形は再び動き出した。

カタカタと音を立て、首を擡げ、にやりと笑みを浮かべ、赤く輝く瞳で二人を見つめた。



「……さぁ、私に願いを言うがいい。望みを言うがいい。叶えてやろう」



二人の前で目覚めた赤い瞳のクオレマは、右の掌を向けて、ゆっくりと指を動かし、願いを催促する。

いつもと様子の違う、初めて見るその雰囲気と言葉遣いにコレットはしばし呆然とした。

しかし、トリスタンに再度背中を突き飛ばされ、少女は一歩前に進まされる。


「……早く言え!」


トリスタンも同じく動揺しているのだろう、冷静さを失い声を荒げた。



「ク、クオレマ……私の願いを一つ聞いてください

トリスタン・リベルテが…シュヴァリエ家の正当な末裔として……えっと……」


「くそっ、もたもたするな、俺が教えたとおりに言えばいいんだ!」



今のクオレマは人形師ティルグがクオレマの意思を圧倒した状態、ティルグ・クオレマ。

慈悲を持たぬ呪い人形は、泣き出しそうなコレットを冷笑しながら願いを待った。



「シュヴァリエ家の人が、この村に……

シュヴァリエ家の末裔を探しにきてくれるようにしてください!」



自分がノエルと呼んでいた人形の、おそらく本当の姿。

得体のしれない者を前にコレットはついに泣き出してしまったが、

ティルグ・クオレマは意にも介さず願いに応える。



「よいだろう。願いは聞き遂げた。筋書きは…

クリストフ・シュヴァリエの日記を見つけた者が、クリストフの記録と所在を調べ上げて、

その子孫をシュヴァリエ家に迎えるために王都からここまで使者を派遣する。

王都は遠い。しばらく時間がかかるが、よいかな?」


「は、はい……」



コレットは震えながら袖で涙をぬぐう。

目的を果たしたトリスタンはそれ以上少女を乱暴に扱うことはせず、洞穴から出て村に帰るよう促す。


「すまなかった。お前の願いがどうしても必要だったんだ。

約束通り、この場所の事も人形の事も、誰にも話さない」


コレットは声も出さずうなずきながら、静かにトリスタンの後をついて村へと帰っていった。



コレットに、クオレマが願いを叶える人形であることが知られてしまった。

そして、コレットは一つ目の願いをトリスタンのために使ってしまった。


この一連の出来事をクオレマは深く悲しみ、ティルグは大いに悦び、

ノエルは、この卑劣で欲深き者、トリスタンを許すことはないだろう。





「ああくたびれた、私の意思だけでクオレマを動かすのは…老人が無理をするものではないねぇ。

お前はよく二人も呪い殺せたもんだ、あれが長年積み重なった執念の力、か。

……どうした?怒っているのか?ふん、つまらんやつめ」


ノエルはもうこの人形師の揶揄いを相手にすることも出来ぬほど怒りを湛えてた。

コレットを利用したトリスタンにも、喜んで相手にした人形師ティルグにも。

そして、人形師ティルグに勝つことのできないクオレマの弱さにすら。


自分が死してまで願ったその願いを、クオレマは叶えられないかもしれない。

ならばコレットを守れるのは、もう自分しかいない。

ノエル・クオレマしかいない。

ノエルの激しい意思の力は、ティルグの魂に直接語り掛け、クオレマに更なる奇跡を与える。





不死なる人形師、あの男は善なる願い人だと思うか?万死に値する欲深き者だと思うか?

究極の人形師、いつまでこの人形を壊れた人形でいさせるつもりだ?

あんたの力があれば、はなから杖なんかいらなかっただろう。

人を超えた人形師の最高作品を、いつまでこんな姿にしておくつもりだ?





「ふむ。お前はこの人形の扱い方も、私の扱い方もよくわかっている。

私はクオレマとして何百年も人間の命を弄び楽しんだ。

この人形が壊れたら、私の物語を終わらせようと思っていたのだよ。

だが、お前という新たな〝クオレマ〟が現れた。まだその時ではないようだな」





洞穴に残されたティルグ・クオレマがその指をぱちんと鳴らす。

すると体がひとりでに空に浮かび、光の糸に絡めとられ、絞られ、光がはじけ飛ぶ。


青く輝く光の粒の中から現れたのは、人形としての新たな体を得たノエル・クオレマ。

憎しみに青い瞳を輝かせ、壊れた右足を持ちながらも杖を必要とせず歩くことが出来る。

所々破れた黒衣を敢えて纏ったその姿は、ノエルが望んだとおりの紛れもない死神人形であった。



「さすがだよ、ティルグ・ベルヴェルグ。

だが、もう一つだけ頼みがある。ノエルの杖を仕立ててくれないか?

歩くのには必要はないが、死神には命を刈り取る鎌が必要だ」



死してなお欲深き者よ。いずれ天罰が下ろう。私も同罪だがな。



ノエル・クオレマの手の中で燃えた青い炎の中から、ノエルの杖が創り出される。

かつてイザベル・ドラクロワがクオレマのために作らせた忌まわしい杖と全く同じデザインの、

しかし新たなるノエルの杖。

欲深き罪人を裁くための杖。




私にここまでさせたのだ。面白いものを見せてくれたまえ。

まだお前は一人でその体を動かすほどの力を回復してはいない、クオレマと意識を共有することになる。

入り混じった意識の中で意見が一致することも、反対に分かれることもある。

いずれクオレマの意思と戦う時が来るだろう、お前とあの小娘を忌まわしい屋敷から解放した、

恩人のようなクオレマを、お前は追い詰め激しく苦しめる。

それでもやらなければいけない事があるのなら、クオレマの慈悲の心を踏みにじれ。

私がそいつにくれてやった、くだらない感情を。




闇の中でティルグの言葉が響き終わると、ノエル・クオレマの体は再び青い光に包まれて、消える。

そこから再び現れて、膝をついてそのまま倒れ込んだのは、足が壊れ歩く事の出来ない生き人形のクオレマ。

壊れた人形は自分の無力さに嘆いた。

この体の中で生き続ける人形師ティルグ、それから自分が忘れてしまった何者か。


自分はこの二人のどちらにもきっと勝つことが出来ない。

激しい憎しみの前にはどんな慈悲も悲しみも、何の意味もない。

無駄な抵抗は、より自分をみじめにさせるだけだ。



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