0236
Side:斎藤利政
「兄上、斎藤家の御当主となられた事、大変めでたく」
「ふっ、そなたも長井の当主になれたからのう。それはめでたいじゃろうよ。
世間ではワシの事を不忠人とか、稀代の悪人とか言うておるがな。
とはいえ継ぐ者のおらぬ家の養子になっていっただけでしかない。
にも関わらずじゃからな、納得がいかぬ」
「まあまあ、仕方があるまい。
最初は長井氏の家臣であった西村家。
そして長井の殿が病で倒れて父が養子で家督を継ぐ事に。
その父も無くなって兄上が長井家を継承。
そうしたら主家の斎藤家も子無しとは……呆れるやら何やら」
「そこまで子が出来ぬのか………と世間は思うておるのであろうよ。
裏は暗闘に継ぐ暗闘。
暗殺を含めた殺し合いが多すぎた。
なんとか収めたが、その時には守護代家である斎藤家にすら継ぐ子がおらぬとはな」
「そんな戦乱の美濃じゃからこそ、兄上が斎藤家の当主になれたのだがな。
普通は油売りの息子が、守護代の家の当主になるなどありえん」
「まあのう。
父上も申されていたが、ワシらは運が良いのと、その運を己の物として手繰り寄せて来た。
その結果が今この時となっておる。
それよりも、そんな事を言いにきた訳ではあるまい?」
「流石は兄上だ。
我が家もそうだが、そろそろ米所の米を頂きたい。
あそこは塩も大量に作っておるうえに、焼き物まである。
どれほどの銭と食い物が手に入るか分からん。
それに斯波家が没落して混乱しておるからな、兄上も斎藤家の当主になれたのだ。
景気よく奪おうではないか」
「…………駄目だ。
向こうから聞こえてくる報せに不穏なものがある。
稀人の事だが、これを敵に回して勝てるかどうかが分からんのだ。
斎藤家の当主となって初の戦で負けたとなっては、所詮は外様の者と言われかねん」
「しかしな、兄上も知っておるであろうが、美濃の武士の多くは尾張から奪いたい者ばかりぞ。
美濃は山がちで、尾張のように米が採れる訳ではない。
美濃鍛冶が有名だが、それ以外には美濃紙ぐらいしかないのだ。
それに兄上も知っておろう? 皆が求めておるのは塩ぞ」
「分かっておる。ワシが左様な事を知らぬと思うてか。
それよりも勝てるかどうか分からぬ事が問題なのだ。
尾張の地を得たいかと問われれば、ワシだって獲りたいのが当たり前。
しかし尾張にて裕福は下四郡であり、上四郡ではない。
美濃から攻めると、まず獲るのは上四郡となる」
「あそこは美濃と同じで山がちであり、南と比べれば裕福ではないからか」
「それもあるが、尾張と戦になれば南の雄である弾正忠が出てくる。
ヤツを倒すには上四郡を獲っても無理だ。
下四郡……いや、ヤツの力の源たる津島を獲らねば叩き潰す事が出来ん。
しかし津島は遠い」
「津島と言えば、尾張の南西の端に近いな。
伊勢との境の近くだ。
そうそう簡単に攻めとる事など出来んか……」
「そういう事よ。
そもそも塩を作っておるのも、米所なのも、焼き物を作っておるのも南なのだ。
尾張の富の多くは南に集中しておる。
逆を申せば、美濃から遠いのだ。そう簡単な事では手に入らぬ。
そしてその南で力を持つが弾正忠なのだ」
「<器用の仁>と呼ばれておるヤツか。
確かに上手く潜り込んで、鮮やかに城を乗っ取ったらしいからな。
簡単な相手ではない」
「それもあるが、今のヤツには勢いがある。そして勢いの有る相手に勝つは簡単な事ではない。
しっかりと策を練って相対さねば、逆にこちらが喰われかねん。
そういった事に気を付けねばならんのだ。
もしどうしても戦がしたいのであれば、そなたが集めてやれ。
ワシは斎藤家の事に専念せねばならん」
「まだ………なのか?」
「斎藤家の者どころか、その親類縁者でもないのだ。
そう簡単に守護代の家を纏められるわけがなかろうが。
そんな簡単であれば、武士は誰も苦労せぬわ。
そなたはワシと父上が纏めた長井の家を継いだだけだから分からぬであろうがな」
「それを言われてもな……」
「分からずとも、せめてそういう事に気付けるようになれという事じゃ。
特に父上の御苦労ぐらいは理解しておけ」
「分かった」
本当にコヤツは分かっておるのか?
