0233
本日より一話更新です
Side:織田信秀
黒金達が帰ってきたが、黒金は早速外で腸から脂を抜いておると聞く。
それよりも津島で起きた事だ。
黒金には申し訳ないが、ワシは津島衆と争う気は無い。
まあ、黒金も争おうとなどしておらぬがな。
舐められたら負けなのは変わらぬし、そこで黒金が舐めて来た相手を殺したのは仕方ない。
そんな事は当たり前だし、そやつらも童に見える黒金でなければ舐めなかったであろう。
とはいえ裏から誰が出てくるか分からぬのだから、普通は童といっても舐めたりはせぬがな。
そういう意味では愚か者が死んだだけとも言える。
ついでに服部党に近い者なら死んでも構わぬからの、むしろちょうど良かったわ。
これで織田弾正忠家を舐めたら痛い目を見ると分かったであろう。
更にこちらには黒金がおるのだ。
情けないが、それでも黒金は従三位の官位を持つ公卿。
舐め腐れば殺されても文句は言えん。
武士以上に舐めてはいかん相手だ。
公卿ともなれば雲上人と言っても構わぬ。
我ら武士でさえ相当の配慮を致さねばならぬ方々なのだ、本来は。
黒金がああいう性格だから問題にはなっておらぬがな。
「それにしても、未だに服部党が五月蠅いようだの。
ワシに従えぬと出て行った癖に、未練がましくしつこいヤツよ。
裏から願証寺がせっついておるのか知らぬが、またぞろ津島に進攻してきそうだな」
「その際には黒金殿が船を全て沈めてしまえばいいと申されていましたな。
もしくは敵の船を全て奪い取ってしまえばよいと」
「沈めるはともかく、奪い取るなど可能なのか?
あの水兵とやらは確かに大きな蛇であったが、それでも船を奪い取れるとは思えぬが……」
「水兵という蛇は八匹集まると一匹になる事が出来るそうです。
その際には頭が八つのオロチに変わり、体の大きさをある程度変えられるとのこと」
「………それは普通、八俣遠呂智と言わぬか?」
「そうではなく唯のオロチだそうです。
八俣遠呂智というのは神の御名であり、八つの首を持っていれば八俣遠呂智ではないと。
それは唯のオロチだそうです」
「う、む………。よう分からんが、分かった。
神の御名を変にお呼びするわけにはいかんからな。
オロチとだけ呼ぼう。それなら大丈夫なはずだ」
「はい。……して、こちらから攻めますか?」
「今はまだよい。
向こうが攻めてたからこその反撃、という形にしたい。
何事にも順序があり、それを飛ばして攻めるわけにもいかん。
それをすると願証寺が一揆だなどと言い出しかねん。
そんな事になってみろ、黒金なら根切りだと言い出しかねんぞ」
「………確かにそうですな。神守卿は本当に容赦がありませぬ。
舐められるまでは至って穏やかなれど、舐められた途端に武士以上の武士と化します」
「それはのう………。
舐められたら負けを教えたのが、平安の時の源氏なのだ。
我らの比ではないほどに厳格であったろうよ。
あの尊氏公が「それはやり過ぎだ」と言われたという。
そのお気持ちが分かるほどだわ」
「確かにそうですな。
とはいえ、かつての武士が左様であった以上、我らが否と言うのもおかしな話です。
我らもまた武士なのですからな」
「まったくだ。
それより三河が獲れぬかと色々としておるが、どうにも返ってくる返事が良うないわ。
なんというか、今川が手を突っ込んでおるのが分かる文だ。
明らかにこっちを頼りにしておらん」
「松平宗家は今川を頼りにしておると?」
「どうやらそのようだの。
その所為で他の者達までが今川を頼りにしておる有様だ。
あやつら今川の一家臣に成り下がっても構わんと思うておるようでな。
呆れるやら何やらというところだ。
元々三河は足利家に所縁の深い地ぞ。
にも関わらず吉良は力を失い、松平は今川の家臣に成り下がる始末」
