0088
Side:黒金
さて、どうするか……。
僕は新しい鍋を買ってくるかどうかを悩んでいる。
これからも腸から脂を抜くのなら新しい鍋が必要だし、今回だけなら焼いて食べれば終わる話だ。
むぅ、悩むな。
「そんな事で、そこまで悩むのか? たかだか脂を抜くかどうかだろう」
「脂を抜いた腸は、その後に天日で干して乾燥させるんだ。
そうすると長く保存できる食べ物になるんだよ。
かす肉というんだけどね、それにするという手もあるから悩んでる」
「長く保存できる、か……。それは兵糧にもなりそうだな。
出先で腸とはいえ肉が食えるのはありがたいと思うぞ」
「それもあるんだけど、腸って大量の脂を含んでるんだ。
それを抜いているから煮物にも使えるんだよ。
入れると結構美味しい出汁が出るんだよねー。
そういう使い方も出来るから便利なんだ」
「ほーん……なら脂を抜いたらどうだ?
鎌倉の町にも石鹸を作っている所はあるはずだぞ。我が家でも使っているからな。
とはいえ、あれが腸から出来ているとは思わなんだが」
「そうなの? 石鹸は油と灰と塩で出来るんだよ。斯明がそう言ってたから。
京の都の外にさ、色んな人が住んでるところがあるんだ、下京のさらに南だけど。
そこの人達が作っててさ、それで斯明も知ったみたい」
「中では作っていないのか……。
何となく理由は分かるが、口にする必要は無いな」
「臭いからね、公卿や公家が嫌がるんだと思うよ。ついでに外の人達の仕事でもあるし。
それに物凄く臭いけど美味しい料理があるらしくて、お忍びで公卿や公家の一部の人は通ってたんだって」
「そんな臭い料理をなぜ公家の方々が……」
仙太郎にとっては驚きみたいだけど、そんなに驚く事じゃないんだよねえ。
だってあっさりと手の平返しをする人達でもあるしさ。
「物凄く臭いけど美味しいんだよ、だからその美味しさに嵌まった人が通ってる。
そもそも仙太郎は勘違いしすぎ。公卿や公家なんて自分達に都合が良かったら、簡単に手の平を返すよ?
それが公卿であって公家だし」
「………」
唖然とした顔をしているけど、それが公卿や公家の正しい姿だよ。
だからあの人達は滅んでないんだ。
それぐらいじゃないと、強く生きていけないんだと思う。
あの京の都では……。
「政の争いか……。
たしかにそこまで強かでなくば生きられまい。
必要なら裏で暗殺すらされる方々だ。
表は綺麗にしていても、裏では腸の中のように汚れている方々だな」
「ほほほほほほ、その通りよ。足利の又太郎も賢くなったようじゃな」
なんか公家っぽいけど若い人が来たね。いったい誰なんだろう?
「こ、これは執権様!
まさか我が家に来られるとは思わず、ご挨拶が遅れました事、申し訳ございませぬ」
「ほほほほほ、構わぬ、構わぬ。
それよりも、そこな童が伝説の稀人かな?」
「ははっ!
昨夜、それがしの目の前に急に現れまして、今は我が家にて滞在していただいておりまする」
「ふむふむ。しかし美々しき童よな?
稀人とは皆こうなのか?」
「申し訳ございませぬ。御会いした事のある稀人は他におらず……」
「それもそうじゃな。そなたは真に黒金と申すのか?」
「そうだよ。
というより正しく言うと、そもそも僕は神隠しに遭う前の事を覚えてないんだよね。
だから斯明が名付けてくれた名前しか分からないんだ」
「「「「「!!!」」」」」
「貴様!! 執権様と知って無礼な口を利いておるのか!!
事と次第によっては許さんぞ!!」
「知らないよ、そんなこと。
昨日、僕は壇ノ浦に居たんだ。
そして今日はここだよ? 知ってるわけないじゃん」
「なんだと、礼儀も無いガキめ! 今すぐ刀の錆になるがいい!!」
キンッ!
