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式神と霊兵  作者: 田中始め
第一章 平安編
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 Side:黒金くろかね



 斯明かくめいの家に戻ってきてから十日ほど過ぎた。

 僕も十分に文字が書けるようになったので、つや葛葉くずはから合格を貰ったよ。

 そこまで難しくなかったけど、字がいっぱいで大変だったくらいかな?


 「普通はそう簡単に覚えられないし、綺麗に書くのも無理なんだけどね?

 なんでこの子は一度で覚えるのかしら?

 しかもわたしが書いた見本そのままに書けるしさー」


 「私なんて字があまり綺麗ではないから、随分と困ったわよ。

 まさかここに来て綺麗に字を書く練習をする羽目になるなんて……」


 「斯明かくめいも字が全て書ける訳じゃなかったわね?

 符の書き方を覚えるついでに練習してたけど」


 「師であったあの男も字が汚かったですからな。

 正直に言って葛葉くずは殿の字を見るまで、綺麗な字など見た事がありませんでした。

 私もハッキリと字が汚かったのだと分かりましたよ」


 「汚いよりは綺麗な方がいいよね。

 ここにも稀人まれびとが関わってて驚いたけど」


 「草書と楷書ね。

 公卿や公家は草書で書くのが雅だと言ったけど、稀人まれびとは誰が読んでも伝わる楷書を教えると言ったのよ。

 それで公卿や公家は草書だけど、ちまたでは楷書が主流なのよね。

 実際に稀人まれびとが言った事は正しいわ。

 中には蚯蚓みみずが紙の上を這っているような字のヤツも居るからさ」


 「分かる。酷いのが結構居るのよ、本当に。

 あれが美しい字だと思っているのかもしれないけど、読みにくくて仕方がない。

 冗談じゃなく、嫌がらせで書いているんじゃないかと思うわ。

 間違いなく稀人まれびとの言っている事は正しいわよ」


 「誰でも読めて間違わないというのは重要ですからな。

 何が書いてあるのか分からねば、ふみの意味がありませぬ。

 それなら絵でも描いていた方がマシかと。

 楷書でも酷い者は居りますので……」


 「どちらでもそうだけど、下手に習うと酷くなるのよ。

 子供は素直に習うから、子供の時に字の綺麗な者に習うといいんだけど……。

 そういうヤツってそうそう居ないのよねー」


 「まあ、葛葉くずはぐらい上手いのもそう簡単には見つからないでしょうよ。

 草書も楷書もどっちも綺麗なんだし」


 「伊達に長生きしてる妖怪じゃないのよ。

 拘るところは拘ったりとか色々としてきてるからねえ。

 その結果、わたしは字が上手いのよ。

 そういえば晴明はるあきも字が綺麗だったわね。

 驚いた記憶があるわ」


 「へー……で、そろそろ妖怪退治に出ないの? 暇になってきたんだけど」


 「明日ぐらいからなら大丈夫かしら?

 後白河院が北面武士を検非違使けびいしから排除しようとして揉めてるからね。

 平大相国も邪魔はする気が無いみたいだし、揉めていて都合が良いって感じかしら?」


 「押し込められて幽閉されているとはいえ、ふみを出したりなどと色々出来ますからな。

 普通は押し込めている者が止めるのですが、揉めているなら放っておきましょう。しかし……」


 「ええ。間違いなく平大相国は黒金くろかねの事を知ったでしょうね。

 問題は知って絡んで来るかどうかですが……」


 「難しいんじゃない?

