0071
Side:黒金
僕は頼朝軍の中で馬の上で揺られている。他の騎馬達も大変そうだけど、僕も大変だよ。
なんと言っても、周りに人が多くて暑い。
しかも色々と喋ってるからか五月蝿いし、正直に言って移動するだけでも大変だ。
敵にバレたらどうするんだろう?
「敵の目や耳はそこら辺りに居るかもしれねえが、数万の兵の移動なんて隠せるわけがねえっての。
どう考えても無理だろ? そんなもんだ」
「そんなものなんだね。まあ、言われてみれば数万の軍勢を隠す事なんて出来やしないか。
僕がここに居るのは連れて来られたからだけど、いったい何をさせる気なんだろうね?
何も聞いてないんだ」
「なんにも聞いてねえのか? オレ達も九朗様が連れて行くっつったとしか聞いてねえんだよなぁ。
他には碌に聞いてねえんで、なんも分からん。西の平氏を追っかけるって聞いたくらいか」
「それってほとんど何も聞いてないよね? だって都で暮らしてた僕と何も変わらないよ。
唯の平民と同じぐらいしか知らされないんだ?
まあ、軍の事は分からないから、そんなものなのかもしれないけど」
「オレたちゃ言われたら戦うだけだからなぁ……。そんなもんだろ。
今までだってそうだし、そこは変わりゃしねえさ。
それに平氏を倒しゃ恩賞はたっぷり貰えるだろうし、それを期待してるわけだ」
「そうそう。オレ達からしたら、にっくき平氏……ってわけじゃねえけど、恩賞が貰えるなら相手が何でも戦うさ。
そもそも恩賞もらえなきゃ、戦いになんて行きたくねえっての。
オレ達の主はそこんところがしっかりしてるから、オレ達も安心して戦えるってもんよ」
どうやら頼朝は兵士からの信頼はあるらしい。
あの義経はどうかは知らないけど、聞かれるかもしれないところで悪口は言わないだろうね。
誰から伝わるか分からないんだ。言葉を濁すくらいだろう。
「どこまで行くのか分からないけど、ゆっくりと移動するしかないかな。
平氏がどこに居るかとか知らないし、そこまでは戦いなんて起きないでしょ。
ここまで多くの人達が居るんだもん」
「まあな。この軍勢に喧嘩を売ってくる阿呆はいねえだろうよ、いても叩き潰されるだけだ。
とはいえ、この軍勢見て攻めてくんのは妖怪ぐれえじゃねえか?
九朗様なんかは近くに陰陽師を連れてるけどよ、オレ達にはねえからなぁ」
「だな。妖怪が出てきたらすぐに逃げることだ。
とにかく刀や槍でどうにもなんねえ奴らとなんぞと戦えるかってんだ。
陰陽師が何とかするまでオレ達は逃げの一手しかねえ。
無駄な事して死にたくはねえし、さっさと逃げろよ。お前も」
「何か勘違いしてるみたいだけど、僕そもそも陰陽師なんだけど?
あと霊兵って妖怪と戦えるからね? そこを間違えてもらっちゃ困るよ」
「なに!? お前、陰陽師だったのか! こりゃいい、助かるぜ。
たとえガキでも妖怪と戦えるってだけで、どれほど助かるか。
オレたちゃ何にも出来ないからな、それに比べりゃ戦えるだけでマシだ」
「そうそう。あいつら刀や槍で攻撃しても掠りもしねえ。
空を切るっつうのか? 当たってねえんだよなぁ。まったく。
ああいうのを陰陽師はあっさり倒すからよ、あれ以来ひたすら妖怪からは逃げるようになったぜ」
「本当にな。あんなのと戦っても勝ち目がねえんだから、どうしようもねえっての。
何やっても無駄ならお手上げってヤツだ。オレ達が戦って勝てる相手じゃねえよ」
そんな話をしていると前の方で騒ぎがあった。
僕達だけじゃなく全軍止まってジッとする事になったけど、多少の後に出発した。
いったい何だったんだろう?