昔から浅はかなヤツじゃからな………それに父上やワシのように油売りで苦労した訳でもない。
だからか、世を舐めておるような気もする。
下らぬ所で命を散らしかねん危うさがあるが………死んでくれた方がワシにとっては都合が良いか。
こやつもワシの後釜を狙って下らん事をするかもしれんからの。
そうなる前に尾張に殺されると都合が良いのだがな?
仇討ちと称して攻め入る事が出来る。
特に弾正忠に殺されると都合が良いのじゃが、果たしてどうなるのやら……
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Side:今川義元
「師よ、三河者が動揺しておると聞くが真か?」
「どうやらそのようですな。
尾張に伝説の陰陽師が現れたらしく、それで動揺をしておると報告にありました。
書を紐解けば三度目の現世降臨となりますか……」
相変わらず、涼やかな顔をしておるものの目が笑っておらんのう。
我が師である九英承菊という方は左様な方じゃが、相も変わらず恐ろしいわ。
とはいえ今川家の重臣の家柄じゃから、おかしな事はされぬがな。
父方は庵原家、母方は輿津家であり、どちらも我が今川の重臣たる家。
元々からして、師は駿河でも良い家柄の方じゃ。
我が今川の重臣や家臣も、師に大きな口出しをするのは難しい。
そもそも我の家督継承に尽力してくれたのが師じゃからな。
「しかし、伝説の陰陽師といっても一人じゃろう?
そのような者が来ただけで揺れ動くものか?」
そう言った途端、師は笑っていない目で我をジッと見て来た。
「………」
「も、もちろん稀人の事は知っておるとも!
そう、大きな事を成す者の前に現れるのであろう!?
とはいえ平安の頃は陰陽師、そして次は尊氏公……の途中まで。
決して真に大きな事をする者の前に現れるとは言えまい?」
「はぁ………事実だけを見ればそうですがな、大きな事を成す前に争った者は必ず負けておる。
それは分かるでしょう」
「あ、ああ………そういう事か。
三河者は負けとうないから動揺しておるわけじゃな?
とはいえ伝説の陰陽師を有しておっても、尊氏公は何度も負けておるぞ?」
「最後には勝ちて、征夷大将軍となられましたな?」
「まあ………そうじゃが」
「それに三河は足利家所縁の地。
そこの者が尊氏公を征夷大将軍に押し上げた者と争うでしょうか?
少し考えれば分かりましょう」
「あー、うむ。そうじゃな……」
相変わらずじゃが、その笑っていない目で見るのは止めてくれんか? 昔からそうじゃが、怖いんじゃよ。
「そういうわけで、三河は当分落ち着かぬでしょうな。
そして鎮める為だけに、こちらから攻める事も出来ませぬ。
相手が真に本物であれば、向こうは従三位の公卿であり、帝から姓と名字を拝領した方です」
「ああ、<源平藤橘>に次ぐ名字である神守か」
「そうですぞ。
そのうえ君という古き姓など、もはや彼の者しか持っておりませぬからな。
正しくは神守君従三位右衛門権佐検非違使黒金と言うそうですが」
よう覚えておるのう、流石は師じゃ。
我は主だった者ぐらいしか覚える気は無いぞ。
しかし………せっかく三河が獲れると思うたらこれか。
尾張の、特に弾正忠の家に稀人が来るとは厄介な事になったわ。
あの弾正忠さえおらねば、三河だけでなく尾張まで獲れるものを。
なかなかどうして、この世は上手く行かぬという事であろうな。
師と策を練り直さねばならぬかもしれぬ。
それに………駿河国内には、まだ我が当主である事に納得しておらぬ者もおる。
内を固めるのが先か。
そうして敵に時を与えておると、痛い目を見かねんのが何とも言えんな。
空想科学カテゴリの「悪魔が来たりて進歩する」が20話を超えました。宜しければご一読下さい。
https://ncode.syosetu.com/n2381mm/




