0065
Side:黒金
今日は皐月の二十八日だけど、宗之助が家に来た。
ただし駆け込んできたというのが似合うくらいに急いでいたから、何かがあったんだろうね。
僕も座って宗之助の話を聞く。
「いやー、ちょっと驚天動地と言えるような事が起きたよ。
だから慌てて報せに来たんだけどね。
本当に第一報を聞いた時は呆けたよ。
それぐらいに驚くべき事があった」
「貴方がそこまで言うのだから何かあったのでしょうけれど、いったい何があったの?」
「姉上も変わったね。子供が生まれたからかな? かつてはあんなに恐ろしくて、とても「早く言え」じゃない、あ、はい」
なんと言うか、なんで宗之助ってたまに余計な事を言うんだろうね。
艶は確かに優しくなったけど、怒らせると昔の艶が出てくるんだよ。
しかも容赦なく葛葉にも言うようになったし。
ま、葛葉は「母は強し」って言って笑ってたけどね。
「ゴホン! とにかく驚くべき事が起きてね、まず何の事かと言うと北陸の事だよ。
父上が火打城の事は伝えたと思うから、その後ね」
「越前の火打城を攻め落としたのでしょう?
となると、その後は加賀や能登、あるいは越中に行くんじゃないの?
それが普通でしょ?」
「そうなんだけど、源義仲が攻めて来ると思った官軍は先遣隊を越中に行かせた。
それに対して報せを受けた越後の義仲も先遣隊を越中に送ったんだ」
「という事は、両軍は越中でぶつかるわね」
「そう。で、官軍の先遣隊は般若野という所で休んだらしいんだけど、その向こうの呉羽山に義仲軍の先遣隊が陣取ったんだ。
ここで官軍は無理をせずに一日休む事にした。兵の疲れもあったからね」
「その後に何があったかは大凡で想像がつくな」
「やっぱり? 義仲軍の今井なにがしは夜討ちを決行。
これが見事に上手くいって、官軍は撤退を余儀なくされたみたい。
結局、先遣隊の大将は官軍の下まで逃げ帰ってる」
「やはり夜討ちか……。
とはいえ官軍の先遣隊が負けたとなれば、本隊は奮起するのではないか?
どれぐらいの数が居るのかは知らないが」
「官軍は総勢十万ほどだね。北陸道は平氏の兵糧庫だ、絶対に取り戻す必要があるからだろう。
西に派遣したのとは比べ物にならないほど送ってるよ」
「十万………。
ようやく作物の実りも良くなってきた矢先なのに、十万もの数の兵糧を使っているというの?」
「姉上。そんなものだよ、今の平氏は。
とにかく頼朝の首、その為には兵糧が絶対に必要だ。
なら北陸を取り戻さなくちゃいけない。こういう考えで凝り固まってる。
斯明さんが言ったそうだけど、大相国の呪いだよ。本当に」
「それはいいとして、そろそろ続きを話しなさい」
「その後、義仲は先遣隊と合流して進軍。
官軍は能登の国の志保山と、越中との国境である砺波山に陣を敷いた。
義仲の方では平野で戦うと騎馬が有利であり、自分達が不利になるという意見が大勢だったみたい。
で、倶利伽羅峠で戦う事が決まったらしい」
「ふんふん、それで?」
「義仲軍は別働隊に能登の官軍を牽制させ、自分は本隊を率いて砺波山へ進軍。
とはいえ、この日は特に合戦も何もなかったから官軍は油断していたらしい。
義仲軍の別働隊が裏に回っていたのに」
「後ろからの奇襲か」
「そして夜、大きな音を鳴らしながら義仲軍は夜襲を決行。
官軍は逃げようとするけど、後ろは別働隊に押さえられてる。夜中で真っ暗だ。
逃げ惑った官軍は次々と谷底に転落していったそうだよ。
朝になって確認すると夥だしい数の官軍の死体が谷底にあったそうだから」
「「「………」」」
「能登に三万、国境に七万を置いていたけど、そのうち七万の半数ほどは死んでる。
これは大敗北と言うしかないし、這々の体で加賀まで逃走したくらいだ。
そのうえ、まだ終わらない。能登の兵が残ってるからね」
「そっちもか……」
