0084
Side:黒金
朝餉が終わった後、僕は外に妖怪退治に行くと言った。
すると、何故か又太郎と仙太郎がついてくる事に。
一応は妖怪退治だから危険なんだけど?
「そんな事は外に出た時から変わらん。
鎌倉の町の中も安全とは言い切れんし、町の外に出れば賊が出てくる事もある。
外に出るという時点で安全ではない」
「だったら屋敷に居ればいいと思うんだけど?
こんなに何人もでゾロゾロと歩かなくてもいいと思うんだ。
僕としては一人で良かったんだよ、そもそも京の都でも一人で出歩いてたし」
「京の都のような場所だと安全であろうが、ここは鎌倉であり武士の町だ。
甘く見ていると賊に殺されるぞ?」
「だーかーらー、源氏が賊になってた時、普通に賊を殺してたの。
京の町中で賊は当たり前に出てたし、それは義仲が軍勢を率いて上洛した後だよ。
都の中の賊なんて悉く源氏ばっかりだったし」
「あー、うむ。
分かったから、外でそれを言うのは止めてくれ。流石に色々と問題がある。
その時はそうだったのだろうが、今は違うのでな」
「うーん……まあ、よく分からないけど分かった」
「それにしても木曾殿は何をしておったのだ?
<吾妻鏡>にもあまり書かれていないのだが……」
「木曾は信濃で挙兵して何度か戦った後、越後の城氏を撃退して越後に入ったよ。
その後は地道に越後を支配していったはず。
地盤固めをしてたんじゃないかな? 当時は反平家が多かったからね」
「なるほど。木曾殿は反平家だから、越後の豪族に受け入れられていったという事か。
そうでもなければ、いきなり越後に行っても在地の者が従うはずもないな」
「そうだね。
その後は地道に地盤を固めてたんだけど、北陸を取り戻さんと二度目の追討軍が出たんだ。
その総勢が十万だったかな? それが当時の官軍だよ」
「十万とは凄いな。流石は平氏と言うべきか、底力が違うという事なのだろう。
今では十万なぞ、そう簡単には集まらん。それこそ文永の役や弘安の役でもなければ集まるまい」
「最初は先遣隊が越中で戦って、これは木曾の勝ち。
官軍側は逃げ帰った後で越中との境に陣を張った」
「有名な倶利伽羅峠の戦いだな。あの戦は凄いと思う。
大多数の官軍相手に勝ったのだ。見事としか言い様が無い」
「まあ、そうなんだけど、あれは平氏側が悪いと言えるんだよね。
今日の戦はもう無いって気を抜いて休んでる間に後ろに回られてるし、その日の夜に夜襲をされてる。
そのうえ逃げ惑って崖から落ちるっていう失態をしているしさ」
「それは木曾殿が落ちるように仕向けたのだろう!」
「仮にそうでも、そこが木曾の限界なんだよね。
以降は良いところが一つもないまま討たれるし。
結局、最期まで何がしたいのか分からないヤツだったよ」
そんな話をしながら鎌倉の町を出たら、僕は適当に妖怪を探す。
霊力を調べれば見つけられるから、そんなに難しくはないんだよね。
斯明ともやってたけど、話をしながらの片手間でも出来るんだ。
「何がしたいか……か。
確かに<吾妻鏡>でも、その後は木曾殿に良いところは無い。
仙太郎は木曾殿や義経公が好きだから五月蝿いがな」
「ああ、それでいきなり怒り出したんだ。
木曾はよく分からないままに死んだし、九朗は目が笑ってないヤツなんだけどね。
あいつの目が普通だったのは弁慶と話している時ぐらいじゃなかったかな?」
「おお! 武蔵坊弁慶か!
京にて牛若丸に手玉にとられ、そこで心服して共に過ごされるようになったのだったな!」
「は? ……九朗って子供の頃に大和の寺に預けられてるし、その後は奥州の平泉まで行ってるんだけど?
しかもそれから何してたか分からないし、その後に分かるのは頼朝、公が鎌倉で色々やり始めた時じゃなかったかな?