 検非違使けびいし別当の屋敷も見たでしょうし、アレが自分に向かってきたら恐怖でしかないわ。

 何より検非違使けびいし別当の屋敷にはもうでる者が出てるらしいもの。

 神の落とされた雷だから」


 「それもあるけど、一番は横暴だった検非違使けびいしに神罰が下ったからよ。

 何故か近衛様と九条様はそのまま主上にお報せになったそうで、他の公卿や公家も知る事になったみたい。

 で、面白おかしくせずに噂として流したらしいわ」


 「それでは市井の者はもうでましょうな。

 神罰が落ちただけではなく、それが横暴をしておった者に落ちたのです。

 逆に北面武士の名は落ちたでしょうが、あの者達は仕方ないでしょう」


 「どうも色々な事をやらかしていたみたいで、後白河院の責を問う声もあるわ。

 かつて白河院が始めた事だけど、今は後白河院の首を絞める事になったわね」


 何か聞いていてもよく分からない会話をしてるから、聞きたい事を聞いてみよう。


 「斯明かくめいはさ、符の方はちゃんと書けるようになったの?」


 「いや、まだ完全には無理だな。

 霊玉を使うといっても、自分の霊力も篭めねばならん。

 しかも篭めすぎても、篭めなさ過ぎても駄目なのだ。その塩梅が難しい。

 特に霊玉の質によって異なるのがな……」


 「そうなの?」


 「ええ。

 霊玉の質が良ければ多くの霊力を篭められるんだけど、霊玉の質が悪いとあまり篭められないの。

 質が悪い霊玉に霊力を多く篭めると、霊玉の霊力が抜けてしまうわ。

 それでは霊玉の霊力が活用できないのよ」


 「押し出し過ぎると、抜けていってしまうという事ね。

 定着させるには自分の霊力と霊玉の霊力を一つに纏める必要があるんだけれど、それは霊玉の中の霊力に依存するのよ」


 「大凡おおよそだけど、霊玉の中の霊力と同じ量だけ篭められると考えればいいわ。

 それ以上は無理と考えるべきよ。

 ギリギリを狙って成功すればいいけど、失敗したら損するもの」


 「宗之助そうのすけ?」


 「ああ、宗之助そうのすけは大損だと言っていたな。

 黒金くろかねの古兵を試すのに<赤鬼>を出したら……」


 「先を言わなくても分かります。

 おそらくですけど、一撃で倒されたのでしょう?」


 「ええ、袈裟懸けにやられましてな。それで「大損だ」と言っておりました。

 まあ<赤鬼>の符が壊れてしまったのですから当然ですが。

 唯の確認で出すからでしょう」


 「そうですね。あの子は相変わらずのようで」


 宗之助そうのすけは変わらない気がするね。

 それにしても明日やっと妖怪退治に出られるのかー、長かったなぁ。

 またおかしなのに会うかもしれないからって、出してもらえなかったんだよ。

 退屈だった。


 明日からは妖怪退治だから、しっかりと戦って稼ごう。

 呼び出せる霊兵も五体に増えたし。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 次の日。朝餉と買い物を終えた僕達は、早速都の外へと出る。

 今日は沢山の妖怪を退治出来るだろうから、色々と探そう。

 まずは家が並んでいるところを調べていく。聞き込みもだけどね。


 ……どうやらそれなりに妖怪が出てくるみたい。

 ここにも陰陽師は来るから、大きな事にはなってないんだって。

 でも最近は妖怪が増えたって言ってるよ。

 沢山退治できそうだ。


 「既に古兵を出している黒金くろかねは良いとして、私達は気合いを入れましょうか。

 気を引き締めておかないと危険ですし、賊も出てくるやもしれません」


 「そうですね。

 まあ、陰陽師の服を見れば簡単には襲ってこないとは思いますが、どうかは分かりません。

 最近は争いが起こる前みたいな感じがしますし」


 「平氏が嫌われてるのも原因よね。

 後白河院を鳥羽殿に押し込んだはいいものの、公家も平民もあまり喜んでない感じよ。

 当初は重税を課す公卿や公家に対していい気味だと思っていたけど、平氏も変わらないからでしょうけど」


 「単に重税を強いるのが、朝廷から平氏に代わっただけですか。

 それは民の不満も膨らむでしょう。

 平氏は気付いていないのでしょうか?」


 「さあ? 安倍家にもその辺りの情報は無いわ。

 陰陽師から報せが届くとはいえ、津々浦々までの情報がそう簡単に集まる訳でもないからね。

 時間は掛かるし、しらせを寄越よこさない者も居るし」


 「大きな乱とかが起きても困りますからな。

 できれば止めていただきたいところですが……」


 「武士の連中が止めるとは思えないのよねえ……。

 奪う事ができたんだしさ、そのまま実権は握り続けるでしょう。

 上に立つっていうのは甘美なものよ? たとえ一族郎党が転落してもね」


 「漢の劉邦か魏の孟徳か。

 結果はあっさりと潰える事になるのかもしれませんが、夢を見るのでしょうな。

 下の事などかえりみずに……」


 りゅうほうともうとくって誰だろう?

 たぶん人の名前だと思うんだけど、初めて聞いた。


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