「足利家の代々の方々が、草葉の陰で怒り狂うておられましょうな。
なにゆえ三河を好き勝手にさせると。
あそこは三河木綿で有名な所、今川はそこを得て富を手に入れようという事でしょうか?」
「それだけではあるまい。
駿河や遠江は米の作れる量が多くないからな。三河はそれなりに米も採れる。
そして狙うは……」
「尾張、ですか……。しかし守護家である斯波家との因縁がありますが?」
「だからこそだろうとワシは思うておる。
左兵衛佐様の御父君が今川に負け、頭を剃られて追い返された。
あれも斯波家を没落させんとしたうえでの事であろう。
生かして返した方が傷になると思うたからだ。
だからこそ、尾張は今こうなっておる」
「あれを行ったという事が、今川の尾張獲りを示しておるという事ですな」
「尾張まで奪われれば四ヶ国が今川の手に落ちる。
そうなれば今川は足利家にとって代わろうとすらしかねん。
足利の連枝衆を謳っておるくらいだ。
今の足利家は駄目だから、今川が征夷大将軍となって後を継ぐ。
などどいう勝手な事を言い出しかねん」
「そこまで致しますか?」
「足利に子なくば吉良に、吉良に子なくば今川に。
誰が言い出したか知らぬが、足利家が左様な事など言うはずがあるまい。
頂点にある者は絶対に力を手放さぬ。
故にそのような事など言うはずが無いのだ」
「となると、誰ぞが流した噂でしょうかな。
いつ流されたかは分かりませぬが、今ではもう分からなくなっておるぐらい古くからと聞きます」
「そうよ。下の者がいつまでも下で納得する事など無い。
どの時点の当主なのか分からぬし、そもそも今川ではなく吉良が言い始めたのかもしれん。
少なくとも、そのような噂を利用する可能性は十分にある。
足利家はそこまで弱っておるからな」
「細川に好き勝手にされるぐらいですからな。
その細川も内紛で弱っておりますが……」
「となると………これから先の吉法師は弱った細川を叩き潰したのか?
それとも足利家そのものを叩き潰したのかもしれんな。
黒金が畿内までを手にしたと言っておったし」
「………しかし、その後にどうなるかは分からぬとも申されていました」
「そうなのだよなぁ………
なるべくなら、ワシの代で大きくしておきたいものだ。
そうすれば後の吉法師も楽になるであろう。
その為にも新たな城を東に築いて熱田を得ねばならん。
津島と熱田を手に入れれば、尾張の富のほとんどを差配できる」
「そうなれば大和守家も手を出してきましょうな」
「それよ。あやつらが指を銜えて見ているはずなどない。
必ずやこちらに攻めて来る。
その際に黒金に頼んで一気呵成に攻めてくれるわ。
大和守家を滅ぼし、下四郡の実権を弾正忠家のものとするのだ。
そうすれば邪魔者どもがいなくなる」
「三河に攻め込んだ時にも、彼奴らめは邪魔ばかりしてくれましたからな。
その所為で岡崎城攻めでは攻めきれず……」
「まっこと邪魔ばかりしてくれる奴らだからの。
次に戦の機会があれば、必ずや全て纏めて叩き潰してくれるわ。
ワシは奴らに容赦などする気は無い」
「それは我らも同じでございまする。
守護代の家だからというだけで邪魔ばかり。
あの守山崩れの際に岡崎城が獲れていれば、今頃は遠江への足がかりが出来ておったものを」
「その事もあって、左兵衛佐様と大和守家との仲は悪くなったのだがの。
左兵衛佐様は幼少の頃より大和守家に好き放題にされてきた。
仕方がないと諦めていたが、今川に対する反撃の足がかりが出来るはずの時にアレだ。
その憤りは分かろうというもの」
「まったくですな……」
流石に守護家であり主家の御当主に対してする事ではない。
半ば以上、城に押し込めておるようなものじゃからな。
ワシであれば左様な事などせぬ。
むしろ守護家と諍いになったら、尾張から放り出すわ。




