0237
Side:織田信安
「殿、弾正忠家のこと如何なされまするか?」
「如何も何もどうせよと言うのだ?
稀人が弾正の倅の前に現れただけであろう。
まさか稀人に口出しせよとでも言う気か?」
「それは申しませぬが……」
「ならばどうせよと言うのだ。
稀人に対しては朝廷でさえ口を出せんのだぞ。
稀人をこの世に連れて来られるは神々であらせられるのだ。
まさかわしに神々に牙を剥けとでも言う気か?」
「いえ、左様な事は申しませぬが、しかし……」
「仮にその事で弾正に口出ししても意味などあるまい。
そもそも稀人が弾正の倅の前に来て、共におるだけなのだ。
弾正とて言われても困ろう。
そもそも弾正でさえ稀人に指図など出来んのだからな」
「まあ、そうですが………」
「弾正忠家に稀人が来たのが気に入らんというのなら、己でなんとか致せ。
ワシにいちいち言うて来るな。
弾正に稀人の事で言うたとて伊勢守家の名が落ちるだけじゃ。
名を落としたければ、己でやればよい」
「…………失礼いたします」
気に入らんという顔をしながら辞していったが………。
織田伊勢守家はあのような者ばかりだ。
無駄に気位が高く、その割には戦となったら及び腰。
口だけ達者な役立たず。
織田大和守家から見ておったにも関わらず、内がここまで酷いとは気づかなんだわ。
「殿、お怒りは分かりまするが、お抑えくだされ」
「猪之助か。まさかここまで愚か者が多いとは思わなんだわ。
賢き者はそなたも含めて僅かだけだ。
伊勢守家におれば、己も織田氏嫡流などと勝手に思っておるのではあるまいか?
そう思えるほどに勝手ばかり申しておるわ」
「殿のお怒りは御尤もなれど、どこの家も大なり小なり左様なものでございまする。
特に長く続く家、そして嫡流の家ほど多いもの。
そのようにお考えくだされ」
「なるほど、左様なものか……。
それにしても弾正忠家に稀人が来たのが気に入らんなど、流石に頭がおかしいとしか思えぬわ。
稀人が如何にするかなど、神々の勝手であろうに」
「まったくでございますな。
己は前に出ず、殿を前に立たせて嗾けようとするとは……。
流石にあの者は覚えておかねばなりますまい。
戦の際には……」
「先陣を切らせるか。
そのまま死すると都合が良いのだがの、ああいうのは危機が迫ると形振り構わず逃げるであろう」
「はっ。それ故に逃げられぬ何かか、それとも弾正忠家にぶつけまするか?
稀人とは別の事で争いとなった場合ですが」
「小競り合いか?
あの者の家をよく知らぬが、小競り合いによう出る者なのであれば、それは出来なくもないな」
「あの者は奪う事だけは達者でございます故に、刈田狼藉などもよく致しまする。
それを弾正忠家に教えてやれば……」
「向こうも兵を出してくる、か。
正直に申して愚か者の数を減らさねば如何にもならぬ。
義父殿はどのようにして差配されておられたのだ?