「<斬兵・豪壮武辺>! やれ!!」
「!!!」
ズドンッ!!!
斬兵は太刀を抜いたヤツを一撃で真っ二つにして殺した。
当たり前だけど、僕を殺そうとした以上は殺す。
舐めてくるヤツや敵は殺せ。それが武士なんだから当然だ。
奴らが僕を殺す前に、僕が殺す。
「黒金」
「何を言っても無駄だ。
源氏の奴らも言っていた、舐めてくるヤツや敵は殺せ。それが武士だってね。
僕を舐めてたんだろう? だから簡単に太刀を抜く。
抜いた以上は敵なんだから、殺される覚悟はあるだろうさ。だから抜いたんだしね」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
「まさか武士なのに殺される覚悟もなかったのかい? でも駄目だ。
敵である以上は殺す、舐めてきた以上は殺す。それが武士なのだからね。
僕は武士じゃないけど、源氏の奴らは僕にそう教えてくれたよ」
「黒金、しかしな」
「駄目だ。そこで殺さなければ相手はずっと舐めてくる。
そしたら簡単に殺しに来るんだよ。
僕は黙って殺される気なんてない、むしろ先に殺す。舐めてくるヤツが居なくなるまで殺す。
それが武士に対してしなければいけない事だ。
僕はそう教わったんだよ、源氏の奴らに」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
「執権様、申し訳ございませぬ」
「いや、天晴れ!! 見事である!
黒金殿、そなたは正しく源氏の方々より学んだのであるな。
そうよ、武士は舐められたら負けなのだ。負けぬ為には何をすればよい?
そう、舐めてくる者を殺すしかない。殺すしかないのだ。それは正しい」
「いえ、執権様……」
「我らはいつの間にか弛んでおったに違いない。
だからこそ簡単に太刀を抜くのだ。
本来ならば相当の覚悟がなければ抜いてはならぬはずぞ。
しかしながら童を脅す為だけに軽々しく抜く。
左様な者が真の武士か? そのような事はあり得ぬ。そうであろう?」
「それは………はい」
「うむ。私としては初めて見たかもしれぬ。これこそが武士なのだ。
かつての源平の頃にあられた真の武士。その生き様よ。
すまぬな、迷惑をかけてしもうた。この者は家の者に引き取らせる。
愚かな事をしたと私が申しておこう」
「ははっ!!」
「この様な事になったのでな、今日のところは失礼しよう。ではの」
そう言って公家っぽい人は去っていった。
しっけんって言ってたから、あれが北条って家のヤツかな?
なんだか物凄く若い気がするけど。
「ふぅ………。まさか執権様が我が家に来られるとは思わなんだ。
………それにしても容赦なく殺ったな、黒金」
「太刀を抜くからだよ。他人に向けて太刀を抜いた以上は敵だ。
そして敵に容赦をする阿呆などいない。
さっきのしっけん? っていう人も言ってたけど、それが当たり前だ。
抜いたら切られるという覚悟をするのは当然の事だろうに」
「そう言われると返す言葉が無いのも、また事実なのだよなぁ……。
実際、太刀を抜いた以上は容赦などできん。
だからこそ軽々しく抜くな、と父上も申されていた」
「それが当たり前なんだけどね。どうして簡単に太刀を抜くのやら。
僕には理解できない」
「………お前は本当に源平の頃の者なのだな。
私は先程あっさりと殺したお前を信じられない。
なぜそんな事が簡単にできる?」
「逆だ、仙太郎。
せねばならんのだ、本来の武士はこうであるが故に。
先程も執権様が申されておられたであろう。
このように切り殺されるから軽々しく抜く事はなくなる。
脅しで抜くのを当たり前にしてみろ、軽々しく太刀を抜く者が後を絶たん」
「………」
誰だって死にたくなんてない。
だから相手に対して太刀を抜いたりしなくなる。
抜いたら殺されるかもしれないとなったら、簡単には抜かないよ。
なんで軽々しく抜くようになったんだろう?




