0073
Side:黒金
僕達は夜討ちをする事になったので、起きたままだ。
既に夕日が沈みかけてるけど、未だに用意も何もしていない。
何故なら相手は三里先に居るんだ。物見でも出てたら、簡単に夜討ちがバレちゃう。
なので準備も夜になってから。しかも急いで静かに準備をし、そして敵を奇襲する。
そこまで出来て初めて夜討ちなんだけど、果たして上手くいくかな?
僕は関係なく皆の所に帰るだけだし、それで終わるから勝ち負けはどうでもいい。
そして完全に夜になったので、僕はすぐに影兵を出して黒馬に乗る。そして周りに古兵を出して護衛。
夜は見えないので、僕は無理に前には出ない。
出なくてもいいと言われてるけど、これは功を取られたら困るからだね。
戦の話の時に葛葉が言っていたんだ。戦では武功の取り合いで、必要なら味方すら殺すって。
それぐらい武士にとって武功というのは大事らしい。
なので僕はそんなのに加わる気は無いし、勝手にしてほしいと思ってる。
とりあえず近くに来た敵だけ倒せばいいし、何なら影兵でブッ飛ばしてもいいんじゃないかな?
影兵は切る事は出来ないけど、殴ったり叩いたりは得意だからね。
そのうえ夜は猛烈に強いんだ。
影兵は影というだけあって、影兵だけなら影に沈む事が出来る。で、まったく別の所から出てきたりするんだよ。
ちなみに僕は影に沈んだり出来ないので、僕を連れて移動は出来ない。そして夜の闇も影と同じみたいなんだ。
なので真っ暗な夜は、影兵を好き勝手に移動させられる。正にやりたい放題の霊兵なんだ。
これを知った斯明と艶は驚き、葛葉は大笑いしていた。
あまりにメチャクチャだからだけど。
そんな影兵だけど、流石にこの力がバレるのはマズいので僕は使わない事にした。
特に義経にバレると何を言ってくるか分からない。
それもあって使わないというより、使えないんだ。
周りの人達も準備が出来たみたいで、僕達はゆっくりと近付いていく。
そして、あと一里の所で一気に駆け出す。
もはや相手が反応しても遅い。ここまで来れば既に勝ちだろう。
前の武士達が敵陣に一斉に雪崩れ込む。相手を手当たり次第に攻撃し、槍で突き刺しては殺していく。
相手は混乱しているし、どこの誰を攻撃していいかも分からないようだ。この状態じゃどうにもならないね。
僕は後方に居て特に何もしていないけど、誰かの功をとる気も無いから、心の中で応援だけしておくよ。
早く終わらないかなー……。
…
……
………
結局そこまで時間も掛からず敵は撤退した。
とはいえ追撃を掛けているから多くを討ち取る気なんだろう。
僕は残された死体を確認しているんだけど、鎧を身に着けていないのが分かった。
という事は夜討ちされるとは思ってなかったんだろうね。
そんな事をしながら適当に黒馬に乗っていると、松明を持った人達がやってきた。
その後ろには馬に乗った義経が居るけど、いったい何の用だろう?
「君は戦わなかったのかい?」
「他の人の功をとる気が無いだけだよ。さらに言えば味方に殺されたくないしね」
「はははははは、確かにそういう者は居るな。それは間違っていない。
戦場でそうやって功を奪い合うのが武士だ。
とはいえ君は武士じゃないからな。確かに後ろに居ても問題はないか」
「古兵、あいつを殺せ」
「!!!」
僕が古兵に命令すると義経の近くに居た奴らが慌てたが、古兵が行ったのは全く別の場所だ。
そしてそこに居た平氏の胴を切り捨てて殺す。
「ぐぉぉぉぉぉぉ!! おのれ、もう少しで………」
「流石に動いちゃ駄目でしょ。
視界の端に動いてるのが見えてたからね、動かなきゃ気付かなかったのに」
「なるほど、死体のフリをしていた奴が居たのか。
とはいえ君の言う通りだ、私が居ると知ったから動いてしまったのだろう。功を得る機会だからね。
とはいえ逸ってしまったのだろう。仕方のない事ではあるけど」
「ま、僕のする事はもう無いから、後は適当にしているよ。
別に僕が何かをしなくても、功の欲しい人達が追撃してるし」
「そうだね。君はこのまま休んでいていいだろう。
福原までまだ距離があるとはいえ、明日は急いで進む必要がある。
流石に蒲殿が来る前には着いておきたいからね」
「分かった。なら僕は休ませてもらうよ」
そう言って僕は休む事にした。といっても輜重の者達が居る所に戻って寝るだけだ。
古兵や斬兵を置いておけば、誰も襲ってきたりなんてしないだろう。殺されるだけだしね。
他の人達は追撃して行ったけど僕がする必要は無いし、さっさと寝るに限るよ。
起きていても疲れるだけだからさ。
…
……
………
僕達はさらに進んで行ったけど、なぜか山中で止まっている。
何をしてるのか知らないけど、早く移動しようよ。
それとも何か出来ない理由でもあるの?