わしはよう知らぬのだが……」
「申し訳ございませぬ。
先代様も正しく差配できていたわけではなく……」
「織田伊勢守家は嫡流なのだがな………
まさか家中の締め付けすら出来ておらなんだとは思わんかったわ。
それもわしがやらねばならんとは」
「真に申し訳ございませぬ。
ですので刈田狼藉の者らの事を弾正忠家に流した方がよいと思いまする。
愚か者の家とはいえ、その息子達であれば大丈夫でしょう。
刈田狼藉で死んだなど、一族と家の恥にしかなりませぬ故に」
「まあのう。相手に武士が出てきても恥にしかならん。
………そうだな、今の時季ならばやるであろう。
早植えの稲はそろそろ刈り取る時季だ。当然ながら愚か者は動くであろうからな。
今の内に弾正に警戒するようにと文を送っておくか」
「それでしたら、下の者に書かせまする。
殿やそれがしの字では明るみに出た時に困ります故に」
「猪之助よ。すまぬが、頼む」
「ははっ!」
返事の後、猪之助は部屋を出て行った。
それを見送りつつ思案をするが、上手い策は見つからぬ。
まさか伊勢守家の内情が、ここまで酷いとは思わんかったわ。
上四郡は確かに米も多く採れぬ地とは聞いておった。
山がちで米を育てる田が作り難い。
その所為で米の採れる量が少なく、少しでも多く作る為に、育つ所には敷き詰めるように米を植えておる。
それ以外の所では稗を育てておると聞いてはおった。
そして、それは構わんのだ。知っておったからな。
しかし伊勢守家の中がここまで酷いなど聞いておらぬ。
ここまで愚か者ばかりで、よう今までやってこれたものよ。
弾正が攻めて来ぬから高を括っておるのかもしれぬが、あれも武士である以上は何れ攻めて来るぞ。
にも関わらず、未だに弾正を舐めておるとはどういう事だ?
そのうえ戦は伊勢守家の名でやろうとするとは……呆れて言葉も出ぬようになるわ。
まさしくもって、己の事しか考えておらぬ者ばかりよ。
これでは伊勢守家が滅ぶぞ。
わしの代では頑張ってみせるが、これが続くのであれば滅ぶしかなくなる。
少なくとも弾正忠家で弾正を侮る者はおらぬと聞く。
主家の当主すら侮る伊勢守家とは随分違うの、羨ましゅうなってくるほどよ。
わしも力を示せば…………駄目じゃな。
力を示したら余計に都合よう使おうとするだけよ。
誰が愚か者どもに上手くなど使われるか。
となると………
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Side:斯波義統
「そうか、織田弾正の家に稀人がな。
しかも弾正の嫡男である倅にか。
元々から弾正は力を示してきた、その嫡男が大きな事を成すというのは分からぬではない。
しかも尊氏公を支えた伝説の陰陽師とはの、縁起が良いと言うしかないわ」
「左様でございまするな。
足利家を征夷大将軍に押し上げたとされる方でございまする。
しかし、ある時を境に神隠しに遭われたと聞きまするが、よもや今の時に現れるとは思いませぬでした。
それに………」
「坂井どもであろう?
弾正と稀人を招く為の文を出してはどうかなど……
我の御機嫌伺いという名で善からぬ事を企んでおるのは明白。
おそらくは……」
「邪魔な弾正か稀人を亡き者に………という事でございましょう」
「なれば何とかして知らせねばなるまいな。
これを断ると我を殺しに来かねん故に断れぬが、かと言ってそのまま送る訳にもな………」
「文の中は検められるでしょう。故に文に書くのは危険でございます。
ですので、知らせを遣わせる方が宜しかろうと思いまする」
「ふむ、その方が無難か。
それに向こうは神の御加護を持たれておるのだ、邪な者など神罰を受けよう。
して、誰を遣わす?」
「清州の城に出入りしておる、彼の者らで宜しいのではありませぬか?」
「近江の滝川か。
素破と呼ばれてはおるが、弾正の家中にも元滝川の者がおるからの。
話を通しやすいか」
「はっ! 清州の城には菜などを売りに来ておりまする故、その時に密かに言伝をしておきましょう」
「頼むぞ」
「ははっ!」
あの愚か者どもめ、散々に邪魔をしてくれおったからのう。
弾正が三河の岡崎を獲れておれば、勢力を東に広げられたというのに。
我が何も知らぬと思うておるのか? 弾正の手の者がある程度をこちらに流しておるわ。
すでに三河の松平には今川の手が入っており、松平は今川の家臣のように成り下がったと聞く。
今川が西三河にまで出てきておるというのに、愚か者どもめが。
尾張を今川に売る気ではあるまいな?