「どうやら前の方で妖怪が出たんだってよ。穢鼠っていうあの鼠だ。
輜重が汚されると厄介だから、確実に始末して進むらしい。あの鼠は本当に厄介だからな」
「ああ。あいつが飯にくっついただけで腹を下しちまう。戦の天敵みてえなヤツだ。
オレも腹を壊したくねえからな、あいつらは陰陽師に全て始末してもらわなきゃ困るぜ」
「っつーか、陰陽師どもはあの鼠を全滅させられねえのか? そしたら飯を汚されるなんて無くなるだろ。
なんでそれをやんねえんだ? お前もそう思わねえか?」
「そんなの無理。
妖怪は人間の怨みや憎しみが凝り固まって湧いてくるんだ。
つまり倒しても倒しても居なくならないんだよ。
そんなの人間が全滅しないと無理に決まってる」
「………怨みや憎しみから湧いてくるのか?
それってつまり、オレ達が妖怪を生み出してるって事かよ?」
「そうだよ。もしかして知らなかったの? 妖怪ってそうやって生まれてくるんだ。
だからこの世から怨みと憎しみを無くさない限りは絶対に居なくならない。
だから無くそうなんて考えたところで無駄」
「そうか……。まあ、オレ達がやってるのも怨みや憎しみのものだしな。
それを無くせって言われても無理ってもんだ。それだけ源氏を虐げてきやがったからな」
「そうそう。平氏にやられた事は忘れてねえぞ。
あいつら勝手に国司として来たかと思ったら、平気であれもこれも奪っていきやがった。
そんなの許せるかってんだ。あいつら好き勝手し過ぎなんだよ」
「オレんとこもそうだったぞ。あいつら勝手に来てはあれもこれもと奪っていきやがる。
本当に碌でもねえ奴らだ」
その後も色々な愚痴を聞いたけど、どうやら京の都の平氏と、地方の平氏は全く違う連中だったらしい。
重税を掛けて年貢を取っていくのは当たり前。少しでも口答えすると簡単に切り殺されたんだって。
しかも地方の偉い奴らと結託してたからか、逆らう事も出来ずに奪われるだけだったようだ。
そうやって集めた兵糧で戦をしていたみたい。
通りで次々に反平氏の人達が現れるはずだよ。地方の平氏は非道を行ったみたいだね。
結局それがきっかけで反抗されて都落ちまで行ってるんだから、平氏がバカだとしか言い様が無い。
多分だけど大相国か平氏の名前で勝手な事をしていたんだろうね。
もしかしたら都の平氏は知らなかったんじゃ……。
いや、都でも源氏をバカにしてたんだから、都も地方も変わらないか。
結局、大相国が大きくして、大相国が死んだら小さくなって消える。
それが平氏の辿る道なんだろう、僕はそう思う。
ここまで悪く言われるって事は、それだけ悪い事を散々やってきたって事だからね。そこから逃げる事は無理だよ。
源氏は怨みと憎しみを覚えてる。平氏は大相国の遺言を覚えてる。
どっちかが滅ぶまで争うんだろう、きっと。
「また前が止まったって事は、何かしらの妖怪が出たんだろう。
オレ達は待つだけで済むから気楽だが、陰陽師の奴らは大変だなぁ。
ま、それが奴らの仕事なんだけどよ」
「そうそう。オレ達が戦場で戦うように、奴らは妖怪と戦ってくれねえとな。
っと、意外に早かったな。ま、早く進めるなら何でもいいか」
「前が動いてくれなきゃ進めねえから仕方ねえが、いちいち止められるのが鬱陶しいな。
おっと、そろそろ馬の休息か。オレ達も疲れたし、ゆっくりするかね」
どうやら休息らしく、皆が川の方に行っている。
なので僕も行くと、馬に水を飲ませている人が沢山いた。それに川から水を汲んでいる人も沢山いる。
こうやって多くの人が休息している姿はビックリするね。
こういうのは今までの僕じゃ見られなかった事で、ちょっと見ていて面白いなと思うものだった。
僕の黒馬は水を飲む必要もないのだけど、水を飲むフリをさせておく。
これは僕が水を飲むのに必要だからだ。
僕は剣帯に付けていた瓢箪の蓋をそっと開けると、影兵は鞭を少し生やして、その中に水を入れていく。
ただし綺麗にした水だ。影兵はこういう事も出来るんだよね。本当に便利だと思う。