当時は何をやってる兄弟か分からなかったくらいだし」
「………」
「そうやって色々な話が勝手に作られたりしておるのだろうな。
オレもだが、そもそも<吾妻鏡>を半分くらいしか信じておらん」
「兄上!」
「あれは源平当時に書かれたものではないぞ? 北条家が書いたものだ。
既に当時の事など分からぬようになってからなのだから、本当かどうかは分からん。
半分信じられれば良い方であろう」
「それはそうかもしれませんが……」
「そもそも倶利伽羅峠で勝った後は、京の都まで来て、そこで源氏の多くが賊になったんだ。
当時の京では木曾の事を<山猿>と呼んでたよ。みすぼらしい服装だったし、京の都に賊を連れてくるし」
「「「「「………」」」」」
あらら。又太郎も仙太郎も黙ったし、護衛の側仕えも黙っちゃったよ。
でも、唯の事実なんだけどなぁ……。
あいつは大失敗である皇統の事に口を出したから。
「流石に<山猿>など………。
やはり京の都の者は、畿内の者以外を見下しておるのだ! 許せん!!」
「木曾が<山猿>と言われたのは、以仁王の子である北陸宮を次の帝にしろと言い出したからだよ。
皇統の事に口を出せるのは、皇族か公卿や公家だけだ。
そんな事は大相国ですらやってない。それをやったのが木曾なんだよ」
「次の帝を勝手に決めようとしたのか……。それは<山猿>と言われるはずだ。
オレもおかしいとは思ったが、それは絶対にやっては駄目だろう。
なぜ木曾殿はそのような事を……」
「木曾は京の都で育った事も無ければ、京の都や内裏の事も知らなかったんだよ。
決まりを何も知らず傍若無人に勝手な事を言う。だから<山猿>なんて言われたんだ。
皇統の事に口を出さなければ、あそこまで言われなかっただろうにね」
「なるほど。
公卿や公家の方々、まして帝や院をご不快にしてしまった訳だから、そこまで侮辱されたのか。
これに関しては、話を聞けば木曾殿が悪いとしか言えん。
流石に皇統に口を出すは、あってはならん事であろう」
「………」
「その後は西に行って平氏を追討してこいって言われたら、行って負けるんだよ。
しかも九朗が近江まで来てたからって慌てて京に戻ってきたしさ。
しかも頼朝、公の追討命令を出せとか院に迫ったらしいからね」
「何をやっておられるのだ木曾殿は……」
「平氏には負ける、都に賊は放つ。
お前はいったい何なら出来るんだ? 当時、公卿や公家が木曾に対して思ってた事だよ。
そのうえ、その後は鎌倉軍に負けて討ち死にでしょ?
本当に何しに京の都に来たんだろうね?」
「「「「「………」」」」」
「駿慶さん。
当時の賀茂家の御当主様が言ってたよ、「あの男は上に立っては駄目な男だ、誰かの下ならば大きな功を多数挙げられるが政は出来ぬ」ってさ」
「政、か。
確かに頼朝公も戦より政が得意であられたな。
だからこそ征夷大将軍まで昇られたのであろうが」
「というか頼朝、公っていつ死んだの? 当然だけど壇ノ浦ではまだ生きてたからさ」
「いつまでかは分かっておらんのだ。
前にも言ったが亡くなったであろう年の前後三年分の記録が無い。なので何があったかなどは不明だ。
頼朝公の死因は落馬によるものだとか病だとか言われているが、本当のところは分かっていない」
「そういえば、そんな事を言ってたね。じゃあ九朗は?」
「義経公は頼朝公を怒らせてしまい、それが元で独立しようと源行家と共に立ち上がったが失敗。
最期は逃げこんだ所の奥州藤原氏に裏切られて討たれている。
その奥州藤原氏も攻め滅ぼされたがな」
「あいつ、そんな死に方したんだ。
まあ、目が笑ってなかったし、すぐに奇襲だって言うヤツだったからねえ。
最期は奇襲されて死んだかな?」
「そんな感じだな。それにしても、そんなに奇襲ばかり言っておられたのか?」
「おっと、妖怪発見。<猛兵・剛射隼人>」
僕は妖怪を見つけたので猛兵を四体呼び出し、一斉に矢を射らせる。
そしてあっさり仕留めたまでは良かったんだけど、又太郎達が呆然としてるね?