「前はいったい何をやってんだ? こんなところで止まる必要なんてねえだろうに。
それより早く行かねえと武功が無くなっちまうよ。唯でさえ夜討ちで上手く武功が得られなかったっていうのにさ」
「仕方ねえ。平氏の奴らは、すぐに逃げやがったからな。
そのうえ夜だ。平氏のヤツかどうかも分からねえんじゃ、どうにもならねえよ。
顔も見えねえんだし、小物と間違えるなんざ、よくあるこった」
そんな話を聞いていると、なにやら僧兵の格好をした人が来た。
この人って確か義経の近くに居たような……?
「おお、そこの童。そなたが牛若殿が申しておられた者であろう。
ワシは武蔵坊弁慶。牛若殿が呼んでおられる、こちらに来るが良かろう」
「うしわかって誰?」
「おお、すまんな。九朗様だ。九朗様が呼んでおられるのだよ。
あの方の幼名は牛若丸と申されてな、だからワシは牛若殿とお呼びしておるのだ」
「へー……」
幼名って確か子供の頃の名前だよね?
………あれ? 僕の場合このままだったら幼名がずっと続くのかな? 知らないけど。
「牛若殿、連れて参りましたぞ」
「すまない弁慶。手間を掛けたね」
「いえいえ、お気になさらず」
ふーん……弁慶っていう人を見る時は、あの笑ってない目はしてないね。
となると、あの目をするのは相手によるのかー。
おそらく心を許していない人に対しては、ああいう目をするんだろう。
「呼ばれたから来たんだけど、何か用があるの?」
「用があるから呼んだのさ。弁慶がここの近くに住む猟師を連れてきてくれた。
その猟師が言うには、この先の鵯越は人馬じゃとても進めないらしい。
だが、鹿は通るようだ」
「言いたい事は分かったよ。どうせ鹿が通れるなら馬も通れる。
相手は警戒していないだろうから奇襲にもってこいだ、だからついてこい。そういう事でしょ」
「いやぁ、話が早くて助かるね。案内は猟師の息子である、鷲尾三郎義久がする。
ま、私が気に入って名を付けたんだけどね」
「よろしくおねがいします」
「私と精鋭の七十騎、そして君だけが鵯越を進む。残りの者達は夢野口の方だ。
私達が奇襲を掛ければ確実に敵は混乱する。そこを本隊が突けば必ず勝てよう。
ここで平氏に大きく勝てば、後は楽になる。ここが勝負所だ」
「なぁに、我らならば出来ぬ事などありますまい。
人馬が越えられぬと言っても、それは普通の人馬ならばという事でしかない。
我らに越えられぬものなどありませんぞ」
「うむうむ。我らは精鋭、越えられぬものなどありはせぬ」
色々声に出してるけど、恐いんだろう事は分かる。
それはともかくとして、本隊と分かれた僕達は案内を頼りに鵯越を進んで行く。
危険だけど、行くって言うんだから仕方ない。
まるで藪の中のような場所を進んで行き、苦労をしたものの、僕達はなんとか鵯越を越える事が出来た。
本当に大変だったから二度としたくない。
そして僕達が出てきた所は崖だった。
……どういうこと?
一里=約533.5メートル。一里が約3927メートルになったのは豊臣秀吉が一里塚でそう決めてから。大宝律令では533.5メートル程度と決まっている。
条里制では六尺を一歩として六十歩を一町としていたが、六町で一里の場所と三十六町で一里の場所が混在する。六町の方を「小里」、三十六町の方を「大里」と呼ぶ。