「倶利伽羅峠で勝った義仲軍は、その後すぐに能登の志保山に行って官軍攻めを行ってる。
とはいえ義仲の別働隊は負けていたらしくて、そこに義仲の軍が乱入。
疲れきっていた平氏の軍はあっさりと負けたそうだよ」
「これで加賀に逃げた者達が残っているだけか。官軍は壊滅状態だな」
「残念だけど、まだ終わらないんだ。
加賀の国の篠原という所で休息をとる為に陣を敷いていたら、義仲軍の五千騎に追いつかれた。
そこですぐに反撃なり何なりをしておけば良かったのに、官軍は内輪揉めをしていたらしいよ」
「内輪揉めって……」
「おそらくだけど、誰が大敗北の責をとるかで揉めたんでしょうね。
大将は平維盛でしょ? あの<光源氏の再来>とか言われて調子に乗ってたヤツ。
それもあって孤立気味なのよね。だからこそ揉めたんでしょうけど」
「そこは知らないけど、揉めている間に突撃されて散々にやられたらしいよ。
兵は命令も来ないから逃亡。多くの平氏一族も討ち死にしたみたい。
さらに合戦が終わった後に逃亡した者達も、追撃を受けて殺されたんだそうだよ」
「官軍は壊滅だな。それで将軍などは?」
「どうやら総大将だった平維盛は逃げられたみたいだね。
ただし他は分かってないよ。問題は平氏より、勝ちに乗っている義仲軍が京の都を目指してる事さ」
「上洛する気ね?
頼朝が鎌倉に居るのを尻目に自分は上洛か。これはまた揉めそうねえ、色々と。
後白河院も権勢を取り戻しつつあるし、どういう事になるかは慎重に見る必要があるわ」
「それともう一つ。
これは父上も安倍家の御当主も懸念されている事だけど、官軍が帰ってきた後で何をし出すか分からない。
もしかしたら都に帰ってきて賊のような事をし出すかもしれないから注意するようにってさ」
「敗残兵など何をし出すか分からんからな。
それに勝って京の都に来る者も何をし出すか分からん。
どちらにも気をつけねばならんが、まさかここまで官軍が負けるとは」
「能登で負けた連中も含めて、全部集まれば三万ぐらいは残ってると思うんだけどね。
逆に言えば、それらが負けて帰ってくるわけで……。
あんまりあれなら、京の都を離れる事も覚悟した方がいいかもしれない」
「そこまで?」
「まだ分からないけど、私達は陰陽師だからどこでだって生きていける。
確かに故郷を離れがたいのは分かるけど、子供を危険に晒す訳にはいかないだろう?
まあ、そんな事もあるかもしれないって事は覚えておいた方がいいと思う」
「そう……そこまでの危険があるかもしれないのね。とにかく覚悟はしておくわ」
「うん。ここまで官軍が惨敗した事なんて無いからね。どうなるかは分からない。
場合によると平氏が都から逃亡するかも、そこまで考えてるらしいからね」
「都落ち………あの、平氏がか」
「驕るからよ。驕っているから、こうやって転落するの。
朝廷だって、この先どうなるかなんて分からないわよ?
もし武士どもが、自分達が第二の朝廷を作ると言ったらどうする?」
「そんな事……!!」
「無いとは言えないわ、驕れる者は滅ぶのよ。
今まで散々平氏がやらかしてきてるけれど、それと同じ事を朝廷もやってきたわよね?
仮に平氏が滅ぶとしたら、誰が朝廷を滅ばないなんて言えるのかしら?」
「「「………」」」
朝廷の人達って事は、公卿や公家の人達だけど、あの人達も散々な事をしてきたらしいからね。
昔の稀人に暗殺させたりとかも含めてさ。
正直に言って平氏と変わらないところはあると思う。
とにかく賊が増えたら討伐しなきゃね。
それに僕なら都の中で霊兵を連れていても文句は言われないし。
だって今までだって賊退治をしてきてるから、都の人達は怒ったり文句を言ったりしないんだよ。
僕としたら楽でいいんだけどね。
そろそろ黒馬も許してほしいとこだけど、未だに馬は駄目なんだ。
もう熊に乗ろうかな?




